椿の下には(16)
「モモちゃんには関係のないことなのに、気になる?」
ほとんど初対面なのに、もう名前で呼ばれていることに少し驚く。それに、なんだかちょっとくすぐったい。
「関係ないと言えば、そうなんですけど……」
「モモちゃんは、前世はあると思う? それとも一度っきりだと思う?」
それは、宇宙がどこまで続くのかとか、死んだらどうなるのかを考えるのと同じだ。あまりに意味不明な質問に、私はしばらく固まった。
確かに、これまで何度か考えた。誰だって、一度は必ず考えるだろう。だけど、どこまで考え続けたとしても答えなんて導き出せない。自分が何を信じると決めるのか、だ。
黙って考え込むと、時計の針がカチカチと煩い。
「わかりません。生まれ変わるって考え方もあるし、人生一度きりって考え方も……」
美鈴さんは、私の顔をじっと見つめて「モモちゃんは、本当の恋をしたことがないね」と笑った。
「え? 恋と関係あるんですか?」
「あるよ」
他人に本当の恋をしたことがないと言われると、ちょっとムッとした。私だって、恋のひとつやふたつくらいしてきた。全部うまくいかなかったが、恋したことくらいある。
「あ、怒っちゃった?」
「怒ってません」
美鈴さんは私の顔を覗き込む。にたり、と笑った。
「お寺や神社に願いをかけに行ったことはある?」
「ありますよ」
「その願いは、叶った?」
ふふ、と美鈴さんは妖しく笑う。
最近はあまり願掛けをしに行かない。高校受験、大学受験のときは、学業成就の神様にお願いした。お守りも買って、受験の当日も握りしめて行った。
高校は本命に入れず滑り止めの私立へ行ったが、大学の受験には成功した。
「人の願いは、そこら中に溢れているんだ。でも、神様はどうしてすべての願いを叶えてくれないんだろうね」
そんな。神様にだって、神様の都合があるのではないだろうか。神様が本当にいるかどうかは知らないのだけれど。
「願いを叶えるのは神様じゃないよ。自分自身なの」
耳元で自分の鼓動が跳ねる音が聞こえたような気がした。
「何かを決める、決断する。願いを叶えるのはそういうものの積み重ね」
美鈴さんは足を組み替えて、ふぅっと息を漏らした。
「人の世界には因果応報があって、悪いことをすればいつか自分に返って来る。人生は不平等で、因果応報なんて関係なく勝ち続ける人がいる。人は死んだらそれで終わりで、今がすべて。人は永遠に生まれ変わり続け、何度も同じ人と巡り会う。なんだっていい。大事なのは、自分自身が納得できる方さ」
そう言って、美鈴さんの細くて白い雪のような指先が私の頬に触れた。まただ。ゾクゾクっと背筋が震えた。
「自分が見たものがすべてだと思う人もいるし、目に見えないものもあると思う人もいる。神様を信じる人もいれば、信じない人だっている。そのくらいのこと。報復をして、またもう一度前を向けるのなら、報復には意味がある。自分が何を選び取るかが大切なんだよ」
美鈴さんの声は、凛と部屋に響き渡った。強い。強すぎる。
「じゃあ、これで役者はそろったみたいだし、そろそろ着替えて、仕事にでかけようか」
美鈴さんは立ち上がり、数歩歩いてこちらを振り返る。
「シンデレラタイムだよ」
「シンデレラ……タイム?」
シンデレラタイムとはなんだ?
私は楽しそうに微笑む美鈴さんを見て、ただ首を傾げるだけだった。
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