椿の下には(03)

 物事はすべて必然だと私は思っている。なるべくしてそうなった。私がエイジと出会ったのも、出会う必要があったから。たとえホストと客だったとしても。この恋が叶わなかったとしても。運命という川に私たちは身を任せ、流れ続けている。そこで出会うものすべては神様が決めたこと。人の力では到底どうすることもできない。


 だから、今目の前でエイジが他の女と手を繋いで歩いている姿を目撃することも、必然だったのだろう。偶然ではない。今、この瞬間、目撃してしまうことが初めから決まっていた。私が悲しむことは決まっていた。ホストクラブに足を踏み入れたあの瞬間から。日曜の午後。最高にいい天気のきょう。くたびれたセーターを着て、それでも首元にはあのネックレスをつけて、近所にある安いスーパーで特売の白菜を抱えた私がエイジと遭遇するのは、必然だった。


 エイジと目が合った瞬間、お互いに時が止まったように固まった。しかし、エイジはすぐに動き出した。息さえも止めた私の横を、何食わぬ顔で通り過ぎていった。


 思わず胸元に手をやる。

 夢のような誕生日を過ごしてからたったの一週間だ。私の幸せな時間はたった一週間で幕を閉じた。


 わかっていたじゃないか、営業だって。エイジが私に本気なはずがない。すべて、ホストのテクニックなんだって。エイジの隣にいた女も、恋人じゃなくて客の可能性は十分に高い。


 だけど私の頭の中は真っ白だった。


 どうやって家に帰ったのか、全く思い出せなかった。気が付いたら私は、狭いワンルームの片隅で自分自身を抱きかかえて泣いていた。


 好きになっちゃったからには、もうお店には行けない。他の客のテーブルに行くエイジを待っていられない。誰と話しているのか。誰と一緒にいるのか。気になって気になって、仕方がなくなってしまうから。

 本当はもっと前から好きだった。でも、気づかないフリをしていた。だって、ホストに本気になるなんて。私、そんな女じゃない。そんな女じゃ……。



 ――さようなら、エイジ。



   *   *   *



 大きな古い家の庭先に、赤い椿の花が咲いている。雪がうっすらと降り積もり、雪の白から花の赤が透けて見える。綺麗だ。椿はちらちらと雪が降る上空へ高く伸びている。三メートルはありそうだ。

 人は、住んでいなさそうに見えた。生き物の気配はしない。もうずいぶん長い間、空き家になっているような雰囲気が漂っている。


 私は勝手にずかずかと見知らぬ家の庭に入って行くと、椿の木の根元に爪を立てた。


 冷たい。寒い。痛い。


 それでも手を休めず、掘り続けた。自分でもなぜ掘り続けるのかよくわからない。だが、私の手はまるで自分の意思を持っているかのように地面を掘っていた。

 何度も手に白い息を拭きかけながら、掘り進める。爪に土が入る。それでも構わず近くにあった石を使って、さらに深く、強く掘っていく。


 何か硬いものに指先が当たった。そっと土をかき分けると、白いつるんとしたものが顔を覗かせている。陶器のように滑らかな手触りだ。もう少し周りを掘ってみると、壺の蓋が見えた。


 蓋を開けると、まばゆい金の輝きが視界いっぱいに入って来る。

 眩しい。目が痛い。何度も目をこすり、次第にチカチカする輝きに目が慣れて来た。

 壺の中には、小判がぎっしり敷き詰められている。一枚手に取ってみて、固さを確かめる。プラスチックではない。次に鼻に近づけて匂いを嗅いだ。金属特有の香りがする。なんて高級な香りだろう。


 本物だ。

 間違いなく本物の小判だ。

 やった! 埋蔵金を掘り当てた!

 これまでエイジに使ったお金なんて、大した金額じゃない。

 私は億万長者だ!


 私は小判をすくっては投げ、すくっては投げて、笑い転げた。


 そこで、目が覚めた。


 慌てて手を見る。手は綺麗で土も何もついていない。爪の間に土も入っていない。それなのに、土を掘ったときの感触や、小判を手に持った冷たさが今も指先に残っている。


「夢……」


 なんて酷い夢だ。夢なんて、他にもっといくらでもあるだろう。目覚めが悪い。

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