第4話 天井桟敷で楽しむコギト・エルゴ・スム

地の巻(人の配置環境)

  今大会、何がラッキーであったかといえば、(天井桟敷という座席のない空間ということもあり)女の子に囲まれて観戦できた、ということ。  しかも、なんと、驚くべき事に、皆さん美人(ちらりと拝顔申し上げただけですが) !

まるで私は、大奥にいる将軍さまの気分。


なぁーんて、浮かれてみたところが、実際には、立って見ている私の前に3人の女性が床にお座りになり、更にその横に少し離れて数人の女性が立ち見、そして、3人の後ろに立つ私の左隣に、やはり立ち見の女性2人、それ以外の周りの観客は全員男性(各校のOB・道場関係者?)、という構図でした。


前の御三方は、後ろから観戦する人たちの為に、わざわざ窮屈な座り方をされていらしたようで、そのおかげで私の視界は広がり、大変見やすく観戦できました。さすが大和撫子といいますか、大阪の女性というのは、(声は大きくても)さり気なく優しいですね。


水の巻(物理力の行使)

私の横に立たれていらした女性の、試合場で戦う選手たちに対する「声の迫力」。40年前、私の大学時代、アルバイト先の入試課の忘年会。大声で歌う私の声のでかさに耳をふさぐ職員たちの気持ちが今、わかりました。

宮本武蔵は「五輪書」で「声の大切さを解き」ましたが、彼女の声とは、物理的に大きく・強く・鋭い。まさに、彼女が現役時代にやられていた拳法のような、力強さと切れの鋭さを彷彿とさせてくれるような声援、といえるのかもしれません。


女子三位決定戦・優勝決定戦の約30分間、試合そのものよりも、彼女の発する声は、単なる声や言葉を越えて、まるで一連の英雄譚(物語)を見るかのような気分にさせてくれたのです(ここが私のバカ声とちがうところですね)。

  実際、どこの学校とどこが戦ったのか、どっちが勝ったのか、どんな戦いぶりだったのかなんて(申し訳ありませんが)あまり記憶にない。私の「大学日本拳法の琴線(心情・信条・真情)」は、彼女の声によって振動したのです。


まさに、「三銃士」における剣士たち、或いは、日本の源頼信や宮本武蔵のような武士が、その生きるか死ぬかの狭間を日常茶飯事のように繰り返すことで確立した自我(コギト・エルゴ・スム)とその発揮を、彼女の(力強い)声によって(30分間)堪能させて戴いたというわけです。


火の巻(形而上的な力)

脳髄にまで響くようなドスのきいたというか、気合い・気迫・気魂のこもったスピリチュアル(霊的)な掛け声。これは歌舞伎の「○○屋 !」という、芝居に於ける演技に対する賞賛以上に、魂までをも震わせる声でした。

  彼女のこのスピリチュアル(精神性)は、まさにその10数年間(?)に亘る日本拳法ライフの成果、と言えるのでしょう。


風の巻(他との比較による存在感の再認識)

俗っぽく言えば、何の仮面もつけず・権威や肩書きもなしに、素の人間として、あそこまで堂々と自分の心・スピリットを表明できる人(女性)というのは、なかなかいない、滅多にいないのではないか。

まさに「コギト・エルゴ・スム」を成し遂げて本物の人間となった者だけが行使できる「真の自由」がそこにありました。

50年前、立命館大学生高野悦子さんが、この声を聞き、これを発する彼女(私の隣りにいらした女性)のような、(しっかりとした自我を持つ)本物の人間を友人としていたならば、仮面をかぶらず真の自分の強さで社会に順応していく精神が、高野悦子さんの心の中に芽生えていたことでしょう。


空の巻(余韻を残す去り方)

試合(女子三位決定戦・優勝)が終わり、通路から彼女が立ち去る時、


千峰雨霽露光冷(せんぽうあめはれて ろこうつめたし)

君看双眼色(きみみよそうがんのいろ)

不語似無憂(かたらざればうれいなきににたり)


というか、ちょっと憂え顔というか愁いお顔を、一瞬されていらっしゃるかのようでしたが、ここが野蛮な白人とは違う大和撫子の奥ゆかしさ。「大阪の女」をひしと感じました。(京都人だったりなんかして。)

因みに「千峰雨霽露光冷」という下語の解釈を、相田みつをさんの詩では;


「・・・憂いがないのではありません、悲しみがないのでもありません

語らないだけなのです。

語れないほどふかい憂いだからです。語れないほど重い悲しみだからです

・・・

文字にもことばにも到底 表せないふかい憂いをおもい かなしみを

こころの底ふかくずっしり しずめてじっと黙っているからまなこが澄んでくるのです

・・・」


  この女性の声(物理的迫力)と気合い(精神的存在感)だけで、今年の全日本学生拳法選手権大会に来た甲斐があったというものです。


この女性の声(物理的迫力)と気合い(精神的存在感)だけで、今年の全日本学生拳法選手権大会に来た甲斐があったというものです。


○ この動悸 昔は恋で いま病気 ・ 恋かなと 思っていたら 不静脈(シルバー川柳より)

  「お前は、天井桟敷で隣り合った女性にドキドキし、恋でもしたのか ?」いやいや、今日この頃は「年かさね くしゃみするのも命がけ」の私ゆえ、約1時間の滞在で早々に引き上げたのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る