第3話
摩訶不思議 三
一二三 一
(一)
低い男性の声で「起きているんやろ?」と布団を被って身じろぎもせずにいる隆に何者かが語り掛けて来る。
気配が頭の方に近づいて来る。隆は声が出そうになるのを必死で抑え、母親に言われた通りひたすら我慢した。
気配が頭の上に感じられる。隆はびっしょり汗をかいていて、今にも泣きそうになっている。「もうあかん」隆は覚悟を決めて布団を跳ねのけようと思った。
その時眩しい光が部屋を照らした。
その途端今まであった気配が消えて無くなった。光の正体は、看護師さんの巡視の懐中電灯だった。びっしょり汗をかいた隆は、パジャマを着替えながら「さっきのは何やったんやろ?」と考えていた。
恐怖で喉がカラカラに乾いている。
巡視を終えた看護師のもとに隆がやってきて尋ねた。「さっきの巡視の時に僕のベッドのところに誰かいなかった?」看護師は「誰もいなかったよ」と答えた。
隆は看護師に先程体験したことを話した。
看護師はちょっと嫌そうな顔をした。
何かあるのかなと隆は思った。
その夜はそれ以上のことは何も起こらなかったのだが、隆はなかなか寝付けずに不安な夜を過ごした。翌日約束の数珠を持って母親が様子を見にやってきた。隆を見るなり「何があった?」と言ってきた。隆はまだ何も話していないにもかかわらず・・・
続けてこう言った。「どっちを見た?」と。
「どっちってどういうこと?」隆は聞き返した。母親は「男?女?どっち」と再度問いかけてきた。隆は「見てない。声と気配だけやった。」と昨夜のことを母親に話した。
話を聞き終わって母親は「もう大丈夫。怖がらなくていいからね。今夜はゆっくりと寝るんよ。」と言って数珠とお守りを隆に渡し、昨夜のは男性の霊で、ここには女性の霊もいるからどっちと尋ねたと話した。
「お母さん、わかっていたの?」との隆の問いかけに、「隆が入院した時から分かってたよ。」男の人の霊は、そんなに厄介では無いと思うよ。女の人の方は恨みごとが強いからちょっと心配やった。」
隆は分かっていたと言う母親の言葉に驚いた。「それやったら、何でこの病院に入院させたん?」隆の疑問は当然だ。
「ここより他に入院できる病院が無かったからね。仕方なかったんよ。」その言葉を受けて隆は「また来たら・・・僕はどないしたらええのん?」隆の最大の関心事であった。
母親は少し考えてから「僕のところに来ても何にもしてあげられへんよ」と頭の中で強く強く思う事。それで、上手くいけば寄ってこなくなるよ。
母親はそう言い残すと帰って行った。
(二)
夕食を終えた隆は凄く眠くなった。前夜あまり寝ていなかった性なのか、楽しみにしていたアニメも観ずに寝てしまった。
トイレに行きたくなって目が覚めた。
トイレで用を足し手を洗っていると、例のザワザワ感がする。
誰かに見られているような感じがする。
隆は急いで病室に戻った。ベッドに入り目覚まし時計を見ると、午前二時を少し過ぎたところだった。
ザワザワ感は無くならない。むしろ強くなっている。今夜は身体も重く感じる。昼間に母親から言われたことを思い返し、布団に潜り込み、数珠を握りしめた。
より一層ザワザワ感が強くなり、昨夜と同じく誰かがベッドの横に立っている気配が感じられる。隆は「僕のところに来ても何もしてあげられへんよ。」と必死で頭の中で繰り返している。
「チッ」という舌打ちのような音が聞こえふいにザワザワ感が無くなった。
それと同時にベッド横の誰かが立っているような気配も消え、ふっと身体も軽くなった。
午後になって訪れた母親にこの話を伝えると、「よう頑張ったね。あんたの勝ちや。」とにっこり笑った。「また来るのん?」と隆。「いいや。もう来ないと思うよ。来てもあんたに勝たれへんこと分かったから。」
「女の人もおるんやろ?それはどうしたらええの?」と隆が不安そうに尋ねると、「あれはもう大丈夫。」と母親は微笑んでいる。
後年に母親に当時の事を聞いたところ、母親は隆の力がどの程度のあるのか、自分と比べてみてどうなのかを測っていたとのことで、女性の霊はどうやら母親が何らかの方法で封じ込めたらしい。
母は偉大である。
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