彩り
柴野 メイコ
春
第1話
春だ。
私が住む花見商店街のアーケード通りには各店舗が植えた菜の花やチューリップが咲き乱れている。
寂れた商店街だが、春の午後の風は心地良く自然と足取りも軽くなる。
店舗兼自宅である『なかむら書店』の扉を開けると
「
「え、だってさっきはそうだったろ?」
「さっきは値上げした場合の話だろ。バカたれ」
私がレジ周りで騒ぐ3人を呆れながら眺めているのに気付いた森田さんが
「お、
「森田さん、私ついこの間卒業したよ。」
「え!」
森田さんは私をまじまじと見つめ
「へぇー!実沙子ちゃんも卒業か!はあ、平成生まれがどんどん社会に出ていくね」と感慨深げに呟いた。
「相沢くんは昭和生まれだろ?」
「はい。でもまだ21ですから。」相沢は何故か得意気だ。
2008年、3月1日に私は私立西台高校を卒業した。
偏差値は高くも低くもない女子校だ。ちょっとしたいざこざはあったものの大きなトラブルなく卒業し、まあまあ恵まれた高校生活だったとは思う。
ただ、彼氏が出来ないまま卒業したことは心残りでもある。
卒業後は、なかむら書店の手伝いと並行して花見商店街にある『喫茶マロン』でアルバイトをしている。
「森田さーん。お店混んでたよ。帰らなくて良いの?」
私の言葉に森田さんは顔を顰め
「もうこんな時間か。じゃあな、滉平勉強しろよ!」と慌ただしく帰っていった。
森田さんは肉屋の店主で50代後半のおじさんだ。
しょっちゅう店を抜け出しては奥さんに怒られている。それでいて商店街の組合長なのだから謎である。
「実沙子、この問題解けるか?」小学生計算ドリルを手にしたコーちゃんが眉間に皺を寄せながら聞いてくる。
コーちゃんは小学生ではない。
相沢と同じ21歳、商店街にある『本田酒店』の三代目で生まれた時からの幼なじみだ。
コーちゃんはイケメンで昔からモテるのだが、如何せん頭が悪い。
小学生の頃から勉強することを放棄しており、高校は野球の推薦で入り、追試に追試を重ねて何とか卒業した。
コーちゃんが運転免許の試験に一発で受かった時は商店街店主のおじさん、おばさんたちから「奇跡だ」「偉いなあ」と合計ニ万円ものお小遣いを貰っていた。
コーちゃんは三人兄弟の末っ子なのだが、
「滉平は一般企業ではやっていけないだろうから滉平に継がせてやる」
「お前の代で潰れても構わんから」と兄から言われ店を継ぎ、両親と経営をしている。
誰も上手くいくとは思っていないようだが、今のところ何とかやっているようだ。
「子どもの頃は算数なんか出来てなんになるんだ、って思ってたけど必要なもんだな」
コーちゃんは計算ドリルをペシペシ叩きながら呟いた。
「コーちゃん、それうちの売り物でしょ?ちゃんとお金払ったの?」
「払ったよ!なあ、
うん、と相沢が頷く。
相沢渉は小説家志望のフリーターだ。
去年の9月からうちで働いている他、新聞配達のアルバイトもしている。
実家は県内の南の方で、花見商店街からは車で2時間ほどの距離にある。
小説家を目指すなら実家にいても良いだろうに、と思ったのだが「地元にはあんまり楽しい思い出がない」と言っていたので深くは追及できずにいる。
相沢は見た目通りのんびりした性格をしており、コーちゃんほどではないがアホである。
コーちゃんとはうちでアルバイトを始めてすぐに仲良くなり、しょっちゅう遊んでいる。
私は売れ残りそうな雑誌をパラパラめくりながら
「相沢、今日入荷した分は全部並べた?」ときいた。
「うん、終わったよ」
「あんま客来なかったもんな」コーちゃんが余計な一言を言い相沢に小突かれている。
最初の頃は「年上なんだから呼び捨てやめなさい」とお母さんたちに怒られたが、本人が構わない、と言っているので相沢呼び、タメ口で定着した。
相沢は話題を変えるべく
「実沙子ちゃん、店長は配達に行ってるからもうすぐ戻って来るよ」
「うん、分かった。相沢そろそろ上がるんでしょ」
「あと20分したら。あ、滉平くんも戻りなよ」
「そうだな、また教えてくれ」
コーちゃんは大きく伸びをするとドリル片手に自分の店へと帰っていった。
彩り 柴野 メイコ @toytoy_s
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