第2話 初魔術
魔術学園ウィンセル。
グレイは学園寮の自室にて頭を抱えていた。
「どうすりゃいいんだ?」
記憶喪失が判明してから一日経過した。
リアナから教えられた6単位取得、内訳は必須科目で4、その他で2。
必須科目は数ある授業の中から興味のあるものを4つ選択するというものだ。
こちらは問題ない。いやあるが、現時点では置いておける範囲だ。
問題はその他の2単位。こちらは何かの研究結果、教授の手伝いなどをして不特定の教授から単位をもらうというもの。要するにこちらからアクションしないといけない。
その上でグレイが考える一番の問題は、
「過去の自分…」
リアナ曰く、魔術師は自分の弱点を死んでも晒してはならない。
これはあくまで気構えのようなものだが、記憶がないとなると弱点どころの話ではない。過去のグレイの研究レポートなどをだまし取る輩なども出てくる可能性があり、最悪学校から在学困難と判断されてしまったら退学もありうる。
そうなってくると記憶がないという事情を話さずに教授にアクションを取ることになるのだが、いつボロが出るとも分からない綱渡りになってしまう。
「とりあえず“魔術戦闘 応用”の授業を受けよう」
嫌なことには蓋をする。
魔術学園は基本一日一授業受ければよい。
昨日は後期授業一日目だったらしいので、1科目の一回を欠かしただけだ。
そして魔術戦闘なら、記憶にある。
「魔術の基本的な使い方、身体の運び方、武器術は記憶になぜかある。過去の俺が何してたか知らないけどここはグッジョブだな…」
自分の記憶にある科目はアドバンテージを取れる。
単位取得は基本的に取れるものを確実に。
この心情を胸に、グレイは“魔術戦闘 応用”の授業へ向かった。
ちなみに迷ってまた人に聞いた。
魔術学園ウィンセルの生徒は入学時校長によって四つの寮に分けられ、それに対応した色の制服が配布される。それぞれ重んじるものや目指すものによって区別するためだ。
各寮を紹介すると、
ブレイブル寮、赤
勇気を重んじる寮。
将来冒険者や傭兵などのフリーで活躍するものが多い。
ノウル寮、緑
知識を重んじる寮。
将来主に学者で活躍するものが多い。
ロイヤル寮、青
忠誠を重んじる寮。
将来主に騎士や兵士になるものが多い。
インテグル寮、白
高潔を重んじる寮。
貴族や英雄願望のあるものが多い。
グレイの制服は緑のライン、つまり知識を重んじるノウル寮である。
そして今グレイに向かって小走りで寄る少年は青のライン、忠誠を重んじるロイヤル寮である。
「グレイ君!」
寮分けについてリアナに昨日聞いていたグレイは、声をかけてきた少年をロイヤル寮だと判断することができた。
だが各寮の特性を聞いていただけに混乱した。
その少年は髪もまつげも白く、身長はグレイより一回り低いどこか気弱で華奢な印象を受けたからだ。
とても騎士や兵士を輩出するロイヤル寮には見えなかった。
「ひと月ぶりです!覚えていますか?ノクスです!」
「あ…あぁ、おぼえてるよ、ノクスね」
極めて普通を装い返事をするグレイだが、内心歓喜していた。なにせ直接自分を知る人物が話しかけてきたのだ。
この少年を逃す手はない。
「グレイ君のアドバイスのお陰で僕の魔術も少しは役に立つようになりました!本当にありがとうございます」
どうやらひと月前のグレイはこのノクスなる少年にアドバイスを施していたようだ。
となると自分は面倒見のよいほうだったのだろうか。
「はいお前ら!注目!」
ノクスとの遭遇から間もなくして、広い部屋に声が響いた。
「これから後期“魔術戦闘 応用”を担当する、アッシュ=レッドバックだ!
今日の授業はまず皆の二年間の成果を見たいと思う、呼ばれた者は前に出ろ!」
アッシュ=レッドバックと名乗った男は教師なのだろう。猛禽類のような目に長く白い髪を後ろで束ねている。年齢は30代ほどだろうか。
「グレイ=アーカス!」
思考にふけっていると呼ばれるグレイ。一番手という予想外と自分の名前にまだ慣れず少し返事が遅れた。
言われた通りに前に出る。
「これから俺と模擬戦を行う。多少の怪我は医務室の先生に来てもらっているので治癒魔術で治せる。全力で来い。模擬刀を使う場合は後ろに立てかけてあるものを自由に使え」
何とも展開が早いものだと思った。自分のことすら分からないまま、模擬戦などいきなりやるものかと。
「制限時間は5分、自分の持てるものは全て使ってかまわん」
備品の模擬刀を下段で構え、合図を待つ。
アッシュという教師は凄まじい使い手のようで、正面に立つグレイには圧がヒシヒシと直に伝わってきた。
手に汗がじわりと浮かぶ。
グレイは災難続きであると確信を持って言えるだろう。
目覚めたら記憶が無く、協力者が見つかったと思えば今度は単位が足りない。
少し落ち着く時間があったら不安で気が狂いそうであった。
そしていきなりの模擬戦。
だからグレイ自身、この状況は歓迎すべきものではない。
しかし、楽しみではある。
目が覚めてからあるこの魔術や戦闘の知識、どうしても試したい。
「始め!」
口角が上がるのを感じる。
ああ、やっと。やっとこれを試せる。
「ハハッ!」
腹の底から魔力が迸り、それを全身に回す。
魔術とは誰が決めたか、詠唱をするとその魔術が出現する。
試さずにはいられない。
魔術なんて絶対素晴らしいじゃないか。
「
————————————————————
コツコツと扉を叩き、入室許可を貰う。
なんてことはない形式化したいつものやり取りだ。
「リアナ、今日の報告はなんだい?」
グレイの協力者であるリアナ=サーライン。
彼女は現在、師の部屋に赴いていた。
「やぁ先生。すまない、定期連絡が遅れて。面白いサンプルを見つけたものだからね」
「遅れた謝罪よりまずその生意気な口調を何とかするこったね」
「いつものことじゃないか。そんなに気にしているとまた小皺が増えるのではないかい?」
軽口を叩きつつも牽制をし合う。
リアナと師はそんな仲であった。
「それで面白いサンプルっていうのは?」
「あぁ、記憶喪失の生徒さ。記憶喪失など初めて見たとも。外的要因か?それとも魔術的要因か?興味が尽きないねえ」
「記憶喪失か、確かにそりゃ興味深いがね。記憶がない奴なんぞあまり関わるもんじゃない、素性が知れたもんじゃないからね」
「ふむ、それは一理あるが…なかなかどうして面白い奴でね、昨日こと細かく質疑応答の時間を取ったわけだが…、記憶がないにも関わらず魔術の知識に関しては突出したものがある。そして何より、イカれてるよ」
「イカれてるとな?」
リアナがイカれてると言うからにはよほどイカれているのだろう。
もう若くはないながらリアナの師は少し記憶喪失の生徒に興味が湧く。
「彼は記憶がない、経験がない。すなわち全てが未経験の出来事になるわけだ。それでいてあの異常なほどの好奇心。まさしくノウル寮にふさわしいと言えるだろう。記憶を失っても人間の本質は変わらないということかな?」
随分と楽しそうに話す。
それはまるでおもちゃを手に入れた子供のようで、実際悪意は微塵もない。
だが師は知っている。
リアナもまた好奇心の化け物であると。
「して、その生徒の名は?」
「グレイ=アーカス」
————————————————————
これだからやめられない、とアッシュは思う。
三年後期はゼミへの足掛けであり大事な時期だ。
生徒は皆教師を見極め、これからの人生を左右するゼミを決める。そしてさらにしのぎを削っていくのだ。
有望な生徒を見るのは楽しい。
そして目の前のこの青年。
「グレイ=アーカス…」
注目すべき生徒は記憶しているはずだが、アッシュの記憶にない生徒である。
初手の初級魔術、
「初級魔術のサイズじゃねえ…!」
通常初級魔術とは各属性の魔術をこぶし大のサイズで射出するものだ。
この青年が放った
だが、
「人間を殺すのにこんな大層な火はいらねえぞ!」
アッシュはグレイの魔術を模擬刀で切り裂く。
二つに割れた
瞬間、肉薄。
意識を刈り取らんとするグレイの模擬刀が眼前へと迫っている。
巨大な
―ああこれは、少し本気でやってやる必要がありそうだ。
「
魔力を足へと流しだすことで、通常掌で行使する魔術を足の裏から繰り出す高等技術。
地面から生えた土の柱はグレイの右手に命中し、模擬刀を手放させた。
「まだッ…!」
「いや、終わりだ」
模造刀を手放し、硬直を許した学生を昏倒させることなどアッシュにとって容易い。
薄れる意識の中グレイは確かにその言葉を聞いた。
「やるじゃねえか、グレイ」
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