第1話 初遭遇

魔術国家オルラグ。国民全員が魔術師というこの国は、ほかの国家の追随を許さない栄華を極めていた。

もちろん国内随一の魔術学園、学園都市及び魔術学園ウィンセルはその最たるものである。


「なんだここ…」


その魔術学園の寮の一室にて響く声。

他の生徒は授業に出ているため、ただ虚しく声が響き渡るだけだ。


「誰だ俺…」


グレイ=アーカスは記憶喪失になっていた。

最も、グレイ=アーカスという名前も学生証から把握したに過ぎないが。


「どうしよう…」





「とりあえず開けたところに来たが…」


一通り喚いたグレイが辿り着いたのは学園校舎の大広間。

ちょうど授業の合間なのか人通りが多い。

その中でも目に付くのは色だ。

それぞれの生徒たちが同じ制服とローブを着ているが、何かしらの区別でローブやネクタイの色に違いがある。

グレイの色は緑。であるならば同じ緑の生徒に何か聞いてみるのがいいだろうか。


「学校っぽいし誰かに俺のこと聞いてみるのがベストだろ…」


目に付く緑の生徒にとりあえず声をかける。


「あの…」


声をかけて振り返った少女は容姿端麗という言葉がかなり似合う女性だった。

ただ髪が所々跳ね、目に光がない。手放しで健康とは言えない容姿でもある。


「どうしたのかな?グレイ君」


少し怪訝な顔をしながらそう答えた少女。

そう、

答えた。

グレイの名前を答えたのだ。


「っ!俺の名前?!」


「え?」


「俺の名前が分かるのか?」


「それは…同じ学年、寮だからね、把握はしているとも」


その言葉を望んでいた。

右も左も自分も分からないグレイには、彼女だけが望みになってしまった。


「いや俺、記憶喪失みたいなんだけど…」


「は?」


頭のおかしい奴と思われても仕方がないが、もはや構っていられない。

記憶喪失とはこんなにも孤独で、こんなにも不安なのだ。


「ふむ…記憶喪失か…」


「信じてくれるのか?!」


「君と喋ったのは数回だが、どうも私の記憶している人物像とはかけ離れている。疑い始めてはキリがないのでね。一度私のラボに行こう。ついてきたまえ。」


「お、おう…」


トントン拍子で話が進んだことに驚きが隠せないが、とても大きな進展があった。

素直に喜ぼう。



「さて、まず質疑応答だな。私の名前は分かるかな?」


彼女がラボと呼んでいる場所は大広間からそう遠くない場所にあった。

室内は様々な本やフラスコで散らばっており、辛うじて足の踏み場がある程度だ。

彼女に倣ってグレイも椅子に座った。


「いや、分からない。誰一人分からないしこの学校のことも知らない」


「ふむ…となるとかなりの重症かな?」


「そうだろうな…」


思い出すだけで身震いがする。

目が覚めて何もわからない恐怖はもう二度と味わいたくないというのがグレイの正直な気持ちであった。

反面、少し心が躍る自分に驚いている。

グレイにとって本当に全てが新鮮だ。


「言語は覚えているようだね、それと生活に必要な知識も」


「ああ、生きていくくらいはできそうだ」


「それは上々、では私のことを教えるとしよう。私の名前はリアナ=サーライン。聞きたいことは多々あるだろうがとりあえずよろしく、グレイ君」


「グレイでいいよ、よろしくリアナ」


「ふむ、ではグレイと呼ぶとしよう」


握手を交わす。

リアナと名乗る彼女は悪い人間ではなさそうだ、とグレイは感じた。


「時にグレイ、君は単位をどのくらい取っているんだ?」


「単位?」


「学生証で確認できるはずだ。当面はこの学園にいなければ生きていけないだろう?」


学園を出れば右も左も分からず野垂れ死ぬ。

学園にいても何も分からないのは変わらないが、少なくとも生徒であるうちは学園の庇護下でありよほどのことがない限り死ぬことはないだろうとリアナは考えた。

グレイもその考えには至るので、言われたとおりに学生証を確認する。


「うーん、あった。えっと、24単位か?」


「24か…それはなんとも、少しまずいな」


「まずい?」


「うむ、四年生からゼミが始まる。要するにあと半年で6単位を取らないと君は退学ということになるね」


「退学?!」


単位取得が今、始まる。





—————————————————————





謎多き魔術学園の中でも特に神秘に満ちた部屋がある。

校長室。

史上最強の魔術師、魔術学園の校長セシルス=ウィンセルその人の部屋である。

数ある教員の中でも校長に会ったことのある者はいない。だが存在を疑われているかと言うとそれも違う。

魔術学園はセシルス=ウィンセルによって成り立っている、というのは周知の事実だ。

魔術学園が存在する限り、セシルス=ウィンセルは存在している。


「もう限界だったか...まあそうだろうね...」


誰に話しているわけでもなく、校長室に響く声。


「さて、この先どうなるかな?」


一人を想い、この先を夢想する。

史上最強の魔術師は、孤独だった。

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