第6話 豆治郎


「ねえ。とつぜん話しかけて悪いんだけど。経済の樫谷光一だよね?」


ある日、学食でメシを食べていると見知らぬ男に声をかけられた。

メガネを掛けていて青白い、痩せた男だった。


男はうどんの乗ったトレイをテーブルに置くと、俺の向かいの席に座った。


「ごめん、誰?」


「俺は英文科の石井豆治郎。よろしく」

「......まめじろう......?はぁ、よろしく」


(なんだこいつ?)

俺は石井豆治郎の顔を眺めた。


「般若のお面の男。......あいつの件で話があるんだ」

ヒョロガリメガネの豆治郎は、片眉を上げながら俺と視線をあわせた。


「......!」


そうだった。

般若。

100万円もらっておいて、俺はあいつのことすっかり忘れていた。


アパートを追い出されたこと。

急なミニマリストになったこと。

あらたに始めたジムでの謎バイト。

蛭間さんとの妙なスキンシップ。

筋トレ。

カフェに居酒屋。

学校の勉強。


言い訳だけど、いろいろありすぎて。

すっかり般若の依頼のことが頭から抜け落ちていた。


でも大事な100万円をもらったのに、般若のことを忘れるなんてな。

つくづく俺は頭のネジが緩い。


「......般若の正体は、お前なのか」

俺は小声で男に言った。


男は笑った。

「違うよ」


「それじゃ、お前あいつの知り合い?あの般若の。

あいつの仕事の期限は一年だよね?まだまだ余裕なはず......」


「なに言ってんの?あと半年しかないよ?」

「へえ......。般若と会ってから、もうそんなに経つのか」


豆治郎と名乗った男はアハハと思い切り笑い始めた。

なぜ笑うのか。

「俺は般若に仕事を頼まれたんだ。

樫谷光一のサポートをするようにって」


「サポート!?」


************


「光一って呼ぶわ。俺のことも呼び捨てでいいよ」

豆治郎はそう言った。


「ちょうど出てきた。ほら、光一が付き合わなきゃいけない子」

豆治郎は、C校舎から出てきた女子軍団を指さした。


「どの子?女だらけじゃん」

「光一。般若に女の子の情報もらったんだよね?

顔写真とか学科、住所の書かれた紙。

そういった情報は光一に渡してある......って般若は言ってたよ」


「みてない。紙袋に入ったまんまだわ」


豆治郎はため息を付いた。

「般若の言う通りだ。光一は忘れっぽいというか、注意散漫なんだね?

俺は、般若に雇われたんだ。

一向に動き始めない光一の、サポートをしろって。

光一が、女の子を早く落とせば落とすほど、俺が貰える報酬は跳ね上がる」


「へぇ。お前は般若にいくらもらえんの?」

「内緒だよ。アルバイト同士はお互いの時給や報酬は知らないほうがいい。

これは常識」

「そういうもんか?言っちゃうけど、俺はすでに般若から百万もらったよ?」


「ほんとにバカなんだな。

そういう情報は不用意に人に明かすものじゃない。

しかも俺たちは出会ったばかりなのに」

豆治郎は眉をしかめた。


どうやら豆治郎はその言動から言って、俺よりも数倍は頭が良いようだ。

豆治郎......なんて、犬みたいな名前だけど、賢いんだな。


やつも般若に仕事を頼まれたのか。

一体、いくらで雇われたのかは謎だけど。

そして、般若がなぜ、そこまでして女と俺が付き合うことに大金をかけるのかは、もっと謎だけど。


「とにかく俺は、般若から早く報酬をもらいたいんだ。

前金はもらってるけど、残りの成功報酬をね.......。

さぁ、いくよ」

豆治郎は立ち上がると、俺の腕を引っ張った。


「いくってどこに?まだ、カレー食ってんだけど」

「光一が付き合う女の子のとこに決まってんじゃん。

彼女の名前は桜沢葵。おぼえた?」

「うーん。がんばっておぼえる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る