第7話_桜沢葵

「早く行こう!桜沢葵に声をかけるんだよ」

豆治郎にそう言われて、カレーがまだ半分も残っているのに席を立つことになった。


「彼女は部活の時間だ。道場へ向かっているはず。道場の前で待ち伏せしよう!」

豆治郎は腕時計を見ながら言う。

「道場?」


豆治郎が言うには、桜沢葵は体育会系の部活動に入っているらしかった。

俺と豆治郎は体育館の地下にある道場の前で女を待ち伏せした。


「光一は女の子と付き合ったことあんの?

......その、彼女いない歴が年齢......ってことはないよね?

見た目がカッコいいから、そんなこと無いとは思うんだけど、念のため」

急に豆治郎が不安そうに俺を見上げた。


「何人か付き合ったことあるよ。数えてないから分かんないけど。

初めて付き合ったのは中2かな。

友だちの姉ちゃんに襲われた。あっ。でもあれは付き合ったとは言えないのか......」

「お、襲われた!?その話今度、聞かせて」


「桜沢葵って、あの子?あの、胸が大きいスタイルのいい子」

俺は、渡り廊下のむこうを通り過ぎていく、女の子を指さした。

サラサラとした長い髪にミニスカートが可愛かった。

「ざんねーん。違うよ」


「じゃあどの子だよ......」

「あっ!こっちに向かってくる、あの子だよ!」

豆治郎が小声でいった。


女がこちらに向かってきた。

「こんにちは。あなたたち、部活の見学ですか?」

日本人形のような真っ黒の髪をおかっぱにした女だった。


「桜沢葵......」

俺はつぶやいた。


「え?なんですか?聞こえなかった」

日本人形は首を傾げた。


「好きなんだ。付き合ってくれる?」

俺は女の目を真っ直ぐ見つめて、できるだけ真剣な顔で告白してみた。

女はびっくりした顔をして固まった。


そういえば告白するのって初めてだ。

いつもだいたい女から告白されてなんとなく付き合ってきたから。


俺は女の子を好きになったことがない。

そんな思いが、頭をよぎる。


豆治郎がうしろで、俺の袖を勢いよく引っ張るのを感じる。

やつのほうを振り返ると、頭を激しく横に振っている。

豆治郎は何を慌てているんだ。

さては俺の仕事が早すぎて、びっくりしてるんだな。


「い、いきなりそんな事言われても」

日本人形は困っている。

でもまんざらでもなさそうだ。


「返事は急がないから。とりあえず何回かデートしてみない?」

彼女の目をじっとみつめる。

このまま何回か押せば、うまくいきそうな予感がした。


「山口先輩!わたしお邪魔なようなので、先に更衣室で道着に着替えてます......」


日本人形のうしろに、もう一人女がいた。

背が低くて、ぜんぜん見えなかった。


その子と目があった。

なぜだか、その子は、俺のことをキツく睨みつけた。


俺は彼女と目があった瞬間、雷に打たれた。


(何だこの子。めちゃくちゃ、かわいい!!)


小さなその子は、髪が短くて地味な顔だった。

スタイルも別によくなくて、どちらかというと幼児体型。

だけどそんなのはどうでもよかった。


どうしてだろう。

俺は息を吸うのも吐くのも忘れて、その子を見つめ続けた。


その存在。

その雰囲気。

すべてが天使だった。


俺は初めて恋に落ちた。


「ごめんね。葵。先に行ってて」

(天使は、葵ちゃんっていうのか......ん?葵......?あれっ)


「とにかく、急にそんな......こと言われても、困ります。

わたし、あなたのことぜんぜん知らないし......」

目の前の日本人形は、そう言うとモジモジとしだした。

俺は日本人形よりも葵ちゃんが気になって、葵ちゃんの後ろ姿を目で追っていた。


「ごめんね!ちょっとこいつ、パニックになってるみたいで!」

豆治郎が急に大きな声を出すと、俺の腕を引っ張った。

(ここは一旦、退却だ!)

豆治郎は小声で俺に囁いた。


俺は豆治郎に連れて行かれながらも、

更衣室に向かっていく葵ちゃんの後ろ姿から目が離せなくなっていた。


***************


「光一!なにやってんだよ!

お前は桜沢葵の目の前で、別の子に告白しちゃったんだよ!?」

体育館を出ると、豆治郎がすごい勢いで、俺に噛み付いてきた。


「アハハ、やっぱり?なんかおかしいと思ったんだけど」

俺は頭をかく。

「それよりさ。桜沢葵って......ものすごく可愛い子だったよな。どうしよう」

自分の頬が興奮で熱くなっているのを感じる。

両手で自分の頬を抑えた。


こんなこと初めてだった。


「なにがどうしようだよ!どうすんだよ!」

豆治郎はジタバタと足を動かして唸り声を上げていた。

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