第3話_急なミニマリスト
大きめのスポーツバッグを肩に下げて、公園のベンチでボンヤリする。
バッグの中にはスーツの男の目を盗んで持ち出せた教科書が数冊、衣類が2~3セットのみ。
それに般若からもらった100万円入り紙袋も押し込んであった。
(俺の持ち物はこれだけ?急にミニマリストになっちゃった)
高校のとき父親からプレゼントしてもらったゲーム機。
あれは思い出の品だった。
あのゲーム機だけは取られたくなかったな。
取り返す方法ってあるのかなぁ。
***********
うちの父親がとつぜん失踪したのは今年の5月。
父親は家の貯金をすべておろして、金とともに消えた。
あれからなんの音沙汰もない。
実家からの生活費の仕送りは途絶え、学費も「払えない」という母親からの連絡があった。
俺は父さんが大好きだった。
父さんは俺の話をいつも真剣に聞いてくれた。
俺の考えを尊重してくれて、バカにするようなことは一度もなかった。
小さいころは一緒に遊んでくれたし、大きくなってからは良き相談相手だった。
だからとつぜん消えた父さんを恨んでなんか、いない。
めちゃくちゃ困ってるけど。
父さんが姿を消したのには、きっとなにか、どうしようもない理由があるんだ。
奨学金の申し込みは期間が過ぎていて申し込めなかった。
昼も夜も必死にアルバイトした。
だけど限界だった。
毎日が忙しすぎて、郵便ポストにたまっていく郵便物をきちんとチェックしていなかったのには反省している。
うーん。
学費ばかりに目がいっていた。
家賃の振込もきちんとすべきだった。
言い訳だけど、俺は頭のネジがゆるい。
一つのことに集中すると、ほかがあやふやになったりする。
(100万円ある。
この金でネットカフェなんかで生活していくのは可能だけど......)
生活していくなかで、意外に100万なんてすぐに無くなるんじゃねーか?
金の大切さはここ数ヶ月で骨身にしみていた。
100万なんて日々の生活で溶けて無くなる金だ。
ちびちびつかっていたって、いつかは無くなってしまう。
それも「生きる」という目的のためだけに。
何も残らずに消えてしまう......。
そんな漠然とした不安があった。
この金は溶けて無くなるような生活費に使いたくない。
「大学の授業料」として使いたい。
そんな強い思いが俺の中にあった。
(けどどうすんだよ。生きていくのだって重要事項じゃねえか)
いいアイデアが思いつかないまま日が暮れていき、腹も減り心細くなってくる。
(.......そうだ、あの怪しいバイト。
あれにトライするしかないんじゃないかな)
俺は数日前に誘われたアルバイトについて、思い出していた。
トレーニングジムのアルバイトなんだけど。
時給が異様に高額で、しかも声をかけてきた女の様子が怪しかったんだよな。
今日、般若に頼まれた変な仕事といい......俺はここ数日、おかしなアルバイトに誘われ続けている。
ふとそう思った。
でもそれを不審に思う頭と常識、そして心の余裕を、俺はそのとき持ち合わせていなかった。
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