第31話

ディルフィニウムはその場でしゃがみ込んで少年と目を合わせた。

そのタイミングで隣の部屋からライラック1人がやってきた。

ディルフィニウムは少年に確認するように聞く。


「それは本当に白い竜だったの?」

「本当だよ! 夜目が覚めて、お空を見上げたんだ。そしたら、そこにキラキラァって光るでっかいドラゴンがお空を飛んでいたんだよ」


少年の言葉に彼は確信した。

そうガドゥプルは夜になると月の光で輝くのだ。

あの日の夜も満月が綺麗な夜だった。

きっと少年の目には光って見えたのだろう。


「ねぇ、そのドラゴンはどこに行ったのかな? 方向はわかるかい?」


ディルフィニウムが尋ねると、少年は大きく頷いて指をさした。

それは兵士たちが見た方向と同じ東北の方角だった。


「あっちにね、でっかいお山が並んでいるでしょ? そのお山に向かって飛んでいったよ」


少年が言い終わると慌てて、家主である父親が少年に近づいてきた。

彼らは少年の言うことを信じていないようだった。


「子供が言っている戯言ですよ。きっと夢でも見たんでしょう」


確かに子供が寝ている時間帯に見たものなら夢である可能性は高い。

しかし、少年のその表現があまりにガドゥプルと類似していたので、夢の話だとは思えなかった。


「嘘じゃないよ! 僕は本当に見たんだ。パパだって見たことがないドラゴンだよ? 村の人はみんな信じてくれないけど、僕は見たんだ!!」

「もうやめなさい! 村の人は誰も見ていないんだ。この辺に竜のような魔物が住んでいるわけないだろう!!」


父親が叱りつけるように言うと少年は泣きだした。

そこまできつく言うつもりはなかったのだろう。

泣きだした少年を見て、慌てて泣き止まそうと宥め始める。

確かにこんな小さな村に魔物が出たと誰かが騒げば、村中パニックに陥だろう。

この家主はそれを懸念しているのだと感じた。

息子が見たか、見てないかには関わらず、知らないふりをするのが一番だと思ったのだろう。


「僕の方こそ、急に変な事を聞いてごめんなさい。気にしないでください。僕らも見つかるともわからない気ままな旅なので」


それは嘘だったが、これ以上家主たちの不安を煽るのは辞めようと思った。

彼らがこの件については無関係でいたいのなら、その方がいい。

家主は仕切りなおして手を叩き、ディルフィニウムたちに声をかける。


「食事の準備ももう出来ますから、他の皆さんにも声をかけてきてください。水汲み場も外にあるので自由に使ってください」


彼はそのまま再び準備に取り掛かる。

その様子を静かに見ていた妻も再び手を動かし始める。

ライラックはディルフィニウムに近づいて、肩を叩いた。


「あいつらの事は俺が呼んできます。あなたは先に手を洗って席についていてください」


ディルフィニウムはわかったと頷き、外に出ると、水汲み場に向かった。

向かう際に誰かの目線を感じたが、暗くてよく見えなかった。

こんな小さな村に見知らぬ人間が入って来たのだ。

警戒されて当たり前だ。

手を洗い、食事を済ませると部屋に戻って明日からの予定を話し合うことにした。

その際にあの少年から聞いた話を全員に共有する。


「しかし、子供が言っていることでしょう? 信用できるんですか?」


兵士の1人が疑うように発言した。

そう思うのは彼1人ではないだろう。


「わからない。けど、数少ない手がかりだ。それに俺たちが見た竜の行き先とほぼ変わらない。あの竜が自分の意思で行き先を決めているとも思えないし、竜に乗っていた少女に魔獣が操れるとも思えない。だとすれば、竜は逃げ出せる方向に何も考えずにまっすぐ進んだと考えるのが妥当だろう。本能で動いたとしても、進む方向は北だ」

「なぜ北だとわかるんです?」


兵士の1人がライラックに質問する。

彼らは竜の事をほとんど知らないようだった。


「竜はもとより北側に生殖地を作っていたと考えられている。もし、あの竜に本能というものが残っているなら、以前の生息地の北側に向かうだろうと思ってな」


なるほどと質問した兵士が頷いた。

ディルフィニウムもライラックと同じ見解だ。

少年が見た方向には距離はあるは、リカステ山脈がという山が連なる山脈が確かに存在した。

あの竜の体力から考えても飛んでいける距離はあの山脈の麓あたりまでだろう。

あの体力で標高の高い山脈を越えたとは思えない。

あそこは夏でも山頂に雪が降るほどの高さなのである。


「では、明日からはリカステ山脈に向けて進みましょう」


ライラックは兵士たちの中心に地図を広げて、今いる村に指をさし、そのままリカステ山脈の方向へ進める。

その進めた先には割と大きめの街、ヘイララがあった。


「まずはこちらに向かいましょう。リカステ山脈までの街道にはこの街ぐらいしか大きな街はありません。ここで物資を調達し、改めて山脈に向かい、麓の森の中を探索となりそうですね。大丈夫ですか、ラクスパー」


ライラックはディルフィニウムに確認を取るように聞いた。

ディルフィニウムは頷いて見せる。


「そうですね。それが最良だと思われます。森での探索も広範囲に及ぶので時間がかかることですし、物資が足りなくなる前にはまた街に戻った方がいいかもしれませんね」


それではとライラックは地図を畳んだ。

周りの兵士たちは相変わらずやる気がないのかぼんやりと話を聞いているだけだった。

街に行くまではいい。

しかし、山に入ればこうして気を抜いてはいられないだろう。

心配に思いながらも、この日はひとまず床につくことにした。

そして、その日は懐かしい夢を見ていた。




朝起きるとまだ兵士たちは寝ていた。

窓からはうっすらと日差しが差し込んでいる。

朝と言ってもまだ日が上がって来たばかりなのだろう。

裏口からドアを開けて、水汲み場に向かい顔を洗いに行く。

するとそこへライラックがやってきた。


「ラクスパー、早いですね。あいつらはまだ寝ていますよ」


情けない限りですと笑って見せるライラック。

彼らも長旅には慣れていないのだとディルフィニウムも仕方がないと笑った。


「しかし、田舎はいいものですね。太陽の日差しを遮るものもありませんし、空気は澄んでいます。王都では人も多いですし、何かとごちゃごちゃしているので、たまにこういう場所に来ると落ち着くんですよ」


ライラックが上がって来た朝日を見つめながらディルフィニウムに囁いた。

彼もライラックと同じように朝日を見つめる。


「僕もです。王宮の中はいつもピリピリして、息苦しくて……」


そういうとライラックは彼の方を見て大笑いした。

そして、失礼と一言謝罪を入れる。


「いや、王宮なんて広い場所に住んでいて息苦しいとは矛盾してますな。でも、わかります。あそこは何でも揃っていますが、どこか窮屈な感じがします」

「ライラックでもそう思う時があるのですか?」


王宮でライラックのような実力者がそんな風に思っているとは思わず、聞き返した。


「俺はこう見えても農村の出で、兵士になるために王都にやって来たんです。最初は一兵卒で王宮には殆ど待機することはなく、常に戦場にいるような兵士でした。その後、国境の砦の警備を任されるようになり、その功績が認められ、カンパニュラ様専属の近衛兵として雇っていただきました。異例の出世ですよ。未だに俺の事を良く思わない兵士も多くいますが、カンパニュラ様にはいつも庇っていただき、本当に感謝しているんですよ」


その時のライラックの表情はすがすがしく、カンパニュラに対する忠誠心のようなものをディルフィニウムは感じていた。

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