行く先は決まっているからね
「今までよく気付けなかったものだと思うけれど」
本当にな。
「私とシャーロットが結婚したあとのことは、国とも話が通っている。でなければ、貴族の嫡子同士の結婚は不可能だからね」
ルーカスの父である公爵が、はじめは無理だと言っていたのもこういう理由だ。
無理を通せば、契約違反で双方罰せられることになる。
だが仲良しだった母親たちが、ルーカスが恋を自覚すると盛り上がり、二人の結婚に協力姿勢を見せた。
ルーカスの母親はともかく、シャーロットの母親は侯爵だ。
彼女が良しというのなら……と公爵も折れてしまった。
ルーカスの度重なる家出に疲れていたのもあったが……。
「将来的に公爵家が侯爵家を吸収しましょうという話でね。まぁ、君は共同統治という言葉をはき違えて理解していたみたいだけれど」
公爵だって、これが逆ならさすがに止めていたはずだ。
侯爵自ら領地を譲りますと言ってきたことで、悪いことでもないなと考えを改められた。
さて、問題は国の説得である。
貴族が領地を統合するなんて、普通に考えたら簡単に通る話ではないだろう?
ところがだ!
本当に驚きなんだが!
国もまた、増え過ぎた貴族の世話に疲れていたところだった。
それで公爵家と侯爵家からのこの提案を喜んで受け入れたのだ。
うん、心配になるよな。
この国の王族たちは、いずれ領地の統合を重ね一大勢力となった貴族家に滅ぼされる日が来るやもしれん。
願わくは、ルーカス存命中にシャーロット絡みでの揉め事を起こさないでくれ。
この新婚の男は、さっそく滅ぼされる元凶になり得るからな。気を付けろ。
それはさておき。
将来統合するならば、早いうちから共同で事業を行うことも増えていく。
それを侯爵代理は何か勘違いして受け取っていたのだろう。
シャーロットの婚約は、『娘の結婚後、お前は用済みな』と言われるようなものだったが。
そんなことにも気付けぬ可哀想な男は、これまた可哀想なことに、亡くした夫人からとことん愛想を尽かれていた。
だから娘の結婚について、男には事前の相談もなければ、事後報告もなかったのである。
何せこの男、王都で他家の人間から娘の婚約を祝う言葉を掛けられて、ようやく知ったくらいで。
その時点で騒がない男もあれだから、どうにもならないが。
ま、しかし男が先を理解して、侯爵とよく話をしていたら、それはそれで厄介事が増えていたことだろう。
安易に娘を結婚させなければいいと考えて、シャーロットを攫って逃げて、国家の大罪人になっていた未来も、この男なら考えられてしまうからおそろしい。
それも分かって、シャーロットの母親は男に何も話さなかったのかもしれない。
だが結局は近いことを何年もしていたわけだ。
ぎりぎりのところで、まだシャーロットの父親だったから許されてきただけ。
しかしここで国が動かなかったのはどうしてかと疑問が残るだろう?
それもな、国が疲弊していたからなんだぞ。
王族たちにはいずれ統合される貴族家のいざこざに口を挟む気力がなかった。
どうせ近い将来この男は貴族でなくなるのだからと、契約違反を耳にはしたものの、放置でいいか、と。
何かあれば公爵家が動くだろうと、何も知らなかった体でいた。
本当に大丈夫か、この国の王族たち……。
もしもシャーロットが嫁がずに婿を取っていたら未来はどうなっていただろうか。
シャーロットが成人次第、侯爵代理の立場は失うけれど、男はそれからもずっと当主の父親という顔をして、領地でそれなりに過ごすことが出来ていた。
さすがに当主の父親だった男をお役御免で家から放出しないし、それに契約違反さえしなければ、この男はずっと貴族の身でいられたのだ。
それがどうだ。
シャーロットは他家に嫁いで、領地はまもなく娘が嫁いだ先の公爵領となる。
夫人の父親という立場は微かに残るものの、貴族でさえなくなろうとしている男。
今度こそ、灰になったな。
床の上に腰を落として佇む身体が透けて見えてきたぞ。
今まで予想してきたいい暮らしなんか、とうにすべて失っていたことを、さすがのこの男にも理解出来たようである。
心から何よりだよ。まだ分からなかったらどうするかと思ったぞ。
「何もしなかったら、君たちも棲む家くらいは与えられていたのにねぇ」
追い打ちをかけるように、ルーカスは結婚が決まった時点でまだ男に良好な未来が残っていたことを知らせてやった。
こんな男ではあるが、それでもシャーロットの父親だからと、不憫に思っていた公爵。
最初は息子に爵位を譲るその日まで、シャーロットを当主として侯爵家を存続させようと考えていた。
それもこれも男にも侯爵家の仕事を多少は与えようという配慮だ。
しかしこの計画はルーカスが『成人次第結婚』というあの契約書を締結したことで覆される。
元々シャーロットは成人次第侯爵となるはずで、結婚はルーカスが爵位を得るそのときに、と公爵は考えていたのだ。
当時の男はその意味に気付いてもいなかったが。
婿の意識、本当にどこに置いてきてしまったのだよ……。
それでも公爵は、次期当主の妻の父親という立場だけで、最後まで男の面倒を見るくらいのことは考えていた。
領地のどこかに小さな家でも用意して、そこで細々と暮らせるくらいの生活費は出そうと。
だが今になって思えば、慈悲など与えず処理しておいた方が正解だったかもしれない。
だから今日のルーカスの対応は間違っていないはずで……後処理は任せたぞ公爵。泣きながら頑張れ。
「さすがにここまで話せば、今日君たちを呼んだ理由は分かったね?これで用は済んだからさ、もう出て行ってくれる?あぁ、侯爵家の所有するどの屋敷からもだよ。もちろん侯爵領にも戻れない」
「そんな……」
「心配しなくていい。行く先は決まっているからね」
それはにこにこと笑って告げることでは絶対にないぞルーカス。
「契約違反を重ねた君は牢屋行きだ。その時点で貴族ではないのだし。良かったね、君は結婚出来るよ。平民はこれが妻と言ったらそれだ。そして平民はこれといった妻や子たちと共に罪を償うものだね」
まだ男の妻は何が起きているかを理解出来ていないようである。
熱心にルーカスの話に耳を傾けているけれど、もう大丈夫だ。
理解出来なかろうと、行く先は変わらない。
何なら分からないまま行ける方が幸せかもしれんぞ。
「つまり君たちは連座で牢屋行きということだね。そのうえ君は侯爵代理という立場を忘れて、少々やり過ぎていた」
まさにお前が言うな、である。
ルーカスよ、お前も今は公爵代理だからな?
分厚い書類の表紙をわざとらしく撫でた後にルーカスはにんまりと笑った。
相変わらず人を嫌な気持ちにさせる笑顔だ。
「これだけ証拠があれば、貴族でも鉱山行きだね。世の役にも立たないことは腹立たしいけれど、平民となれば処刑かな。君たち、これを連れて行ってくれる?」
「おやめなさい!わたくしを誰だと思っているのよ!侯爵夫人なのよ!さわらないで!」
近付く騎士に母親は声を張り上げて抵抗しているが、娘はおとなしく担がれていった。
あぁ、猿轡があって縛られていたら騒げないか。
ただなんというか……楽しそうに見えたんだよな。見間違いだよな?
担がれる楽しい遊びと思って運ばれた先で処刑されるのは、ちと可哀想に思うぞ。
「離しなさいよ!わたくしに触れないで!」
しかし母親、娘とは親子だった。
運ばれる娘に目もくれないことは気になるが。
最後の最後にそれが確かだと分かって良かったとは思うぞ。
だが最後の最後にその声はもう耐えられそうにないのだが……。
「あの子を!あの子を呼んでちょうだい!わたくしは、あの子の母親よ!シャーロットを呼んで!!!」
まだ言うか。
どうやったってシャーロットとは他人なんだわ。
だから黙ってくれ。
君の将来は絶望的だぞ?
灰になっている男のようにそろそろ落ち込んではくれないか?
これまで貴族のシャーロットにしてきた罪も罰せられるのだからな。
そのうえ結婚したばかりの貴族夫人に家に帰れとも言ったんだ。
他者の契約を破棄させようとする行為は、それはこの国では重い罰を受けることになるのだぞ?
それで男も一瞬は土下座したというのに……騒ぐほどにすべてが無駄になっていく。
だから黙ってくれ。
あ、頭が割れる……。鼓膜が……。
「その汚い口で、私の妻の名を呼ばないでくれるかな?ねぇ、早く、あれ」
ルーカスよ、これを機に平民を蔑む男にだけはなってくれるなよ。
え?シャーロットの名を口にするならば、貴族も平民も関係ない?
……以降名を呼べなくなるのは大変困るのだが。
語り部としては許してくれ。頼む。この通りだ。
「終わりだ……そんな……こんなはずでは……婿になれば一生安泰と……聞いていた話と違う……」
誰にそんな話を聞いたのだろうな。
間違いとも言わないが、それは妻や娘と良好な関係を築いてこそ保証される未来だったのだぞ?
どうか妻や娘を恨んでくれるな。
平民の愛人に子を産ませている時点で、描いた未来を終えたのは自分だからな?
女は娘と同じように猿轡を噛ませられ、縄で身体をぐるぐるに巻かれて、担がれて部屋を出て行った。
男は茫然とした様子で膝を付いたまま、騎士らに引き摺られていく。
「あーあ、汚れたね。絨毯も変えておいてよ?」
言い残し、ステップを踏むような陽気さで、ルーカスは応接室を出て行った。
向かうはもちろん新妻の元。
これでルーカスはまた暇になるに違いない。
ルーカスの妻よ、検討を祈る。
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