いけない子だね
二人の寝室まで公爵邸の玄関からはかなりの距離がある。
玄関にほど近い来客用の応接室からもそれは変わらない。
階段を上って、長い廊下を越えて折れて、また続く長い廊下を進み。
裏庭に面した窓のあるその部屋まで、訪問者の声が届くことなど決してないのだ。
「起きたかな、シャーロット?」
「ふえ?また夜ですか?」
寝ぼけた様子で目を擦ったシャーロットは、横になったまま部屋の様子を見渡した。
美しい庭を見渡せるはずの窓の向こうは分厚いカーテンで遮られ、室内には照明が灯っている。
「疲れただろう?まだ寝ていていいよ?」
「いいえ、起きます!」
「そう、元気だね?」
「じっとしていると落ち着きませんので。お仕事が何もないとの契約でしたが、何かすることはないでしょうか?」
「何かしたいことがあるのかな?」
「何か……お掃除もお料理もお洗濯も出来ますので何なりと!」
起き上がって自信たっぷりに言ったシャーロット。
生まれたままの姿だったシャーロットの肩に、ルーカスは毛布を掛けた。
あっと気付いて、毛布に包まったシャーロットは、初日の夜のよう。
冷えは良くない。
私の目の存続にも良くない。
よーく隠してくれ。
「私はシャーロットがしたいことを聞いたのだよ?それなのに、使用人の仕事を奪おうなんていけない子だね」
「いけない子でしたか……。それでは私は何をしたら……」
「私の妻をしていたらいい。それが契約だから、ね?」
「その妻のすることがまだ分かりません。無知な私に教えてくださいますか?」
それは完全に間違えた問いだぞ、シャーロット。
あぁ、ルーカスがご機嫌に頷いているな。
あの目だ。捕食者の目をしている。
終わったぞシャーロット。
自由になるチャンスはきっと今が最後だった。
「もちろん。お腹は空いた?」
「はい、ぺこぺこです!」
「では食べたらまたじっくりと教えることにしようね。ねぇ、シャーロット。私の奥様」
次の春を迎えても。
シャーロットは実家が消えたことを知らなかった。
この部屋の窓の外側からいつの間にか鉄格子がはめられていたことも。
移動した先の屋敷の窓に、同じように鉄格子がはめられていることも。
結婚式の夜に使おうとしていた樹が存在すらしなくなっていたことも。
シャーロットは知らなかった。
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