絶望

「おい、アキラ! そっちいったぞ!」

「へ?」

 考え事をしていて、目の前のモンスターから気がそれていた。

「『サンダー』!」

 素早く魔法を放つがうまく当たらない。もっと引きつけた方がいい。

「『ファイヤー』!」

 ウルフを炎が包み込む。

 ザクッ!

 嫌な感覚に後ろを振り向くと、別のウルフがいた。爪から血がしたたっている。瞬時に唱える。

「『スリープ』」



「もう、何やってるのよ」

 ミホがみぞおちを叩きつつ叱責する。

「ミホの言うとおりだ。ここのところ、様子がおかしいぞ。そうだ、レンジャーの一件以降だ」

「さっきのウルフなんか、『スリープ』を使うまでもなかったわ。『スリープ』の残数ゼロじゃない! アキラのバカ!」

 僕は黙るしかない。二人の言うとおりなのだから。

「まあ、済んだことを言いあってもしょうがない。早くレベルアップして残数を戻すしかないな。それか商人から専用の薬を買って残数を戻すか。いずれにせよ、強敵がきたら逃げるしかない」



 僕は自分に失望した。僕は何も考えずに切り札を使ってしまった。「スリープ」のない僕は新米魔法使いとなんら変わらない。二人の負担を増やしてしまった。

「おい、いい加減しっかりしろ。自分を責めてもどうにもならんぞ。残数回復薬はないが、これを着れば防御力がましになる。買うっきゃないな」

 いつの間にか商人の前にいた。

「いいじゃない? じゃあ、私にも新しい装備買いなさいよ。アキラばかりずるいわ」

「もちろんだ。パーティー全体を底上げしなくちゃならん」

 そうだ、僕が落ち込んだままじゃ、二人に心配をかける。それこそ足を引っ張りかねない。

「いいんじゃないかな。あとは食材が足りなくなってきたと思うんだけど」

 僕は空元気を出してそう言った。



「それにしても商人に会えてラッキーだった。これでしばらくはHPを気にしなくていい」

「そうね。さて、問題はどこで雑魚を倒すかよ。レベルアップするには雑魚を相当倒さないといけないわ」

 そうなのだ。僕はそこそこレベルアップしている。当然、次にレベルアップするまでに必要な経験値も増えている。「スリープ」の残数を回復するのは難しい。



「ねえ、あそこの花きれいじゃない? ちょっと見てくるわ」

 鮮やかな赤色の花が咲いている。高さはミホの背丈と同じくらいだ。

 ミホの子供らしいところを見てホッとした。僕たちと一緒にいるために、気丈にふるまっているのでは? という考えがあったのだ。

「ミホ、待て! そいつは――」

 次の瞬間、ミホの体が宙に浮く。いつの間にか地上から出てきた根っこに捕らえられている。

「くそ、こんなときに厄介な敵に出くわしたぞ! そいつは人喰い花だ!」



「スリープ」の使用可能回数、残りゼロ回。

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