ショック

「魔王は老人の姿をしている? お前らどうかしてるぜ」

 またしても信じてもらえなかった。

 僕らは出会ったプレイヤー全員に魔王の情報を伝えていたが、信じるものはいなかった。まあ、僕が逆の立場だったら同じ反応をするだろうけど。



「はあ、どいつここいつもバカばかりじゃん。ねえ、もうめんどくさくなってきた。やめよ、やめやめ」

 確かにいつまでも魔王の情報を伝えるだけでは貴重な時間が過ぎていく。しかし、ミホをおんぶする方がよっぽどめんどくさい。うちの小さな女王様には早く自立して欲しいものだ。



「今度ばかりはミホの言うとおりかもしれん。実際問題、魔王を倒す――いや、足止めできる方法を考えるのがいいかもしれない」

 魔王の足止め。果たしてできるのだろうか。いつエンカウントするか分からない以上、避けては通れない問題だ。そして、最終的には倒さなければ、この世界から出ることが出来ない。最後の戦いには全プレイヤーが束になってかかる必要がありそうだ。それでも倒せるビジョンが見えないが。


 ゴツン!

「痛い!」

「アキラ、何してるのよ。危ないじゃない。前見て歩いてよ」

 僕の目の前には一本の木が立っていた。考え事をし過ぎた。

「もう、アキラは使えないわね」

 そう言うとミホが背中から飛び降りる。額は痛いが、ミホが降りたのなら良しとするか。



「おい、人が休憩してるときに邪魔するなよ」

 どこからともなく声が聞こえる。

「アキラ、木の上だ」

 マサムネさんの視線の先には以前、助けたレンジャーの姿があった。

「くそ、せっかく寝てたのに目が覚めちまったじゃねぇか。うん? ああ、お前らこの前俺の足を引っ張った奴らか」

 普段温厚だと自負している僕もさすがにカチンときた。

「それはこっちのセリフだ! 君のせいで苦労したんだぞ」

 あの時、こいつが上級スライムに切りかかったせいで、こちらは大変だったのに反省してないらしい。まあ、戦闘後に「オレの仲間にしてもいい」なんて言ってきた奴だ。反省するわけがないか。



「見たところ、あんたは一人のようだが、仲間とは別行動なのか?」

「いや、オレの実力に見合った奴がいなくてよ。まだ、一人でやってるよ」

「え、一人なのに寝てたの?」

「お前あほか? 寝なきゃ疲労で倒れるだろが」

 どうやらこのレンジャーは大地が日々動いていることを考えてないらしい。成長がないな、と心の中でつぶやく。



「そういうお前らは、三人でパーティーを組んでるのか。それにしても三人目がそんなチビとは、見る目がないな。オレの仲間になれば良かったのに」

「チビとはなによ! さっきから黙って話を聞いていれば、好き勝手言っちゃって。二人とも、こんな奴放っておきましょ」

 ミホはご立腹のようだ。確かに小学生だが、間違いなくこいつより頭がいい。付け加えるなら僕よりも頭の回転が速い。見た目で判断してはいけないことは、この前の魔王のときに経験済みだ。

「まあ、好きにすればいいさ。オレはもう行くよ。誰かさんに休憩を邪魔されたからな」



「ねえ、二人とあの馬鹿はどういう関係なの? 寛大な私でも堪忍袋の緒が切れたわ」

 寛大ねぇ。とてもそうは思えないけれど。

 ミホにかいつまんで説明する。

「はぁ、二人とも苦労したのね。とんでもない奴じゃない」

 そのときだった。遠くから悲鳴が聞こえる。この声、さっきのレンジャーだ!

「アキラ、行くぞ! いくらひどい奴でも見殺しにはしたくない」

 マサムネさんはテスター時代から嫌なほどプレイヤーの死を見てきた。実際、僕が困っているときに、見ず知らずだったのに貴重な包帯をくれたのだ。当然の行動だ。

「マサムネ、正気なの?」



 レンジャーのもとに向かっていると、遠くから上級スライムに囲まれているのが見える。ただでさえ厄介な相手だ、複数同時に対処は難しい。向こうもこっちに気づいたのか振り返ってこう言った。

「手助けはいらねぇ。黙ってそこで見てろ」

「おい、いくらなんでも一人でそいつ相手は無理だ」

「『アロー』」

 レンジャーが言うと矢の雨が僕たちの足元に降り注ぐ。

「危ないじゃない! どういう神経してるわけ?」



 これ以上とやかく言っても矢が降り注いでくるだけだ。

「マサムネさん、どうしますか?」

 指示をあおぐ。

「ここでしばらく待機だ。あいつがこちらにかまってられなくなったら、突撃だ」

「はあ、二人ともお人よしねぇ。まあ、好きにすればいいわ」



 レンジャーは前の経験を活かしていない。手元のナイフで上級スライムを切りつけている。当然、敵は分裂して増えていく。

「くそ、このままじゃあ、あいつはもたない。行くぞ!」

 僕らは走り出した。が、遅かった。

「く、オレがこんな奴に勝てないわけがない。この化け物め、これでもくら――」

 その先の言葉を聞くことはなかった。

 スライムたちがレンジャーにのしかかると、レンジャーが淡い光を放つ。

「アキラ、よく見ておけ。あれがこの世界での『死』だ」

 レンジャーはどんどん姿が薄くなり、最後には消えていなくなってしまった。レンジャーはHP切れでゲームオーバーになった、僕はそう理解した。プレイヤーの死を見るのはこれが最初だった。ゲームオーバーは現実世界での死を意味する。



「おい、いつまでもボーっとするな。ショックなのは分かるが、奴らこっちに向かっているぞ」

 マサムネさんは切り替えが早い。何度も見ているからに違いない。僕も目の前のことに集中しなければ、あのレンジャーと同じ運命をたどる。

「『ブリザード』!」

 スライムたちは氷像になった。

「『クラッシュ』」

 ミホの言葉を合図に氷像たちがぶつかりあい、砕け散る。あっけなく上級スライムの群れを倒した。



「……」

「アキラ、ミホ。俺たちはああならないように連携する必要がある。そのためのパーティーだ。嫌なものを見ちまったが、これが現実だ」

 ゲームオーバーしたレンジャーのナイフが鈍い色を放っている。明日は我が身。なんとかこの世界を生き抜き魔王を倒さなくては。



「スリープ」の使用可能回数、残り一回。

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