間抜けな魔法使い

 次の日の朝。僕たちは再び歩き出した。もちろん目当ては商人だ。

「でも、このゲームって日々どこかの大地が消えて、別のどこかが増えていくんですよね? この前、淵から逃げていたらいつの間にか、逃げ切れたんですけど。一定方向に進んでいるわけではないんですね?」

「そうだ。この大地は四方八方、どこへでも伸びるし、どこからでも狭まる可能性がある。だから、情報収集が命なわけだ。現に商人を探していまも、俺たちが進む先から大地の淵が迫っている可能性もある」

 つまり、商人だけではなく、旅人や他のプレイヤーとの交流も大事な要素なのか。



「おっ、歩いたかいがあったな。誰かがやってくるぞ」

 服装を見るに商人ではなさそうだ。手には杖を持っている。おそらく魔法使いのプレイヤーだ。



「おお、これはこれは。プレイヤーに会うのは久しぶりじゃわい」

 魔法使いは還暦を過ぎているであろう白髪の老人だった。

「拙者はヨシノブと申す。お二人は剣士と魔法使いですかな?」

「ああ、そのとおりだ。あんたは杖を見るに魔法使いだな」

「そのとおりじゃ。もしやお主たちはパーティーを組んでおるのかの?」

「そうだが」

「パーティーは三人までのはずじゃ。拙者を加えてもらえんかのう」

 確かにパーティーは三人まで組めるが、すでに僕という魔法使いがいる。同じパーティーに二人も魔法使いはいらないだろう。



「悪いが、別の職業の人を探していてな。他を当たって欲しい」

 マサムネさんも同意見らしい。

「まあ、そう固いことを言いなさるな。拙者の魔法を見てから判断しても遅くなかろうて」

 「スリープ」以上の魔法はないはずだ。このおじいさんは、きっと自分がすごいと思い込んでいるのだろう。



「それいくぞ。三、二、一」

 次の瞬間、老人が消えた。まるでマジックのようだった。これが「テレポート」の力なのか。

「それ」

 そう言って老人が再び出現したのは――三メートル先だった。

 マサムネさんが「テレポート」にスキルポイントを振らせなかった理由が分かった。確かにこれじゃあ、使い物にならない。



「まあ、そうなるな。爺さん、他のスキルを伸ばした方がいい。ポイントの振り直しはできないが、今からでも遅くはない」

「なんじゃと!? 拙者の技を愚弄するのか」

「いや、そういうわけじゃないんです。すごいんですけど、僕も魔法使いなので、二人も同じ職業の人はいらないかな、って」

 さすがにこの人をパーティーにいれるのはまずい。魔法使いが二人になるからではなく、この老人は間違いなくこの先も「テレポート」にスキルポイントを振るに違いないからだ。マサムネさんが「距離はレベルに比例する」って言ってたし、いつ実用性のある技になるか分からない。

「さようか。ならば拙者は我が道を行くのみじゃ」

 そう言い残すと老人はゆっくりと去っていった。



「なにも、スキル特化するのが悪いわけじゃない。テスターの中には氷魔法を極めて重宝された奴もいたからな。だがさすがに『テレポート』はなぁ。移動距離が一キロ先くらいにならないと使い勝手が悪いからな」

 一キロ先へのテレポート。どれくらいのレベルが必要なのだろうか。そもそも、レベルを上げなければいけないのに、他の攻撃魔法が使えなくては意味がない。でも、一つの道を極めるってかっこいい。



「そう言えば、ポーションも食事もHPを回復できるんですよね? この二つの違いって何なんですか?」

 純粋な疑問をぶつける。いざ、商人に会ったときにどちらを買えばいいのだろうか。

「簡単に言うと、回復量重視の食事、手軽さ重視のポーションってところだな」

「うーん、まだピンとこなくて。なぜ食事の方が回復量が多いんですか?」

「この大地は動いている。これが前提条件だ。つまり、『立ち止まることは死に直結する』だ。食事をするには時間がかかる。当然、淵がやってくる可能性もある。まあ、伸びてくれる可能性もあるから一概には言えないけどな。そんな感じだな」

 なるほど、一長一短ということか。

「おっ、今度こそ商人に違いない。アキラ、あそこを見ろ。大木の下に座った人が見えるだろ。手元のシートに物がならんでいる。これでお前の装備も新調できるな」



 大木に近づくと女性の商人が見えてきた。

「あら、旅のお方ね。いらっしゃい。好きなだけ見ていってちょうだい」

「まずは、ポーションと食材だな。どっちを多めにするかは悩みどころだな。手軽さか回復量か。アキラ、お前はどう思う?」

 どちらにしようかと商品を覗き込むと値札がついている。どちらもさほど変わりはないが、気持ちポーションの方が高い。

「うーん、悩みどころですね。ポーションの方が高いのは、即効性があるからですか?」

「ああ、そうだ。例えば敵と戦っている最中にも回復可能だからな」

「じゃあ、ポーションを若干多めに買いませんか? この世界ってヒーラーもいるじゃないですか。ヒーラーがいれば戦闘中にも回復できますけど、今はそうはいかないので」

「ほほう、アキラなりにこのゲームを分析したわけだ。それでいこう」

 マサムネさんが女性に金貨を渡す。



「さて、回復問題は解決したわけだが」

 マサムネさんが僕を見る。

「さすがにいつまでもその装備じゃあまずいな。ここいらで新調すべきだな」

 僕の装備は最初に渡されたもののままだ。攻撃も防御も貧弱だ。ここまでやってこられたのも「スリープ」とマサムネさんのおかげだ。

「まずは杖だな。『攻撃は最大の防御』ってやつだ。なあ、あんた。杖の品ぞろえが見たい」

 マサムネさんがそう言うと、女性はリュックサック程度の麻袋をまさぐりだす。あれ? そんな小さな袋に入っているの?

「どうした? 何も珍しいことはないだろうに。……もしかして、商人と会うのは初めてか?」

「いえ、最初の方にあったことがあるんですが、その時は並んでいる商品しか見なかったので」

 お金がなくて杖を新調できなかった時のことを思い出す。

「ああ、そういうことか。簡単な話、袋そのものに魔法がかかってるんだ。中身を拡張してるのさ」

 謎が一つ解けた。



「ほら、これなんかどうさね」

 商人が一つの杖を見せてくる。杖の持ち手から先にかけて太くなっており、杖の先端には緑色をした玉がついている。手持ちのボロ杖に比べてかなり装飾も凝っている。

「中級の杖だな。悪くない。一つ買わせてくれ」

「はいよ」

「あとは、そうだな、魔法使い向けの服が欲しい」

 商人が再び袋をあさる。やっとのことで取り出したのは親指くらいの大きさしかない服だ。でも、今度はそれほど驚かなかった。袋と同じ原理に違いない。きっと着る人のサイズに合わせるための魔法がかかっているに違いない。

「さあ、ぼうや。どうさね?」

 受け取った服はまるでシルクのように肌触りがいい。

「これなら防御力も問題なさそうだな。これももらおう」

「まいどあり」



「スリープ」の使用可能回数、残り三回。

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