いつの世も同じ
マサムネさんと組んだことで、睡眠についての問題は解決した。あとの一人は慎重に選ぶべきだろう。
「アキラは学生なんだろ? 両親が心配してるんじゃないか?」
この世界では現実の姿でプレイすることになっている。当然キャラメイク要素はない。
「そうですね。そもそも、現実で僕たちがどうなっているか分かりませんし」
そうなのだ。現実世界で何が起きているのかは知りようがない。ゲームをプレイした全員がこの世界に引きずり込まれたのか、あるいはなんらかの条件があるのか。
「そう言えば、マサムネさんはなんでそんなに筋肉質なんですか? その……年齢の割には体型が引き締まっているなと思って」
純粋な疑問をぶつける。ちょっと聞き方が失礼だったかもしれないけれど。
「そうくると思ったぜ。簡単な話さ。ジムに通ってるんだよ。週三回くらいだな。運動はいいことづくめだぞ。生活習慣病にはならないし、この体型のおかげでいまだにモテるからな」
マサムネさんが豪快に笑いながら言う。彼の場合は体型だけじゃなくて優しい性格だからだろう。
「それはそうと、すぐにでも商人を見つけたいところだな。アキラの傷はふさがったものの、HPは回復しきれていない。食事をすれば一定の割合で回復するんだが、手持ちが少ない。まあ、この世界は町がないから商人だって放浪するしかない。彼らと会えるのかも重要な要素だな。こればかりは運だ」
「実は、言わなくちゃいけないことがあって……。僕、ゲームを始めたてで、お金がないんです」
「心配するな。新米に金がないのは分かりきっている。俺の手持ちの金を使えばいい」
マサムネさんが勢いよく右肩を叩く。右腕の傷に痛みが走る。悪気がないのは分かるが、勘弁して欲しい。
かれこれ一時間ほど歩いた時だった。向こうから人がやって来る。商人なのか、プレイヤーなのか。前者であることを願って近づくと、商人ではなかった。
「おやおや、そこのお二人さん。困りごとがありそうだねぇ。一人は腕を怪我している。怪我があっちゃあ、戦闘に影響があるからね」
「そうなんだ。ところであんた、商人を見なかったか? こいつの傷を一刻も早く治してやりたいんだ」
「それなら旦那はラッキーですぜ。私の手元にはポーションがたんまりとある。以前、会った商人から買いまして。いつ商人に会えるか分かりませんからね」
この人の言うとおりだ。
「で、いくらで譲ってくれる? もちろん多少は市場価格より高いだろうが」
「そうですなぁ。旦那の手持ちを見せていただけますかな?」
「構わん。これが全財産だ」
マサムネさんが金貨の入った袋を見せる。
「旦那、ここにある金貨の三分の二でお譲りしまっせ」
「三分の二!? おい、それだと市場価格の十倍だぞ!」
「ええ、それは承知です。でもお互いに次にいつ商人と出会えるか分からないでしょう? さあ、どうします?」
この男、こっちの足元を見ているに違いない。マサムネさんは困惑した表情を浮かべている。
「なあ、無理を承知でお願いするが、もう少しなんとかならないか? あんたの言うことはもっともだが、いくらなんでも高すぎる」
「旦那、いくらなんでもこの価格から変える気はありませんぜ。さあ、相棒の傷を治すか、金を惜しむか、どちらにしやすか?」
マサムネさんが僕の傷を見やる。
「マサムネさん、大丈夫です。そのうち商人に会えますから」
「アキラ、楽観的すぎるぞ。俺はHP切れで死んだプレイヤーを見たことがある。そいつも同じように傷を負っていたんだ。それさえなければ、生き残れたに違いない。おい、あんた。その値段でポーションを買わせてくれ」
「承知しました。いやぁ、旦那はポーションが手に入り、あっしは金が手に入る。これぞウィンウィンってやつですなぁ」
僕は腹が立ったが、我慢する。
「さあ、ポーションでっせ。大切に使いなさいな。ではこの辺で」
それだけ言うと男は去っていった。
「マサムネさん、迷惑かけてすみません」
「気にするな。確かにアキラが『スリープ』を使えるから、という考えがないといえば嘘になる。しかし、それがなくても仲間は助けるべきだ。いつか俺が助けられるだろうからな」
ポーションを渡しつつマサムネさんが言う。
「そういえば前から気になってたんですけど、なんでマサムネさんはこの世界に詳しいんですか?」
このゲームが発売されてすぐに、僕もプレイを始めた。マサムネさんも同じはずだ。
「簡単な話さ。テストプレイヤーなんだよ。会社がゲーム関連だったからな。当時は先行プレイできるって大喜びだったんだが、今じゃあ違う。で、俺は新米冒険者より知識があるから、助けられるやつは助けるし、アドバイスもする。悲劇は見たくないからな」
「そういえば、さっき目の前でプレイヤーが死んだって言ってましたね。死ぬとどうなるか、知ってますか?」
「詳しくは分からん。だが、現実世界にも悪影響が出るのは間違いないな」
僕はその言葉を聞いてゾッとした。マサムネさんと出会っていなければ、同じ末路を辿ったに違いない。
「スリープ」の使用可能回数、残りゼロ。
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