出会い

 僕はひたすら歩き続けた。淵から逃れるために。そしてあることに気がついた。もし今敵と出くわしたら? 時間を浪費すれば、淵は確実に迫って来る。それだけは避けなくては。



 歩き続けること数時間。なぜか淵は僕から遠ざかり始めた。別に僕が歩くスピードをあげたわけではない。首をひねる。まあ、淵が遠ざかるなら理由はどうでもいい。



 疑問に思いながらも進んでいると、近くに宝箱があるのが目に入る。僕は勢いよく走る。他のゲームと一緒なら中身は武器かお金だ。どちらでもいい。何かがなければ強くはなれない。いくら「スリープ」が万能でも。



 僕が期待を込めて開けた宝箱には何も入ってなかった。どういうことだ?

 しばらくして気がついた。他のプレイヤーが先に持っていったのだ。さすがに精神的なダメージは大きい。



 ザクッ! 

 僕の腕に痛みが走る。何が起きた? 僕が右腕を見ると、大きな傷がぱっくりとできていた。近くにはオオカミに近い生き物が爪から血を垂らしていた。

 宝箱に気を取られて油断していた。敵が来たことに気づかなかった。なんたる失態!



「『スリープ』!」

 慌てて呪文を唱える。オオカミは眠りこけた。

「『サンダー』! 『ファイヤー』!」

 連続で魔法をかける。しかし、スライムとは違い敵は蒸発しない!

 こいつはスライムより上の敵に違いない。さらに連続で魔法を放つ。さすがに効いたのか、オオカミは消え去った。



 ひとまず、危険は去ったものの腕の傷が酷く痛む。このまま血が流れ続けては死に直結する。かといって、下手に動くとさらに出血が早まる。

 出血のせいか、頭がうまく働かない。冷静になれ、冷静に。まずは止血だ。服の一部をビリッと破ると出血箇所に巻きつける。

 だが、これ以上の手当を僕は思いつかない。この世界について知識は皆無だった。



「おい、あんた大丈夫か?」

 顔を上げると、一人の男が立っていた。見た目は四十代前後。だが、太ってはおらず、むしろ体は筋肉で引き締まっていた。精悍な顔立ちだ。全身は銀色の鎧で覆われており、背中には剣を携えている。剣士に違いない。

「あんた、見たところ新米冒険者だな? こいつを使いな」

 男は手に持った包帯を渡してきた。

「ありがとうございます」

 それだけ言うと夢中になって包帯を右腕に巻き付ける。巻き付けるたびに淡い緑色の光が浮かんでは消える。徐々に痛みが治まっていく。



「どうやら、間に合ったらしいな。さすがに他のプレイヤーが死ぬのは見たくないからな。そいつはくれてやるよ。少しだけHPが回復する。早く仲間を見つけた方がいいぞ。じゃあな」

 男はそれだけ言うとその場を立ち去ろうとする。

「待ってください! よかったら、パーティーを組みませんか?」

 今までの経験でソロは危険だと肌で感じていた。安心して眠れない、それにいくら「スリープ」が便利でも敵が強くなればさっきのように敵を葬ることはできない。



「おいおい、いくらなんでも、あんたとは組まないぜ。知ってるだろうが、このゲームではパーティーは三人が上限だ。それに一回組むとゲームが終わるまで――つまり、クリアするか、死ぬか――一緒になるんだぞ? 解散はできない。新米のあんたと組むメリットは俺には見つからないね」

「じゃあ、これならどうです? 僕は最強の睡眠魔法『スリープ』が使えます」

「はあ? あんた、嘘をつくのもいい加減にしろよ。いくらなんでも下手すぎるぜ」

 男は頭を振りかぶる。



「実際に見せれば組んでもらえますか?」

「そりゃ、『スリープ』は最強魔法だからな。そんな奴と序盤から組めたら怖いものなしだ」

「じゃあ、適当な敵を探しましょう。きっと、信じてもらえると思います」

 まだ男は胡散臭そうにこちらを見ていた。なに、実際に見れば手のひらを返すさ。



 僕らは目的地もなくふらついていた。いざ、敵を見つけようとするとなかなか出てこない。疲れも溜まっているし、足も棒のようだ。なにせ昨日は夜通し歩いていたのだから。イライラしてきた。



「おい、あそこにいるのスライムじゃないか?」

 男の指す先には遠くなので判別が難しいがスライムらしきものがいる。敵と出会えて嬉しいことは、これが初めてだった。

「さて、お手並み拝見とするか。化けの皮が剝がれるのがオチだろうけど」

 男はそう言うと近くの石に腰を下ろす。

「見ててください。きっとびっくりしますよ!」

 相手はスライムだ。さっきの敵とは違う。あっさり片づけられる。



「スリープ!」

 スライムの前で唱えるとあっさり眠りについた。

「サンダー! ファイヤー!」

 魔法の連続でスライムを消し炭にする。

「おいおい、本当かよ。俺は目がおかしくなったのか?」

「どうです? 信じてもらえましたか?」

「……ああ、十分だ。俺の名前はマサムネ。見ての通り剣士だ。前衛の剣士、後衛の魔法使い。うん、いい組み合わせだ。これからよろくしな」

「ええ。僕はアキラ。さっきは包帯ありがとうございました。おかげで助かりました。これからよろしくお願いします」

 僕たちは握手を交わした。

 これで睡眠に関する問題は解決した。交互に見張り番をすれば敵に奇襲を食らうことはない。この人は見ず知らずの僕を助けるほど優しい人だ。それに頼りがいがある。これならうまくこの世界を生き残れそうだ。



 「スリープ」の使用可能回数、残りゼロ。

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