眠れぬ夜

 僕は無敵だ。どんな敵でもかかってこい。「スリープ」からの魔法連打で消し炭だ。僕は意気揚々と歩き続ける。それにしても商人の「寝ることは死を意味する」とのアドバイスはなんだったのだろうか。まあ、当面気にすることはなさそうだ。



 その後も、雑魚敵ばかりで歯ごたえのない奴らばかりだった。「スリープ」があれば怖いものなしだ。



 さすがに戦闘の連続で疲れてきた。少しくらい休憩しないと倒れてしまう。かといって眠ってしまうといつ敵が襲ってくるか分からない。安全に寝るためにも木の上で寝るのがよさそうだ。僕は適当な木に登るとすぐに夢の世界へ旅立った。



 ドンドンドン。誰かが夢の世界から僕を現実へと呼び戻す。まだ寝て足りない。睡眠を邪魔する奴は誰だ。NPCだろうと「スリープ」を使って痛い目にあわせてやる!



「おい、お前さん死にたいのか?」

 木の根元に太った中年の男が立っていた。

「おい、起きろ! お前さんは死にたいのか、と言ってるんだ」

 男が木を勢いよく蹴ると僕はまっさかさまに地面に落ちる。痛い! 「スリープ」を使うために杖を男に向ける。

「おいおい、人が助けてやったのにそれはないだろう」

 男は両手でを挙げて敵意がないことを示す。そんなことをしても無駄だ。眠りを妨げた奴にはそれ相応の罰を!

「お前さんまさか新米冒険者か? いいから、俺のいうことを聞け。この世界では――」

「『スリープ』」

 問答無用だ。これでしばらく安眠できる。



 僕は深い眠りから目を覚ますと空が夕焼けで真っ赤に染まっている。もうすぐ夜か。どこかの街の宿で休むか、もしくは野宿か。手元にはお金がない。野宿になりそうだ。まあ、しょうがない。



 そんなことを考えていると、先ほど「スリープ」で眠らせた男がむくっと起き上がる。どうやら眠りから覚めたらしい。



「むにゃむねにゃ。頭がぼーっとするな。って、もう夕方か!? 俺はどれくらい眠っていたんだ?」

「知らないよ。僕も今起きたんだから」

「お前さん、人が親切に大事なことを教えようとしたのに、いきなり魔法を使うとはどういうことだ!」

「眠っていたところを起こしたあなたにも非があるでしょう」

「くそ、お前さんのせいで移動時間が少なくなった。俺は忠告しに来たんだ。『眠っていると死ぬぞ』と」

「その言葉さっき商人から聞いた言葉と同じなんだけど、どういうこと?」

「お主、この世界をまったく知らんのか!? 無知ほど怖いものはないな」

 男はふーっとため息をつく。



「この世界は常に大地が移動している。さすがにそれは知っているな?」

「当たり前でしょう。それで?」

「お前さん相当頭が悪いらしいな。よく考えろ大地は淵のどこかから消え去り、その分どこかで大地が増える。つまりだ、眠ってたらいつの間にか大地の淵にいる可能性もある。だからと言ってるんだ」

 よく分からない。



「もう、お前さんにはつきあっておれん。はっきり言うぞ。向こうの方から大地の淵が迫ってきている。もし一度休憩でもしてみろ、あっという間に淵から落ちてゲームオーバーだぞ!」

 そこまで言われるとさすがに理解できた。つまり、この世界では休憩や寝ることは死に繋がりかねないのだ。

「もう一つアドバイスだ。さっき商人から同じことを言われたそうだな」

「ええ。それがどうかしましたか?」

「この世界で大地は動き続けている。つまり、。あったところで、いつ大地の淵がやってくるか分からんからな。だから、宿で寝ようなんて甘い考えは持つなよ。じゃあな」

 それだけ言うと男は大急ぎで去っていった。



  それからしばらくしてだった。男の言っていた意味が分かった。向こうから暗闇が迫って来る。あれが大地の淵に違いない。つまり、今ここで足を止めてしまえば大地の淵から真っ逆さまだ。僕は慌てて反対方向に歩き出す。眠るわけにはいかない。ともかく歩き続けるしかない。僕は男に「スリープ」を使ったことを後悔していた。


 

「スリープ」の使用可能回数、残り二回。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る