第2話

 廊下を進む俺の足音が、夜の静けさを切り裂いた。


 楓花にエロ本を読み聞かせられたせいで、明日の愛負への緊張と興奮が混じり合って、まったく眠れない状態になっちまった。


 こんな時に限って、目が冴えてしまうなんて…。


「くそッ……全然、眠れねぇ…」


 リビングに足を踏み入れた瞬間、予想外の光景が目に飛び込んできた。そこには、普段は金髪ツインテールの櫻子が、髪をほどいて長いストレートの状態で、雪見だいふくの封を開けようとしていた。彼女の動きは、どこか挑発的で、彼女の姿はまるで小悪魔のように見えた。


「櫻子…こんな時間にアイス食べて大丈夫か?」


 俺が声をかけると、櫻子はゆっくりと振り向いた。


「ん? 夏樹。眠れないの? 私はちょっと暑くて…雪見だいふく食べようかなって…」


 櫻子の声は甘く、俺は思わず息を呑んだ。彼女は雪見だいふくを再び口に運び、ゆっくりと舌で包み込むように舐める。その動作は、まるで俺を誘惑しているみたいだった。


「櫻子…それ、美味しそうだな。俺にも1つくれないか?」


 俺は半分冗談でそう言ってみた。


 ピノのうち一個あげるならいざ知らず、雪見だいふくとなるとさすがにくれないだろうな。


 でも、櫻子は微笑みながら雪見だいふくを俺の口元に差し出した。


「いいわよ」


 櫻子が雪見だいふくを俺の口元に近づける。俺の心臓はドキドキと高鳴る。


 オタクに優しいギャルっているんだなぁ…


 けれど、彼女はまたしても雪見だいふくを引っ込め、いたずらっぽく笑う。


「やっぱりだめ。夏樹も自分で取ってみて」


 俺は櫻子の挑発に乗って、雪見だいふくを咥えようと試みる。


 その瞬間、二人の間には軽快でいたずらっぽい雰囲気が流れた。


「櫻子、明日の愛負、勝てるかな?」


 櫻子は雪見だいふくを口に含んだまま、俺を見つめていた。


 彼女の瞳はいたずらに輝いていて、言った。


「もし、夏樹が負けてしまっても私たちの関係は変わらないじゃない?」


 櫻子が雪見だいふくを一口で飲み込み、リビングを去っていく。


 俺は彼女の背中を見送りながら、不安と興奮が入り混じった複雑な気持ちになった。


 櫻子の言葉にはいつも何か特別な意味があるように感じられ、それが俺を安心させると同時に、どこか緊張させていた。


リビングのソファに座り、俺は深くため息をついた。


 明日の愛負に向けての緊張感が、まるでこの部屋の空気を支配しているようだった。


 楓花のエロ本読み聞かせが、なんとも皮肉なことに、俺をこの状態に追い込んでいた。


 櫻子が去った後のリビングは静かで、ただ俺の心臓の鼓動だけが聞こえているようだっ


 た。彼女がいたほんの数分前とは打って変わって、寂しさが広がっていた。


「愛負か…」


 俺はぼんやりと思いを巡らせる


「勝つか、負けるか…」


 そんなことをボソッと呟いてみたものの、ダメだ。しんみりする場面なんだろうけど、興奮が治らない。

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