第20話
勇者バックはレインと共に切れ長の目の男を追跡していたが、アナスタシアの指示のもと一度追跡を中断し、人混みに紛れた。しかしその後城に向かっていると当たりを付けた二人はゆっくりと別の通りから城の前まで来たのだった。
「レイン、見てくれ。城の橋が閉鎖されてる」
「ああ、何かあったかもしれないな」
「俺なら入れるから様子を見て来る。もし奴が外にいたら連絡してくれ」
「分かった」
バックは閉鎖された橋を歩いて行き、城門の兵士はバックに気付いて彼を通した。
「ウオオオ!」
宝物庫の中の戦いが続いている。魔物の爪から放たれる衝撃波が厄介でなかなか近付けず、いざ近付くと今度は爪自体で斬撃を受け止める。キンキンという剣と爪がぶつかる音と、衝撃波で破壊される宝物の音が響いていた。
「やれやれ、これじゃみんな壊されてしまうな」
「別に構わぬ。大した物は残っておらぬし、書類の内容も全てアナスタシア様の頭の中に入っておる」
その時、戦闘で舞った紙の束にブリッジは気を取られた。紙の内容が目に入るとブリッジはその紙を空中で掴んだ。
「これは、魔力プラントの設計図? 魔物がなぜこんな物を?」
「気を付けろ!」
魔物が衝撃波を放った。ブリッジはすんでの所でかわしたが、紙が何枚か空中で切り裂かれ、別方向に再びフワリと舞い上がった。
「何だ? もう不要なのか」
衝撃波で破壊され、いつの間にか天井から日差しが帯のように何本か降り注いでいる。魔物が天井を見上げた。
「いや違う。まさか……もう覚えて見る必要が無くなったのか?」
魔物が突然飛び上がり天井の破壊された部分から脱出した。
「しまった! 逃げられる!」
一階に突然出現した魔物によって城内の兵士が騒ぎ出した。
「魔物だ!」
「逃がすな!」
西から中庭に出たあたりで兵士達が魔物を待ち受けたが、爪の衝撃波で吹き飛ばされた。
「うわあああ!」
宝物庫に残されたジイは走り出しながらタブレットを取り出し、バックにかけた。
「バックです」
「バック殿! 魔物が城内に現れました!」
「ええ、そのようですね。今城に入った所です」
「奴はプラントの設計図を暗記した可能性があります! 逃さないでください!」
「分かりました」
兵士達が負傷し魔物が咆哮したその時、タブレットに向かって返事をする声が中庭に響いた。魔物が声がした方を見ると、中庭の光の中に勇者バックが歩いて入って来る所だった。魔物が不思議そうにバックを見ている。こいつが勇者? この優男のどこに脅威を感じるというのか? しかしバックが剣を抜き、剣を握る両手を顔の横で構えると、バックの体がぼんやり光り出し、途端に魔物の背筋に何か冷たいものが走った。近付いたら殺される! 魔物は爪から衝撃波を放った。しかし衝撃波はバックの前で霧散してしまう。勇者の身に付けたオーラによって邪悪な魔力は通じない。バックが歩いて間合いを詰めてくる。魔物から見て勇者はなぜ脅威なのか理解した。邪悪な者から見た勇者は絶望を具現化した存在だった。
「せやあ!」
バックが魔物に斬撃を浴びせた。周りから見ると今まで手こずっていたのが不思議な位あっけなかった。
「グアアア!」
魔物が後ずさり、全身が赤く輝き出した。
「む?」
そして覚悟を決めて魔物は語り出した。
「このまま……このままでは終わらん! この城ごと消し去ってやる!」
魔物は急速に丸まり、水晶玉のような球体になった。宙に浮いている球体は定期的に光が脈動している。
「くっ! まずい!」
勇者は球体を掴み外に走り出した。ちょうどその時外に馬車が勢い良く到着する音がした。
アナスタシアとハーシャが馬車を降りると魔法使い部隊のレナとリナが出迎えた。
「アナスタシア様! 大変です、城内に魔物が現れました!」
「なに? 何体じゃ?」
「一体です! 今バック様が魔物と戦っている所で……」
「あれ!? アナスタシア様!?」
球体を持って飛び出して来たバックがアナスタシア達を見て驚いた。
「どうなっとる?」
「今魔物を倒したら死に際に球体になってえーと」
「うむ」
「城を消し飛ばすと! おそらく自爆するつもりです! これです!」
バックが球体を見せた。脈動が先程より速くなっている。
「あ、それか」
「馬車を貸してください! 少しでも遠くに持っていかないと!」
「駄目じゃ。その様子では王都を出るまでに間に合わぬ。街中で爆発されては困る」
「しかしこのままでは!」
「うーむ」
アナスタシアは考え込んだ。その間にもどんどん脈動の周期が速くなっていく。周りの皆は気が気でない。
「何故そんなに落ち着いてられるんですか! もう爆発しちゃいますよ!」
「そうじゃのう、うーむ」
アナスタシアは顔を上げた。
「バック、お主は魔物の魔法は効かないんじゃったな?」
「え? ええ」
「これの爆発でも平気じゃな?」
「大丈夫です」
「よし、一か八かじゃ。そこに立て」
「は?」
「いいから、ほれはよう」
バックはアナスタシアが指差した正門横の少し開けた場所に立った。
「レナ! リナ!」
「ハッ!」
「勇者を地面ごと魔法で持ち上げよ。壁を作る奴があったじゃろ。高所で爆発させれば被害も少ないはずじゃ」
「あ! なるほど! わかりました!」
レナとリナは素早く球の前に片膝を突くと両手を突き出して声を合わせて魔法を唱えた。
「ストーンウォール!!」
するとバックの地面から魔法の石の壁が現れ、バックを思い切り突き上げた。
「うわっ!」
地鳴りを伴って現れた魔法の壁は塔のようにバックを高所へと持ち上げたが、城を越えた辺りの高さで止まってしまった。
「だ、駄目です! 高さが足りません!」
「わ、私達の魔法ではこれが限界です!」
レナとリナがうなだれた。その時、ハーシャが二人の前に出て壁に向かって杖を構えた。
「バック! 落ちないようにしっかり掴まってて!」
「あ、ああ分かった!」
ハーシャが息を吸い集中し始めると杖の先に魔法陣が現れ、魔法陣からパリッパリッと音を立てながら水色の稲妻が走り出した。アナスタシアが勝利を確信して水色の光を受けながら笑みを浮かべた。
「ストーンウォール!!」
魔法陣が弾けるとバックの壁の下から新たに現れた壁が空に向かって猛烈な速度で伸び上がり、城の十倍程の高さまで到達した。レナとリナはあんぐりと口を開けている。
「す、すごい……!」
「塔じゃな」
バックが球を天にかざした。球は閃光を発して爆発した。爆音と共に空の雲が爆風で広がり、街にいた者達や外に出て来たジイとブリッジも含めて一同が空の爆発を見守った。空中に投げ出されたバックは背中のマントを掴むとムササビのように滑空し、ほとんど落ちながら近くの川に飛び込んだ。魔法の壁が消滅してハーシャはふうと息を吐き、後ろに倒れそうになったがアナスタシアが受け止めた。城は無傷だった。
「でかしたぞハーシャ。また助けられたの」
「チャップ様の蒸しパンのおかげですね」
アナスタシアは残った最後のクッキーをハーシャの口に差し込んだ。ハーシャの口がクッキーを吸い込んで行った。
「はー美味しい」
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