第19話

「ふ、ふん! 負け犬の遠吠えだな! 俺より美味しい物を作れないからそうやって言い訳をしているだけだ!」

「確かにあなたの方が美味しい物を作れるでしょう。世界最高峰のお菓子職人かもしれません。でも私は世界一美味しい物を作りたい訳じゃない。宮廷の皆さんに毎日きちんと健康に過ごしてもらいたくて料理を作っているのです」

「つまりじゃ」

 アナスタシアがコホンと咳払いした。

「二人が目指す場所が違ったという事じゃな」

「ですが勝ったのは俺です! 約束通り俺を宮廷料理長にして頂きますよ!」

「何を言っておる」

「え?」

「ワシは最初に言ったじゃろう。ワシはチャップを信頼しておる、クビにするつもりは無いと」

「な、何ですって……!」

「良きに計らうと言ったのじゃ。覚えておらぬか?」

 チャップは微笑んだ。

「フリッツ、アナスタシア様は初めから料理長の座を賭けてなどいませんよ」

 そう言うとチャップは先程料理をしていた建物を見た。

「チャップよ、キッチンの具合はどうじゃった?」

「問題は無さそうですね。火力はもっとあった方がいいかもしれませんが」

 フリッツは訳が分からず問い掛けた。

「おい、一体どういう事だ?」

 アナスタシアは兵士を呼び、何枚か書類を受け取った。

「つまりこういう事じゃ。お主程の料理人をただ帰してしまうのは偲びない。じゃからチャップと勝負し、見事勝ったらここでお菓子屋さんを開いてもらえるか頼んでみようと」

 アナスタシアはフリッツに手に持った書類を見せた。フリッツが受け取った書類に目を落とすと、先程の建物の権利書とお菓子屋の許可証だった。

「こ、これは……」

「城内の人数より街の住人の方が数が多い。お主のお菓子で喜んでもらえる人数も多い方が良かろう?」

 チャップは微笑んでいる。

「王都のど真ん中でお菓子屋さんだなんて普通開けませんよ。宮廷料理長を倒したお菓子屋さん、インパクトも十分です」

 フリッツはチャップを見て困惑していた。

「お前、こうなる事が分かってたのか?」

「いえ、ただアナスタシア様の事です。何だかんだ言って私達が二人共納得する方法を見つけ出すだろうと思ってました」

「何だかんだとは失礼な。一所懸命考えたというのに」

 フリッツはフッと笑い、アナスタシアの下に跪いた。

「チャンスを頂きありがとうございます。この話、もちろんお受けいたします」

 チャップが拍手すると、ギャラリーも一斉に拍手した。ハーシャも立ち上がって、アナスタシアの所に来た。

「良かったですね。上手くまとまって」

「うむ。後は向こうを片付けるだけじゃな」

「向こう?」

「ハーシャよ、一緒に城まで来てくれぬか。レインから不審者の情報があった」


 宝物庫は城の西階段から降りた地下の通路を北に進み、その扉の先にある。宝物庫を守る警備の兵が二人いるが、今二人は魔法の花によって眠りに落ちた。足音を忍ばせて切れ長の目の男が扉を押し開け宝物庫に入ると、長らく開けられていない埃っぽい空間が広がっていた。

 男が辺りを見回す。棘だらけの鎧や剣、鞭などが置いてあったがそれらには目もくれず、男は紙や本が保存されている棚に歩み寄った。やがて一束の書類を見つけると笑みを浮かべ、陳列台のガラスを静かに持ち上げ取り上げた。男が部屋を出ようと入口を振り返ると、扉の前に人影が立っていた。人影は一言も喋らず、音も無く歩いて来る。人影が腰の刀を掴むと、次の瞬間男の視界から消え、刀を振り切って背後に移動したジイの姿があった。

「ぐわあああ!!」

「賊めが。生きてここを出る事は許さぬ」

 切れ長の目の男の胴体から血が迸ったが、魔力の照明によってぼんやりと照らされた男の血は紫色だった。

「むう?」

 男の体が盛り上がり、服がバリバリと裂けた。目が赤く輝き、牙や爪が伸び出すと怒りの咆哮を上げた。

「ウオオオ!」

「貴様、人に化けた魔物か!」

 今や倍程の大きさになった魔物の爪がキインと音を立て輝いた。間合いの外で振り下ろした爪をジイが横にステップしてかわすと、爪の軌道をなぞった衝撃波が後方まで飛んで行き背後の宝を破壊した。ジイが刀を構え直して突進した。ジイの斬撃を爪で受けると、魔物は蹴り上げようとしたがそれを察知したジイは素早く後ろに飛び退いた。その時破壊音を聞きつけたブリッジ将軍が宝物庫に飛び込んで来た。

「何者だ!」

 ブリッジは魔物とジイを見付けて驚いた。

「先生! これは一体!?」

「先に始めとるぞブリッジ。お前も参加せい」

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