第18話

「さて、次に参りましょう! 次はロクサーヌさんのお菓子です!」

 ロクサーヌは白いヒゲや長い眉毛に隠れて顔がよく見えない。そもそも歯はあるのだろうか、などと考える者がいる中、料理が運ばれて来た。

「む!? これは!」

 チャップが作ったお菓子は小判のような形をしたせんべい、そしてフリッツが作ったお菓子はタップリとクリームが乗ったクレープだった。

「さすがチャップ様、どうやら他の国の料理もお手の物のようですね。資料によるとあれはせんべいと呼ばれる焼菓子で、今は無き極東の国で昔から親しまれていた米を使ったお菓子だそうです!」

「チャップは王国の図書館で暇さえあれば料理の本を読んでいるからのう」

 フリッツは興味深そうにせんべいを見ている。

「ほう……やるじゃないかチャップ。見直したぜ」

 ロクサーヌは皿に乗っている二枚のせんべいのうち一枚を持ち上げ、裏返したりしている。アナスタシアは資料を覗き見た。

「しかし、せんべいの多くは堅い食べ物と書いてあるが大丈夫なんじゃろうか?」

 司会も資料を見て表情を曇らせた。

「本当ですね。その堅さはビスケットとは比較にならないとの記述があります。ロクサーヌさんに噛めるのでしょうか」

 するとロクサーヌは口に入れ、軽々と噛み砕いた。おおっとギャラリーが声を上げた。ロクサーヌはボリッボリッと口の中でくぐもった音を立て飲み込んだ。

「ホッホッホ! 長生きの秘訣はこの丈夫な歯じゃよ! 美味い! 美味いぞお!」

 チャップは頷いた。

「ど、どうやら大丈夫なようですね」

「う、うむ」

 一方でロクサーヌはクレープに口をつけると三口程食べた所で止めてしまった。

「うーん、ちょっとクリームが重いのう。すまぬがもういらぬ」

 ロクサーヌはチャップの札を上げた。フリッツは悔しがったがご年配のロクサーヌの好みを見抜けなかった自分が悪いと気持ちを切り替えた。

「まあ仕方ない。次だ。次は俺が勝つ」

 アナスタシアは司会に声をかけた。

「のう、ワシもあのお菓子達を食べてみたいのじゃが」

 司会はフッと笑った。

「ご心配なく! このイベントが終わり次第、今日の勝負で使われたお菓子が十人分程販売される予定でございます!」

「じゅ、十人分……」

 アナスタシアは周りにいる大勢のギャラリーを見渡した。

「買えそうにないのう」

 アナスタシアはしょぼんとうなだれたがそれを見たチャップは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。アナスタシア様の分は後でお好きな物をお作りします」

 アナスタシアの目がパアッと輝いた。

「よし次じゃ! 次に行くぞ!」

「そ、そうですね。次はジュン君のお菓子です!」

 ジュンの目がパアッと輝いた。

「ごめんねジュン君待たせちゃって」

「大丈夫!」

 ジュンの前にお菓子が運ばれて来た。王国一ラッキーな少年の前に甘そうなチャップのドーナツとフリッツのチョコレートケーキが並んだ。

「アナスタシア様! 僕、よだれがすごいです!」

「うむ! ちゃんと味わうのじゃぞ!」

 ジュンはまずドーナツを口に入れた。サクッとした外側を噛んだ後、フワフワとしたミルクの混ざった生地が少年を満足させたようだ。アナスタシアはニコニコしながら話しかけた。

「美味いかの?」

「うん! 美味しい!」

 チャップが微笑んだ。次にフリッツのチョコレートケーキを口に入れた。チョコとクリームによる究極の甘味が少年を喜ばせた。

「ごちそう様でした! 作ってくれてありがとう!」

 チャップとフリッツはジュンの言葉に胸がキュンとなった。

「僕はこっち!」

 ジュンはフリッツの札を上げた。ギャラリーから歓声が上がった。

「なんと! 今の所ニ対ニの互角の勝負です! 決着はハーシャ様のお菓子までもつれ込みました!!」

「これは面白い事になったのう!」

「はい! ここで休憩など取っては盛り下がってしまいます! このまま突っ走りましょう! いよいよハーシャ様のお菓子です!」

 間髪を入れず最後の料理が運ばれて来た。

「ん? これは……」

 チャップのお菓子はフワッとした蒸しパンのようだ。フリッツのイチゴのショートケーキと比べると甘さがかなり控え目だ。

「どうやら甘さ控え目の作戦のようですが……?」

 アナスタシアは首を傾げた。

「妙じゃな。ハーシャは甘い物好きじゃ。蒸しパンとケーキでは間違いなくケーキを選ぶじゃろう」

「しかし二人共しっかりと審査員達から話を聞いてから決めたメニューです。何かチャップ様には狙いがあるかもしれませんね」

「うむ」

 ハーシャは深呼吸した。

「では、まずはチャップ様のお菓子から頂きます」

 ハーシャは蒸しパンを食べた。もくもくとやわらかい蒸しパンを食べ、頷いている。

「ん〜……まあ、その、美味しいのは美味しいです」

 ハーシャは蒸しパンを食べ切った。確かに美味しかったが、しかし特別甘かったとかそういった事は無い。お菓子勝負の最終戦に果たして選ばれる物なのだろうかとハーシャは首を傾げた。しかしチャップはハーシャが蒸しパンを食べ切ったのを見て満足そうだ。

「じゃあ次はフリッツさんのを」

 ハーシャはイチゴのショートケーキを一口食べた。するとハーシャの目が輝き出し、砂漠で炭酸飲料を飲んだかのようなテンションで喜んだ。

「くあー! 美味しい! 甘い!」

 頭を振り、我慢できずにイチゴも食べる。

「くうー! 美味しい!」

 ハーシャは頬を両手で包んでなにやら幸せそうだ。

「すごい取り乱しようじゃな。大魔道士とやらの威厳ゼロじゃぞあれでは」

「ま、まあ本人が幸せそうだしいいんじゃないでしょうか」

 フリッツは勝利を確信し、ニヤニヤが止まらない。ハーシャはケーキもしっかり食べ切った。

「ごちそう様でした」

 ハーシャは今さらキリッと顔を引き締めた。

「そ、それでは判定をお願いします!」

 会場全体がごくりと喉を鳴らした。輝く太陽をバックにハーシャが札を突き上げた。

「私が選んだのはこっちです!」

 ハーシャが上げた札にはフリッツの名が記されていた。ギャラリーから歓声が上がった。

「お菓子対決! 勝者はフリッツさんです!!」

 ひと際大きな拍手が会場を包む中、フリッツはガッツポーズした後チャップを見やった。チャップには特に動揺は見られなかった。アナスタシアは二人の様子を見た後、出てきたお菓子達と審査員達に思いを馳せると突然何かに気付いて立ち上がった。アナスタシアは司会に向けて指をクイクイと動かし、マイクを借りた。

「ハーシャ、ちょっとよいか?」

 会場が静まった。ハーシャが不思議そうにアナスタシアを見ている。

「何でしょうか?」

「お主、今魔力の状態はどうなっておる?」

「え? どうって……あれ?」

「お主プラントの調整をしておったはずじゃ。魔力をだいぶ使ったと思うが」

 ハーシャは自分の両手を見た。

「そういえばだいぶ回復していますね」

「やはりそうか……さっきの蒸しパンじゃな?」

「お気付きになりましたか」

 フリッツは驚いてチャップを見た。

「何!? どういう事だ!?」

「ハーシャ様はプラントの仕事で魔力をお使いになる。その上でこのイベントに参加してくださったのだ。甘い物はフリッツが作ってくれる。ならば甘い物はあなたに任せて私はハーシャ様の魔力の回復に努めようと決断したのです。魔力回復に使う魔力のクルミは少し苦みがある。クルミを入れ、蒸しパンにする事によってその苦みを軽減しました」

「な……なに……?」

 フリッツとハーシャは驚いた。アナスタシアは続けた。

「主婦のサラのお菓子がゴマのビスケットだったのは?」

「少しふくよかになられたサラさんはこれから健康に気を遣わなければいけないでしょう。フリッツがおそらく甘い物を持って来ると思ったので、中性脂肪を増やさないようにゴマを効かせた少なめのビスケットにいたしました。少なくても歯応えで満足感を得られるはずです」

「ロクサーヌのせんべいについてはどうじゃ?」

「ご年配の方はいくら元気とはいっても、どうしても食が細くなってきます。せんべいで簡単に炭水化物を取ることによって栄養を補えると思いました。歯が丈夫なのは確認済みですし、できるだけ柔らかいせんべいを作りました。実際はこのせんべいはそんなに堅くありませんよ」

 フリッツはクレープを少し食べただけで止めた理由に今気付いた。甘みとかそういう問題ではなく、食が細くなってきたためクリームをたっぷり使った料理は重いので拒否されたのだ。

「ジョーンとジュン君は特にそういった問題は無い。だから二人は普通に甘い物だったのじゃな?」

「そうですね。ジュン君は育ち盛りなのでミルクでカルシウムを取らせたいと思ってあの味付けに」

 フリッツは心底驚いた。自分がいかに甘い物を作り満足させようかと考えていた時、チャップは審査員達の栄養や体調の事を考えて料理を作っていたのだ。

「だ、だが勝ったのは俺だ!」

「ええそうですね。本当はジョーンのケーキもあなたの札が上がると思っていました。ハーシャ様が審査しなくてもあなたの勝ちだったかもしれない。どちらにせよ蒸しパンは食べて頂くつもりでした」

「な、なんだと……」

「チャップお主……」

「ええ。私はこの一回の勝負の勝敗など興味はありません。相手の体調を考え、その上でできるだけ美味しい料理を作る。それが宮廷料理人ですから」

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