第17話

 会場にはギャラリーが集まって賑わっている。すぐ側の調理中の建物からいい匂いが漂って来て、皆フリッツとチャップの手際の良い作業に既に魅入っていた。会場にいる司会の男が先程演説で使った拡声棒のスイッチを入れた。

「会場にお集まりの皆様。お昼ご飯は済ませましたでしょうか? ただいまの時刻は午後三時。おやつの時間でございます。お待たせいたしました! 王国お菓子対決の時間でございます!」

 ギャラリーから拍手が起こった。

「本日はなんと! 我らがアナスタシア様にお料理を毎日作ってらっしゃる宮廷料理長のチャップ様が今回の対決に臨むという事で、この漂ってくるいい匂いに私、先程お昼ご飯を済ませましたがよだれが止まりません!」

 ギャラリーがクスクス笑っている。

「さてこの勝負のお相手ですが、そのチャップ様の兄弟子に当たります、知る人ぞ知る流浪の料理人、フリッツさんです!」

 ギャラリーからどよめきが起こった。

「甘い物を作るため、世界を旅して様々な料理を見て周って来たとの事で、勇者様御一行様に食事を提供した事もあるそうで。期待が高まります!」

 ギャラリーから拍手が起こり、フリッツは片手を挙げて応えた。

「なお今回の勝負は午後三時からとなっておりますが、料理の性質上お時間がかかるため、三時から審査に入れるように既に調理を開始しておられます。間もなく完成いたします。さて、それでは審査員をご紹介いたします」

 会場には五人分の審査員席が用意されており、五人が着席していた。

「左から、まずは兵士の方ですね。ジョーンさんです! ジョンではなくてジョーンさんです。屈強な体をしておりますが甘い物が大好きという事で今回当選いたしました!」

 ジョーンは両腕で力こぶを作って拍手に応えた。

「お隣は主婦のサラさんです。子供を三人育てるには体力だ!との事で、甘い物は好きだそうです」

 少しぽっちゃりしたサラが明るい笑顔で手を振った。

「次はご年配の方ですが、今年七十三歳になるとの事で! この国の最年長か!? まだまだ元気、ロクサーヌおじいさんです!」

 ツルツルの頭に白いヒゲ、白いふさふさした眉毛で目が少し隠れているロクサーヌが片手を上げた。

「次は九歳のラッキーボーイだ! 勇者バックが大好き、将来は兵士希望のジュン君です!」

 ジュンはこんなに大勢の人に注目された事が無かったので拍手に恥ずかしそうに応えた。

「さあそして最後の審査員は!」

 今まで調理に気を取られて気付かなかったギャラリーからどよめきが起こった。

「なんと! 勇者パーティーの一人、偉大なる大魔法使い、ハーシャ様だァーッ!!」

 会場から驚きの歓声が上がった。ハーシャはちょこんと座っていたが歓声の大きさに赤くなっている。

「まさかの抽選で当たってしまった伝説の魔法使い、ここに見参! 世界を魔法で救った後はクリームをスプーンですくうのか!」

 ハーシャが手を振ると熱狂的なファンが泣き始めた。

「さて、審査員ではありませんがこちらにはスペシャルゲストがいらっしゃいます。我らが女王陛下、アナスタシア様です!」

 司会の横に椅子が用意され、馬車から降りてきたアナスタシアが笑顔で手を振りながらやってきて椅子に座った。大きな拍手がアナスタシアに注がれた。

「素敵な笑顔、ありがとうございます! さて、審査員の方々に合わせて作られたお菓子が用意されているとの事で、これからお一人ずつ順番に出されたお菓子を試食して頂き、どちらが良かったのか、順番に札を上げて頂きます。札が多い方が勝者です」

 司会の男に料理人が近付いてきて何かを伝え、司会は頷いた。

「さあ最初の料理が完成いたしました! 早速参りましょう! まずは兵士、ジョーンさんの為のお菓子です!」

 黒ベストに白い襟付きのシャツを来た女性スタッフの二人が、それぞれ料理の皿を載せたトレイを両手で持って運んできた。

「最初の料理は……ああなんと! 二人共ショートケーキです! イチゴのショートケーキ!! 王道にして究極の料理が最初から激突する展開になりました!」

 スタッフがそれぞれケーキを置くとジョーンの前にイチゴのショートケーキが二つ並んでいる。

「ご覧ください、料理界のスーパースターが作ったショートケーキが今ここに並んでいるこの奇跡を!」

 一同はケーキを見て静かになった。両方とも素晴らしい出来だ。やがてジョーンがフォークを持った。

「では、いただきます」

 ジョーンはチャップのショートケーキを一口食べた。もぐもぐと食べ、嬉しそうにもう一口食べた。

「なるほど……」

 しきりに頷いてから今度はフリッツの方を食べた。

「なるほど……」

「いや同じリアクションではないか」

 思わずアナスタシアが呟いた。

「あ、す、すみません。両方すごく美味しくて……」

 両方のケーキを半分ずつ食べて納得したようだ。

「決めました」

 一同はごくりと喉を鳴らした。

「僕が選んだのは……こっちです!」

 ジョーンはチャップの札を上げた。歓声と共にチャップが小さく頷いた。

「さあまずはチャップ様が一点リードです!」

 興奮冷めやらぬ中、司会の合図で次の料理が運ばれて来た。

「続きまして主婦のサラさんへのお菓子は……む、これは!」

 チャップはゴマが散りばめられた細長いスティック状のビスケット、フリッツはチョコが表面に塗られたエクレアだ。

「分かれましたねアナスタシア様!」

「うむ……塩味か甘味か、と言った所かのう」

「なんでしれっとアナスタシア様が会話に入ってるんだろ」

 ハーシャは一人静かにツッコんだ。

「ビスケットはこんがりしていておいしそうですね、エクレアもとても甘そうです」

 サラがビスケットを食べるとポリポリといい音がした。

「うーん、ゴマのいい香り。でも甘みが欲しかったのになぁ」

 続いてエクレアを食べた。すると中に生クリームがたっぷり入っているのが見えた。

「あー! 甘くておいしい! これ最高!」

 サラはエクレアをペロリと平らげ、フリッツの札を上げた。再び歓声が上がった。

「これで一対一! まだまだ勝負は分かりません!」


 その頃、城内は一般公開され、城内を見学しに来た見物客達でごった返していた。城門前の橋で警備の兵が一応チェックはしているが、祭りの雰囲気も相まってその監視はおざなりになっていた。広場の盛り上がりがこちらの方まで多少聞こえてくる。警備のジャンが槍を杖にして立ち、相方のカーンに愚痴をこぼしていた。

「盛り上がってるな広場の方は。あーあ、俺も見に行きたかったなあ料理対決。いいなあジョーンは」

「お前さっきからそればっかだな。まあ分かるけどよ」

 その時四人グループの隊長が真面目な顔をして歩いて来た。

「あ、隊長。どうかしたんですか?」

「ジョーンはどこだ?」

「あいつなら広場で審査員やってるみたいですよ。料理対決の」

 一般客と一緒に切れ長の目をした男が兵士達を見ながら城に入って行った。

「警戒レベルを上げるそうだ。将軍から連絡があった。不審な男が目撃されたそうだ。一般客はいったん入城を制限する。配置に付け」

「分かりました」

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