第16話

 アナスタシアが料理対決の会場をチェックするため広場に戻って来た。中心の噴水から少し離れた所に会場が設置されていて、準備をする者達で賑わっていた。ちょうど演説をした側とは反対側に位置している。アナスタシアは道具を提供してくれた貴族と設置を指揮していた料理人に話しかけた。

「カロ殿! 今日は諸々用意してくれて感謝しておる!」

「アナスタシア様! いえいえ今日は楽しませてもらいますよ」

「そちらも問題無さそうかの?」

「はい。今チャップとフリッツが料理を準備している建物はあちらになります。ぜひ会って行ってあげてください」

 アナスタシアは促された建物を見た。長方形の間取りの少し大きめな建物で、以前も店舗だったのだろう。入口もそれなりに大きく、両開きの扉は道具の搬入もスムーズに行ったようだ。アナスタシアが歩いて行き、建物に入るとチャップとフリッツがそれぞれに用意された調理台でアシスタントと一緒に料理を作っていた。いい匂いが部屋を満たしている。アナスタシアが近付くと二人は顔を上げた。アシスタントに作業を指示してからチャップが声をかけてきた。

「アナスタシア様。お疲れ様です。何か甘い物でも食べますか?」

「それはいい考えじゃの。そういえばさっきフリッツからもらったクッキーが……あ」

 アナスタシアはジイが二枚ともまだ持っているのを思い出した。

「すまんフリッツ、さっきのクッキーはまだジイが持っておったわ」

 フリッツは頷いた。

「お気になさらず。チャップ、お前何かあるか?」

「ええ、今日ここにいらっしゃると思って先に作っておきましたから。そこにあるカゴをお持ちくださいませ」

 アナスタシアの近くのテーブルを見ると小さなカゴの中にクッキーがリボンで包装され、数枚ちょこんと置いてあった。

「さすが気が利くの。じゃもらっていくかの」

 フリッツはフンと鼻を鳴らした。

「まったく。いつもお前はそうやって他人の事ばかり考えてやがる。そんなんで俺に勝てると思うのか? 少しは自分の心配をしろ」

「ま、それはそれでチャップのいい所じゃの」

「あなたのように結果を出すために百%集中できたら私もとっくに世界一の料理人なんですがね」

「半人前め」

「ま、二人共頑張るとよい。ではの」

 アナスタシアは外に出て噴水の前に立ち、準備が滞りなく進んでいる広場を見て満足そうに伸びをした。その時ふと人混みの中、通りを歩く切れ長の目の男が目に入った。城の方向へ歩いて行くようだ。他の者は店の売り物に気を取られ立ち止まったりあっちこっちに歩いたりしているが、男は少し下向きのまま目線を横に走らせながら迷い無く歩いている。アナスタシアはその男が少し気になった。

「ん〜……」

 続いてその後ろを歩いているバックとレインが目に入った。様々な方向に人が歩く中、二人は先程の男の歩く道をトレースするように同じ方向へ歩いている。バックとレインに気付いて振り返る人がちらほら見える。

「あやつらは目立つのう」

 アナスタシアはタブレットを取り出し、レインに魔話をかけた。

「どうした?」

「アナスタシア様。いえ、大した事ではないのですが先程変装したトアニア国の大臣が酒場に現れたんです。その後大臣は見失いましたが大臣の会話の相手の男を今追跡している所です」

「切れ長の目をしたフード付きのマントを羽織ったレザーアーマーの男か?」

「そうです」

「わかった。兵士に連絡しておくからお主らは離脱せい。その格好、割と目立っておるぞ」

「わかりました」

 レインはタブレットをしまうとバックと共に人混みに消えた。アナスタシアは続いて将軍ブリッジに魔話をかけた。

「どうされました?」

「城に向かって歩いている不審な男がおる。レインからの報告じゃ。切れ長の目をしたレザーアーマーの男じゃ。目を離すな」

「分かりました。手配します」

 ブリッジは近くにいる兵士に向かって指示を出し、通話に戻った。

「そういえば警備の者からトアニア国の大臣の姿が見えないとの報告がありました。現在城内を捜索中ですが何かご存知ありませんか?」

「先程変装して酒場におったらしい。今言った男と会っていたそうじゃ」

「……! 分かりました。警戒を引き上げます」

「頼む」

 タブレットをしまうと近くの兵士に声をかけた。

「何かあるかもしれぬ。お主らも気を緩めるなよ」

「はっ」

「ほれ、今のうちに栄養補給じゃ」

 アナスタシアは警備の兵士にクッキーを分け与え、自分もクッキーを開けて食べ始めた。アナスタシアは少し考えてからブリッジにもう一度魔話をかけた。

「どうしました?」

「一応魔法使いにも声をかけておくのじゃ。レナとリナを城に呼んでおけ」

「そのように」

 アナスタシアはタブレットをしまって時計を見た。会場に先程クジで当たった審査員の都民達が続々と現れた。

「そろそろ時間じゃの」

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