第14話

 バックとレインは近くの酒場に入った。王都の中心付近にある酒場は昼間でも多くの人で賑わっているが祭りのせいか今日は特に混んでいる。カウンターにいた店長は二人に気付くと手を振った。

「おっ誰かと思えば勇者様とその相棒じゃねえか! 何だもう酒飲むのか!」

 勇者という言葉に反応して酒場の客が皆二人に気付いた。有名人だがよく出入りするので歓声もそこそこだ。

「おおおお! すげえ! 勇者バックだ!」

「ようバック! もう式典の方はいいのか?」

 隅の席に座っていた二人組のうち一人がレインに手を振っている。

「ようレイン! お前今日は男と飲むのか? こっち座れよ一緒に飲もうぜ」

「悪い、実は少し二人で話があるんだよ。こいつ知ってるだろ? 席譲ってくれないか?」

「ああいいぜ。勇者様、今度カードで勝負しようぜ」

「勇者から巻き上げる気かよお前! ありがとよ」

 二人は譲ってもらった隅の席に座って酒とつまみを注文した。

「それでレイン。話っていうのは?」

「ああ、実は王都を出ようと思ってるんだ」

「え?」

「俺は孤児だ。親はいない。前話したよな?」

「ああ、聞いた。それが?」

「俺は生きる為に盗賊をやってた。自分に余裕が出来ると今度は貧しい皆に金を与えたくて貴族の金を狙い続けた。いつの間にか有名人になっちまったけどな。でもこのまま世間に迷惑だけ掛けっ放しで終わりたくなかった。だから魔王討伐に手を貸したんだ。お前と違って初めから魔王を倒すために頑張って来た訳じゃない」

「まあ、そうだな」

「金は旅で稼いだから王都の貴族に全部返して来たんだ。謝罪してな。今更だけど、でもまあ許してもらったよ」

「言ってくれれば俺も一緒に行ったのに」

「自分の話だからさ。お前を連れて行く訳にはいかねえだろ」

「良かったな。それで何で王都を出るんだ? 用事か?」

「この国にはアナスタシア様がいるだろ。アナスタシア様に相談して、孤児院と学校を作る計画を立ててもらったんだよ。本当にすごいお方だ。この国はアナスタシア様に任せておけば大丈夫だって思ったんだ」

「うん」

 店長が酒と料理を黙って置いて行った。二人は礼を言った。

「だけどよ、他の国はそうじゃねえ。この国ほど資金も無いし、まだまだ貧困と犯罪が絶えないんだ。他の国の貧富の差はこんなもんじゃない、王族と貴族がありとあらゆる手で平民達から金を吸い上げてる。今すぐにでも金や食い物を渡さなきゃ死んじまうガキ共がたくさんいるんだ」

「お前まさか……」

「許してくれとは言わない。アナスタシア様にも申し訳無いとは思ってる。でも今やるしかないんだ」

「お前、また盗賊稼業に戻るつもりなのか?」

「お前にはいつも光が当たってる。お前は明るい所から他の国の歪みを正して欲しい。お前の光でできた影の中に俺が潜る」

「そ……」

「狙うのは悪事を働いてる貴族だけだ。貴族達はどんな汚い手を使ってでも必ず俺を潰しに来るだろう。だから俺も対抗して賛同してくれる盗賊達を集めて組織を作った……盗賊ギルドだ」

「そんな事アナスタシア様が許すと思うのか?」

「既に話してある。この国には永久に入らないと約束した。組織の仲間もだ。俺が話したかったのはこの事なんだ」

「俺は何をしたらいいんだ?」

「悪事の証拠を掴んだら奴らを倒してくれ。兵隊丸ごと抱えてる奴らだっているかもしれない。もし奴らが襲って来たら退けるのに手を貸してほしい。そういう奴らには俺達盗賊じゃ敵う訳ないからな。でもアナスタシア様が出張って来たら戦争になっちまう。だからお前に頼むんだ」

 バックは酒を一口飲んでしばし考えた。

「正義のためか?」

「ああ」

「私利私欲のためじゃないんだな?」

「ああ」

 バックとレインは真っ直ぐ見つめ合った。

「魔王を倒しても、世界はまだ平和じゃないんだな」

「まだ始まったばかりだぜ」

 バックは笑った。

「分かった。俺も戦うよ」

 バックはジョッキを持ち上げた。

「俺もお前と一緒に行く。相棒だからな。俺は旅がてらお前の近くにいればいいんだろ? 必要な時は声をかけてくれ」

「ありがとうバック」

 レインもジョッキを持ち上げた。

「世界平和に」

「世界一のコソ泥に」

 二人のジョッキがカチンと音を鳴らした。

「出発は一週間後だ。それまでに準備しといてくれ」

「わかった」

 レインは安心したような笑顔を見せたがその時何かに気付いた。

「どうした?」

 カウンター席にいた切れ長の目をした男を見てレインは眉をひそめた。後から入って来たフードをかぶった男がフードを外し、切れ長の目をした男と何か話している。

「あいつ……妙だ。ずっと一人で酒も飲まないし、それに後から入って来た男、どこかで……」

 会話もそこそこにやがて男が立ち上がると二人で出て行った。

「たまたま待ち合わせしてただけじゃないのか?」

「待ち合わせ? いや……あれは今から一仕事って感じだった。雰囲気で分かる」

 レインは口元に手を当てて考えた。やがて思い出してハッとした。

「そうだ! 今入って来た奴、あいつパレードの時にいた大臣だよ! 恰好が違うから一瞬分からなかったけど間違いない」

「お前が言ってた男か?」

「ああ。追いかけよう。他国の大臣が変装して単独行動なんて変だ。何か企んでるかもしれねえ」

 二人は店長に代金を渡して酒場を出た。酒場を出ると祭りを楽しむ人で賑わっている。二人は素早く見回すとレインが切れ長の目をした男の後ろ姿を見つけた。

「いたぞ。城の方に向かってる」

「行こう」

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