第12話

 盗賊のレインは派手な金の装飾が付いた黒のスーツを着て、城の中庭近くの柱に背を預けて立っていた。髪もオールバックにし、もともと端正な顔立ちのレインは、街をうろつく盗賊だった過去がとても想像できない男だった。

「おっ来た来た」

 金の髪飾りを着け、白いローブの上にキラキラと光が反射して輝く羽衣を着けたミンテアと、宝石がちりばめられた杖を持ったハーシャの姿を認めると、レインは気さくに手を振って近付いてきた。

「よう! 元気だったか?」

「ええ。一瞬誰かと思っちゃった。バックは?」

 レインが親指を自分の後ろに向けると二人は視線を向けた。勇者バックが城の中庭で貴族の子供達相手に木剣を持って何やら教えている。

「馬車に乗ろうと思って部屋を出た途端にあっという間に子供に囲まれちまってな、今レッスン中だ。相変わらずすげー人気だよ」

「いつの世も悪を倒すヒーローは人気者よね。ハーシャも夢中だったものね?」

「なな!? 知ってたの?」

「バレバレだろ。最も今は違うようだけど? 大人になったのかなお嬢さん?」

「いや……今は違う物にハマってる顔ね」

「な、何! 二人ともわかったような顔して! 子供じゃないんだからね!」

「悪い悪い。さっ行こうぜ、馬車に乗る時間だ。バック! 行こうぜ!」

 バックは子供達と別れ三人に近付いて来た。

「やあすまない! 逆に待たせてしまったな」

「馬車に行くわよ」

 四人が城を出て、城門前広場にある馬車に近付いた。馬が四頭で引く大きな馬車だ。黒いボディに金の装飾が入った大きな馬車で屋根はない。パレード用に顔が見えるように、そして立つ時の足場が広くなるように設計されている。

「へえ。立派なもんだ」

「パレードの後は都民が使う馬車になるんだって。アナスタシア様が言ってた」

「さすがアナスタシア様だ! その後の事もきちんと考えておられる」

「あーだめ! 緊張してきた! ハーシャ手握って」

「大丈夫だって、ほら乗って」

 四人が乗り込むと近くに控えていた兵士達が敬礼した。

「行ってらっしゃいませ!」

 馬車が動き出し、東門から出ると王都の街道に出た途端、埋め尽くされた観衆から大歓声が沸き起こった。

「うわっ! すごいな!」

 沿道、建物の窓、家の屋根、王都を囲む城壁の上。あらゆる場所に人がいる。四人は馬車で進みながら観衆に手を振った。屋根から紙吹雪が撒かれ、華やかな音楽と共に馬車は進んで行く。

「キャー! レイン様ぁ!!」

「ハーシャ様万歳!! ハーシャ様万歳!!」

「なんか二人に人気が集中してる気がするんだけど?」

「まあいいじゃないか! 俺達だって人気があるようだぞほら!」

 バックが指差した方向を見ると、筋肉ムキムキの男達が泣きながらバックの名を叫んでいたり、シスター達がミンテアの顔が描かれた紙を胸に抱いて熱心に祈りながらミンテアに熱い視線を注いでいる。

「う、うんそうね。人気はあるみたい」

 長い間魔物に苦しめられて来た人類が、勝利を真に実感した今この瞬間に自然と喜びの声がこみ上げているようだ。誰もが笑顔で勇者達の行進を歓迎した。レインは手を振りながらバックに話しかけた。

「バック」

「どうした?」

「俺、ようやく魔王を倒したって実感がわいたよ」

「ははっ! 俺もだよ!」

「後で話がある。式典が終わったら時間をくれ」

「? ああ、分かった」

 馬車は城を出て南東に半分程進んだ所で方向を変え、中央を横断するように西に進み、その後北西にある城へと一周して戻ってきた。城に戻って来た四人の顔が笑顔で固まっていた。

「笑顔でい続けるのも結構大変ね」

「あ、ああ。顔の筋肉が疲れた」

 四人が馬車に座って休憩していると、ガシャッガシャッという兵士達の鎧の音と共にアナスタシアが城門前の広間に現れた。

「どうじゃ! 行進もなかなか大変じゃろう?」

「アナスタシア様!」

 アナスタシアはいつものドレスだ。

「次はワシを先頭にして中央通りを南下する。あと少ししたら出発じゃ。トイレに行きたかったら行くがよい」

「アナスタシア様はいつもの恰好なんですか? あ、いえ別に変な意味ではないんですけど!」

 謎の気を遣ったミンテアをアナスタシアは笑い飛ばした。

「気にするでない! ワシの戦闘服はこれと決まっておる!」

「式典用の服など不要と聞かなかったもので」

 ジイが後ろから現れてため息をついた。

「別にいいじゃろ! この服だってもともと豪華なのじゃ。これ以上ワシを飾り立てる為に血税を使うわけにはいかぬ! 三着あれば十分じゃ!」

「魔王を倒した祝勝パレードなど二度と無いというのにまったく陛下は」

「一回しか無いから着ぬのじゃ!」

 四人は感心したというか呆れたというか何とも言えない気持ちを抱いた。

「は~、さすがアナスタシア様です」

「ケチもここまで来ると尊敬します」

「カッカッカ! 見ろ! ハーシャもこう言っておる!」

「呆れてるんですよまったく」

 ジイは頭を手で押さえてため息をついた。

「ドゴー! 馬車はどこじゃ!」

 ドゴーが城門前で白い布を被せられた馬車の前に立っていた。馬は馬車の前にいるのでこちらからはよく見えない。

「こちらですアナスタシア様!」

「おっなんじゃ布など被せて勿体ぶりおって~」

「いやあ実は手違いがありましてな!」

「え?」

 全員が一斉にキョトンとした。

「ボディは白だと伝えたのですがいまいち上手く伝わらなかったようで! すみませぬなハッハッハ! こちらですバーン!!」

 ドゴーが馬車に被せていた布を勢いよく剝ぎ取った。

「おお!」

「こっこれは! ドゴー殿! お、お主!!」

「ささっ! 時間がありません早く早く!」

「よーし! 行くぞ皆の衆! お主らもさっきの馬車に乗るのじゃ!」

「はっ!」

 ドゴーはアナスタシアにウインクした。

「では行ってらっしゃいませ!」

「うむ!」

 見事な桜色のボディ、ショッキングピンクのラインで縁取りされた馬車が白馬に引かれて城を出て行った。呆然と立ちすくむジイと、腕を組んで満面の笑みのドゴーが二台の馬車を見送った。

「馬のボディが白!」

「や、やられた……」

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