第4話

 その日のアナスタシアは眠気をこらえながら公務に励んでいた。ぽかぽかと暖かい陽気に兵士達も警戒が緩みがちだが、ジイの鋭い視線に気付くと慌てて姿勢を正すのであった。

「少し休憩いたしますか?」

「ん、いやもう一人確か予定が入っておったろう、待たせては申し訳がない。ジャックよ! 次の者を連れてまいれ!」

「ハッ!」

 ジャックと呼ばれた兵士はただちに出て行った。

「次は戦略大臣じゃったな?」

「ええ。何か見せたい物があるとかで」

 戦略大臣のパトリックが白い布を手に持ちながら入ってきた。

「ご機嫌麗しゅうアナスタシア様」

「お互いにの。して今日は何か見せたいとか?」

「はっこちらでございます」

 そう言うとパトリックは布を開き、片手に収まるサイズの長方形の機械をアナスタシアに見せた。

「見たことない機械じゃが発明品かの?」

「さようでございます。我が国では魔法使いが魔力を込めた魔力プラントから魔力を頂いて動かす機械がいくつかございます。照明クリスタルなどがその一例でございますが」

「ふむ」

「そしてこちらは『タブレット』という機械でございます」

 パトリックは電源を付けたタブレットをアナスタシアに持たせた。

「ふむ、軽いな。これはどう使うものじゃ?」

「これは一つでは意味は無いのですが、お互いにタブレットを持っていると、離れた場所でも会話ができたり、手紙を瞬時に送ることができるのでございます」

 謁見の間がざわついた。

「なっなんじゃと? そんなことが可能なのか?」

「はい。映像を魔力で送り付けてきてその場で会話をすることができる魔物がございますね? エオクリという大きな鏡のような姿をした魔物でございます。あれの機械版と思っていただければ」

「ああ~」

 アナスタシアは以前謁見の間に突然映像が送られてきた事を思い出した。エオクリは魔力の強さで映像を送れる距離が変わる。魔王の高い魔力でエオクリは謁見の間まで映像を送ってきたのだ。

「確か魔王が魔力自慢にここまで送ってきた時のあれじゃな?」

「さようでございます」

「シャワールームに送ってこられたらどうしようかと思っていた」

 ジイは一礼をした。

「そんなことが無いようあの虫ケラ共を根絶やしにする部隊をすでに派遣しております。おそらく魔王の近くにいる者が最後の一匹になるかと」

「そいつを倒さねば意味が無い気がするがの。まあよい」

 パトリックは二人の気の置けない会話に微笑んだ。

「まあ場所がばれていないのでおそらく心配は無いかと。しかし今のところタブレットでは映像を送る機能を付けるつもりはございません」

「映像は送れないのか?」

「魔力で動く機械でございますから映像を送るとなると相応の魔力が必要になり、魔法使い達の負担となるかと。用件なら通話と文章だけで十分でございます」

「ふむ」

「実は財務大臣にもこちらのタブレットは説明済みでございまして、今日こちらに呼んでございます」

「よかろう、入れ」

 財務大臣のドゴーが元気いっぱいに入ってきた。

「アナスタシア様ァ! ご機嫌麗しゅうハッハッハ!」

「元気そうじゃの。……お主まさかふんどしは穿いておらんじゃろうな?」

「は?」

「いやなんでもない。それで何か用かの?」

「ハッハッハ! もちろんタブレットの事ですよ! どうでしょうこちらのタブレット、勇者様と我が国の全商人に配布してしまうというのは!? そして彼らの交流を円滑にし、武器防具の質を高めて攻略の助けとすれば魔王討伐など朝飯前ですよハッハッハ!」

「それはよい考えじゃの! どうだできそうかパトリックよ」

「ぜ、全商人となりますとさすがに数年はかかるかと……それに」

「それに?」

「プラントの魔力だけではおそらく足りなくなるでしょう。商人に魔法使いの知人がいれば魔力を込めてもらえば使えますが」

「うーむ……」

「それに人数分の製造にいくらかかるか分かりませんな! 国が傾くかもしれませんハッハッハ!」

「自分で言っておいて金が足りんとか財務大臣が言うセリフかそれがまったく。ふむ……」

 アナスタシアは頬杖を突いてしばし考えた。ジイが話しかけた。

「どうしましたアナスタシア様?」

「エオクリで魔物共が情報を共有していたとなると、確かに人類が遅れを取っていたのも頷ける。こちらには通信手段が手紙と固定魔話以外無いのじゃからな。しかし我が国の商人が情報を共有しても今更遅いじゃろう」

「は?」

「バック達はもはや新大陸で戦っておる。あやつらは現在新大陸の魔物が落とした装備で戦っているのが現状じゃ。この国の武器防具で一番いい物を用意してもバック達には意味がない。もうすぐ魔王と激突する今、我が国の武器の質を高めるプランは一手遅かろう」

「確かに。今は勇者様のサポートが最も大事な時期でございます」

「今タブレットは何台ある?」

「十台程ならすぐに用意できます」

「よし」

 アナスタシアは立ち上がるとバッと右腕を突き出した。

「ではパトリックよ! タブレットをここに七台持って来るのじゃ! ワシとジイとメイド長が持ち、勇者達が来た時にタブレットを渡す!」

「ハッ!」

「お主は素晴らしい仕事をした! 褒美を取らせる! メイと連絡を取れ。そ、それからお主の息子にもタブレットを持たせワシとの連絡先を交換する!」

「ハッ! ありがたき幸せ!」

「確か息子の名はクーゲルと言ったな? 戦略大臣としての教育もせねばならぬ。こ、今度ワシとの昼食会に連れて来るのじゃ」

「ハハー!」

「良かったなパトリック殿! ハッハッハ!」

 ドゴーも豪快に笑った。

「あ、忘れてた。その~……お主も何か褒美いるか?」

「いえ別に! パトリック殿の努力が報われた瞬間に立ち会えただけで十分ですよハッハッハ!」

「フフ、お主はそういう奴じゃったの」

「ようし帰るぞパトリック殿! 今夜は飲むぞハッハッハ!」

 ドゴーは豪快にパトリックを担いで出て行った。パトリックは「息子の名前を憶えてらっしゃるとはさすがアナスタシア様……!」などとドゴーに担がれながら感動していた。

「さて昼食にするかの」

「はい」

 二人は玉座の後ろから謁見の間をすたすたと退出し、廊下をすたすたと歩いて行き、女王の食堂に入りアナスタシアが席に着くと、メイドがアナスタシアに昼食を置いて一礼して後ろに下がった。ジイは窓際に立ち、街を眺めながらアナスタシアに質問した。

「クーゲル様と連絡先を交換した理由は何故ですか?」

「ん」

 肉をもぐもぐしているアナスタシアを見ずにジイは柔らかな笑顔で話を締めくくった。

「クーゲル様の演奏会は人気がありますからな」

 アナスタシアは顔を赤らめながら食事を続けた。

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