第3話

 それから数日後。今朝も同じルーティーンで女王は玉座まで進んできた。兵士から報告が入っていて、勇者が夢見の塔を攻略し、海王リヴァイアサンとの対決の前に一度城に帰還してくることになっていた。アナスタシアは玉座にきちんと座ると公務をこなし、勇者達が帰ってくるのを待った。

「女王様、勇者様のご帰還です!」

「おおう! 通せ通せ!」

 勇者が若干おずおずと入ってきた。ミンテアとハーシャも少し緊張しているように見える。アナスタシアは勇者に抱き付き再開の喜びを分かち合った所で報告を聞き始めた。

「首尾はどうじゃった?」

「はい! 夢見の塔も攻略し、最上階に住む心眼の蛇竜を倒してまいりました!」

 周りにいた兵士達はざわついた。

「す、すごい……!」

「あの塔に巣食う竜を倒しただなんて!」

 アナスタシアは座りながら前かがみになり、太ももに両肘を突いて頭を乗せるとバックを愛おしそうにじっくりと眺めた。

「さすがワシが見込んだ男じゃのバック。お主はワシの……いや! 我が国の誇りじゃ!」

 バックは褒められた飼い犬のように目をキラキラさせている。

「あっありがとうございます!」

「うんうん。よくやったぞ。心眼の蛇竜に葬られた冒険者達のなんと多いことか。ワシは心配しておったのじゃぞ」

「あ、ありがたきお言葉……!」

「奴はさぞやゴールドを貯めこんでおったのじゃろうな?」

 勇者の表情は少し固くなっている。

「えっええ、それなんですが……」

「ん? どうした?」

 僧侶のミンテアが緊張した面持ちで話し始めた。

「ア、アナスタシア様。実は私達はバックを社長として会社を興したのです」

 アナスタシアは『ア』がだいぶ裏返っていたミンテアを不思議そうに眺めた。

「ん?」

「魔王を筆頭に魔物達を討伐するという事業内容で会社を作りました。そしてこの仕事において強力な装備は必需品。装備品は経費として計上いたしました」

「ほ~」

 ジイが口を開いた。

「説明いたしましょうかアナスタシア様?」

「いや大丈夫じゃ。バックは雇われの兵士、つまり従業員じゃった。その場合所得税をまず払い、残ったゴールドで好きな物を買ったり生活する。そうじゃな?」

「ええ」

「しかしバックは今回会社を作って社長となった。セレスタミア王国で経営者が所得税を払う場合、まず仕事に必要な物を買い、それを経費として計上する。収入からその経費を引いて、残ったゴールドから所得税を取る、そういうことじゃな?」

「その通りでございます」

 ハーシャがハラハラしている横でミンテアは説明を続けた。

「さすがアナスタシア様。今回の冒険では三百万ゴールドを稼ぎました。しかし、心眼の蛇竜を倒すためやむなく資金を使い装備品を集めたのです。その結果、所持金はたったの三千ゴールドとなってしまいました」

「ふーむ、なるほどのう」

 しばし間があった。

「ジイよ、心眼の蛇竜は確かどんな攻撃をしてくるんじゃったかの?」

「その瞳の魔力で幻惑の魔法を使い、冒険者達を苦しめると聞いております」

「そうなるとやはり強力な装備品が必要じゃろうな?」

「そうなりますな」

「メイ! おるか!?」

「ハッここに!」

 商人のメイがハーシャの後ろからすっと出てきた。いつの間にかハーシャが持っていたはずの勇者達の装備品が入っている袋を担いでいる。

「あれ!?」

「さっそく装備品をチェックし、経費で落とせそうか見てみるのじゃ!」

「ハッお任せください!」

 レインはメイの早業に驚いている。メイは袋から装備品を素早く床に展開してチェックした。

「こっこれは!」

「どうじゃ?」

「ほとんど呪われてますね!」

「なに?」

「うっまずい」

 ミンテアがボソリと呟いた。ジイがアナスタシアに耳打ちした。

「呪われている装備は確かに攻撃力や防御力が高い物が多いですが、装備すると体調が悪くなったり頭が混乱するなど非常にデメリットが多く、実戦で使いこなすのは難しいのです」

「ほ~そうなのか」

「おそらく売値が高くなる物を片っ端から闇商人から購入し税金を……」

 アナスタシアは唇に指を当てジイを制し、バックに向き直った。

「バックよ、確かに強力な装備品が多いようじゃの」

「え? ええ……」

 アナスタシアは床に並べられた物の中の赤い布を指差した。

「例えばそれは何じゃ?」

「えーとこれは、『魔人のふんどし』です」

 メイが補足した。

「とても防御力が高く、軽装であるがゆえに脆いと言われる盗賊でも装備できるふんどしです!」

 レインは嫌な予感がした。

「ちょ、ちょっと待てメイちゃん、その説明はまずい」

「着てみよ」

「う」

「どうした? 実戦で使うから購入したのじゃろう? 着て使えなければ困るではないか。着てみよ」

 観念してレインは柱の横で魔人のふんどしを装着した。すると突然レインは中央に飛び出してきて上着を全て脱ぎ捨て、腰に手を当てて叫んだ。

「うわははは! 私だ! 私が大魔人だ! 防御こそ最大の攻撃である!! 戦闘とは武器の突き合いである! だからこそ裸の付き合いが大事なのだ! うわははは!」

 叫びながらレインはガニ股で跳ねてアナスタシアに近付いて来る。すぐさまレインは兵士に取り押さえられ、謁見の間からつまみ出された。

「防具なのに着けたらやたら攻めてきたの」

「商人界隈では武器か防具か判断が難しい所であります!」

 ジイは笑いをこらえている。

「どうやら頭が混乱するふんどしのようですな」

「あれでは戦闘にならんではないか。経費では落ちんな。それは何じゃ?」

「えっと、『闇の女王のムチ』です」

 メイが補足した。

「回復を担当することが多い僧侶でも攻撃に参加することができるようにと作られたムチです!」

「あっ、メイちゃんちょっと待っ……」

「持ってみよ」

「う」

「僧侶が攻撃に参加できればパーティーの火力が上がる。ここは大事な所じゃ、ぜひ確かめねば」

 ミンテアが闇の女王のムチを持つと、ミンテアは舌なめずりしてバックの尻をピシャリとムチで叩いた。

「はぐあ!」

「オーホホホ! いい声で鳴くじゃないバック!! ホラ! もっと鳴きな!!」

 ピシャリともう一度バックを叩いた所で女兵士に羽交い絞めにされミンテアは退場した。部屋の外でレインのはぐあ!という悲鳴が聞こえた。

「王道を行ってていい武器じゃな……『夜の女王のムチ』の間違いじゃろあれは」

「火力を上げて味方を攻撃していては話になりませんな」

 アナスタシアは血塗られた角だらけの厳めしい鎧を指差した。

「それは何じゃ?」

 メイがハキハキと答えた。

「それは『破壊と混沌の導き手の鎧』です! 攻撃力が三十七倍になりますが動く物を見境無く攻撃し、全て破壊しつくすか装備した者が死ぬまで戦い続ける防具です! 勇者か遊び人だけが装備できます!」

「そんなもんで遊ぶなたわけめ! 着るなそんなもん! バックが着たら国が滅ぶじゃろうが! さっさと処分せい!」

「ええ~マニアには大人気の鎧なのに……欲しい……」

 メイは心底残念そうだが処分のタグを付けた。

「どうせミンテアの入れ知恵じゃろうがもう少しまともな物を買えバックよ」

「すみませんでした」

「最後に残っておるその服はなんじゃ?」

 メイがハキハキと答えた。

「それは『夜の女王のローブ』です!」

「本当にあったのか夜の女王シリーズ。……ローブ?」

「はい!」

 黒いスケスケのメッシュのローブをメイが持ち上げた。全員の視線がハーシャに注がれている。

「あの……」

「よい」

「え」

「着なくてもよい。それは必要な物じゃ」

「アナスタシア様?」

「ここでハーシャの肌をさらすなどワシが許さぬ」

「アナスタシア様……!」

 アナスタシアは立ち上がり右腕をバッと突き出した。

「よし! メイよ! 『夜の女王のローブ』のみ経費として計上し、他は売却しその後の所持金から所得税を即日徴収せよ!」

「ハッ!」

「次はいよいよ海王リヴァイアサンとの決戦じゃ! 魔王の城への足掛かりとなる大切な一戦じゃ! 抜かるなよバック!」

「はっはい!」

 勇者達とメイは出て行った。ジイはふと気になりアナスタシアに質問した。

「アナスタシア様、今日はなぜ即日徴収なのでしょうか?」

「勇者はいつ死ぬかわからんからな」

「大変な職業でございますね勇者というのは。『夜の女王のローブ』はなぜ処分せず経費に?」

「うむ」

 アナスタシアは立ち上がると窓際へ歩いて行き、街を眺めながら呟いた。

「あれを着ればワシやミンテアと対等に闘えるかと思っての」

 その時教会の鐘が鳴った。呪いを解く神父の必死な声が美しい鐘の音とハーモニーを奏でていた。

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