4人目 手島遼太郎

俺には好きな人がいる。


同じ高校で、俺と同じくバスケ部に所属している、流本桃香るもとももかだ。


俺は選手として、彼女は部のマネージャーとして、日々の活動に励んでいる。

彼女は1学年上の先輩。

俺がまだ部に入りたての新米だったころから、彼女の働きぶりと、部内でいかに尊敬されているかは思い知ってきた。

おまけに彼女はたぐいまれな美貌の持ち主で、告白された回数は、彼女の高校入学以降すでに10回を超えているらしい。

しかし、これまで彼女に自らの思いを打ち明けてきた男子はことごとく玉砕してきた。

まさに、高嶺の花なのだ。


まぁ俺も、桃香に惚れてしまった男の一人なのだが。


彼女に惚れてしまったら最後、幸せになる未来はやってこない。


そんな風にさえ噂されていた。


だが、当事者になってみてわかる。

好きになってしまったら、もう遅いのだ。


自分の気持ちに嘘はつけないし、惚れるきっかけとなった出来事だって、記憶の箱からは出て行ってくれない──


入部当初から、優しい先輩だなぁとは思っていた。

だが、その優しさが俺個人に向けられたものではなくて、部員全員に向けられたものであることには、早い段階で気が付いていた。


気づいていたのだが、それでも、彼女の優しさの矢印が俺個人にだけ向く世界線を探し求めてしまっていた。


はたから見れば彼女は、バスケ部の女神とか、マドンナとか形容できうる存在だったと思う。


だからこそ、バスケ部の駆け出しだった俺に、彼女の隣に立って歩む権利など、なかったのだ。


ある夏休みの日のこと。


灼熱地獄と化していた体育館で活動していた俺たちだったが、休憩のタイミングで先輩たちの話が耳に入ってきた。


「桃香ついに彼氏できたってまじかよ…」

「それ知った日の翌日部活休もうか本気で迷った」

「生きる希望を失った…」


汗をぬぐう手が思いがけず止まってしまった。


(先輩に…彼氏が…ついに…できた?)


そりゃそうだ。

桃香は可愛いし、部内での人気も高いし、クラスでの彼女の様子は知らないが、きっと友達に囲まれて楽しく過ごしていることだろう。


そのような女の子に彼氏ができるなど、至極真っ当なことだろうに。


これまでに俺は桃香に対して個人的にメッセージを送ったり、部活の時も話しかけたりして、距離感を縮めることに努めてきた。


しかし、彼女の方はやはり俺を一人の部員としか見ていないようで…


とはいえ、俺にだけ”壁”を作っていたわけではなかった。

バスケ部のほかの部員に対しても、個人的に仲よくするようなことは特段していなかったし、入部してからというもの、彼女の浮いた話など一度たりとも耳にしていなかった。


だから今回耳に飛び込んできた噂話は、俺にとってショックであると同時に、驚きを与えるものでもあった。


何が、彼女の心を揺さぶったのだろうか──


いずれにせよ、俺の恋は終わったんだ。


体育館の前方でボールをタオルで拭いている彼女に目をやる。


普段と何ら変わりのない様子だった。

だが、彼女の心情には、確実に変化があったんだと思うと、どこからともなくやってきた寂寥の風に吹かれた俺の心は、情けない音を立てた。


手島遼太郎てじまりょうたろうは──

思い人に恋人ができた

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