第35話「そんなのカケルの前だから頑張っているに、決まってるじゃないですか」

 家族の語らいをしながら、散り始めた桜を見上げ、ミリアリアとサファイアが用意してくれたご飯を食べ、ジュースを飲み、お菓子を食べて、水筒に入れてきた温かいお茶を飲む。


 桜の天幕の下で、俺たちは家族団らんのゆったりとした時間を過ごした。


「ごちそうさま、でした。おなか、いっぱい」

『ボクも、おなか、いっぱいだ、わん』


「たくさん、たべたね」

『すごく、おいしかった、わん!』


「それでは、つぎは、ポメ太は、おひるねを、しましょう」

『わかったわん』


「ねるこは、そだつよ」

『おやすみなさい、すーすー』


 食べ終えたサファイアは、ポメ太とお人形さんごっこをすると、ポメ太を抱っこした。


 女の子座りをして太ももの上に載せたポメ太の頭を、優しく撫でてあげている姿は、小さな弟を寝かしつけるお姉さんのようだ。


 しかしたくさん食べたからか、当のサファイアもうとうとし始めた。


「ご飯を食べて眠くなっちゃったか? サファイア、こっちにおいで」

 俺がサファイアを抱っこしてあげると、


「むにゃ。ありがと、むらさめ……すー、すー」


 すぐにサファイアは眠りの国へと旅立ってしまった。


 楽しい夢でも見ているのか、ポメ太を抱きしめながら、笑っているような幸せそうな笑顔で眠る様子が、とても微笑ましい。


「ふふっ。可愛らしい寝顔ですね。見ているだけで幸せになれそうです」

 そんなサファイアを見て、ミリアリアがなんとも楽しそうにつぶやく。


「異論の余地がないな」

 サファイアの寝顔は百万の宝石よりも尊いのだ(親バカ)。


「サファイアを見ていると、つい自分の子供の頃を思い出しちゃいます。お昼ご飯をたくさん食べると、午後の授業が眠くて眠くて、しょうがなかったんですよね」


「へぇ。ミリアリアにもそういう子供時代があったんだな。なんか意外だ」


 ミリアリアの言葉を、俺は少し意外に感じてしまう。


「そりゃあ、ありますよ。人間なんですから。カケルってば、わたしを何だと思っているんですか?」


 ミリアリアが抗議するように、上目づかいの視線を向けてくる。

 だが本気で怒っているというよりも、話のタネにしたというか、じゃれついてきたというか、そんな感じだ。


 そこに悪意や敵意は微塵も感じられない。


「ほら、今のミリアリアはなんでも完璧にこなすだろ? お腹いっぱい食べたせいで睡魔に負けそうになっている、なんて姿は、とても想像できなくてさ」


 子供時代とはいえ、俺の中のミリアリア像――優秀な頼れる副官――とはかなり違っている。

 とても想像ができない。


「そんなのカケルの前だから頑張っているに、決まってるじゃないですか」


 ミリアリアが何ごとか言ったが、なぜか横を向いていたのと、妙に小声だったのと、間が悪いことに遠くで救急車のサイレンが鳴っていたのと、さらにはサファイアがちょうどのタイミングで、


「ポメ太。おなかが、ひえるから、もうふ、かけるね……」

『わんわん……』


 なんて可愛らしい寝言を言ったせいで、俺は上手く聞き取ることができなかった。


 ははっ、夢の中でまでちゃんとポメ太の面倒を見ているなんて、偉い子だなぁ。

 というのは今は置いておいて。


「悪いミリアリア。よく聞こえなかったからもう1回言ってくれないか? 聞き逃した」

 俺が問いかけると、


「……なんでもありません」

 ミリアリアは笑顔から一転、急に真顔になって、さらには感情を排した冷たくフラットな声で答えた。


 ……あれ?

 なんだこの反応?

 さっきは怒ってないと思ったんだけど、実は怒っていたのか?


 いや、違う。

 今この瞬間に急にミリアリアの態度――というか心情――が変わった気がする。


 ってことは直前で俺が聞き逃したから、ってことか?


 でも聞き逃すくらいは誰にだってあるだろ?

 それにちゃんと聞き直してるし、どう考えたって俺の行動に非はないはずだ。


 つまり、どういうことだ?

 何が原因なんだ?

 ミリアリアの感情の推移を、俺はどうにも理解できないでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る