第27話 ブォン! ブォンブォン! ブォン! キュルルルルルルルルッ! キキィーッ!

「さてと、そろそろ帰るか」

「あれ、せっかく来たのにもう帰るんですか?」


「最近色々あって疲れててさ」

「むらさめ、おつかれ! だいじょぶ?」


「大丈夫だよ。でもごめんなサファイア。イヨンモールは家からはそんなに遠くないし、また今度イヨンモールに来ような。今度はもっと時間を取ってさ」


「うん!」


「ってわけだから、俺は疲れたから帰りはミリアリアに運転をしてもらえると助かる」


 俺は車のキーをポケットから取り出すと、ミリアリアに手渡した。

 その時に右手の親指を、左右にすっすと素早くスライドさせる。


『警戒しろ』というハンドサインだ。


 ミリアリアはほんのわずかに目を見開いた後――それ以外はなんら変わらない態度のままで――キーを受け取ろうとした右手の親指を、同じようにすっすと左右に動かした。


『警戒了解』という意味だ。


 少し前から、俺は周囲に敵対的な視線があることを感じ取っていた。

 誰かに見られている。

 それも複数だ。


 やれやれ、ダイゴス長官の狙い通りだな。

 狙いは当然サファイアだろう。


 おとり作戦、大成功と言ったところか。


 だが、こっちから攻撃を仕掛けるという選択肢は取れない。

 なにせイヨンモールは民間施設で人も多い。

 サファイアという警護対象もいる。

 

 そもそも何もされていないのにこっちから攻撃すると、いろいろとマズいことになる。

 イージスはれっきとした国の組織であり、正義の味方だ。

 ボコるなら、最低でも正当防衛という言い訳くらいは欲しかった。


 よってここはいったん撤収する。


 駐車場まで歩いていき、車に乗り込む――前にミリアリアが車の鍵を落とした。

「あっ!」

 もちろんわざとだ。


「ママ、かぎ、おとしたよ!」


「ありがとうサファイア。すぐ拾うわね」

「俺が拾うよ」


「いえいえわたしが拾います」

「いやいや俺が拾うから」


 俺とミリアリアは同時にしゃがむと、鍵を拾う振りをしてさっと車体の下を確認する。

 目で見える範囲に爆発物などは見当たらない。


「大丈夫そうですね」

「サファイアの拉致が目的なら、爆発物をしかけるはずはないからな」


 事故で殺してしまっては本末転倒だ。

 もちろん、世界で最も硬い希少金属のオリハルコンでできたこの車は、少々の爆弾には余裕で耐えてしまうわけだが。


 それに俺はあえて、イヨンモールの警備室の目の前に車を止めていた。

 車に何か細工をしようとすれば、すぐに警備員が飛んでくるはずだ。


 些細なことだが、こうやって最善を積み重ねることが、おうおうにして良い結果をもたらすのだ。


 鍵を拾うと、ミリアリアはドアをロックを解除する。

 俺は車の後部座席に座り、ミリアリアが運転席に乗り込んだ。


 サファイアは助手席だ。


 俺はすぐにミリアリアに小声で指示を出す。


「まさか遠くから見ているだけってことはないだろう」

「でしょうね。どうしますか?」


「仕掛けてくる気はあるだろうから、逆に仕掛けやすい場所に誘い込む。海岸通りを通って人気の少ない第3埠頭におびき寄せたら、打って出て一網打尽にする」


「了解です」


「ママ、むらさめ、なんのはなし?」


 助手席でシートベルトを一生懸命、締めようとするものの、上手くできずに悪戦苦闘していたサファイアが、顔をあげて見つめてくる。


 もちろんこの質問は想定済みだ。

 既に答えは用意していある。


「ふふん。聞いて驚け。今からサファイアをジェットコースターに乗せてあげるって話をしてたんだ」


「ジェットコースター!?」


「ああ、ミリアリアママ・プレゼンツのジェットコースター体験会だ。サファイアは特等席で楽しんでくれな」


「うん!」

「そのためにもシートベルトはしっかりとしないとな。……これでよし、と」


 俺は後ろから身を乗り出すとサファイアの身体を、シートベルトでしっかりと固定してあげた。


「むらさめ、ありがと!」


「どういたしまして。さてミリアリア、この辺りは車が多い。車通りの少ない海岸通りに出るまでは安全運転だぞ」


「了解です。では行きますね。レッツ・ゴー!」


 ミリアリアの運転で車が動き出した――。


 ブォン! ブォンブォン! ブォン!

(クラッチを切った状態でアクセルを踏み込んで、空ぶかしした音)


 キュルルルルルルルルッ!

(ブレーキをかけたままアクセルを踏んで後輪を空転させる音)


 キキィーッ!

(停車スペースを出る時に、後輪を派手にテールスライドさせたことによるスキール音)


「ふぉぉぉぉ! ママすごい!」

 ド派手な発車に、助手席のサファイアがびっくりした声を上げた。

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