出発前夜(しゅっぱつぜんや)

 ピコピコ、ピコピコ。でん子音しおんが、作業さぎょうだいうえにいる彼女の手元てもとからこえてきます。よるになって、研究所ラボもどった私はかのじょはなけました。


「どうです? すこしは退屈たいくつまぎれましたか?」


「ええ、とっても。この携帯けいたいゲームいですね。ゲームの内容ないようも、けん魔法まほうりゅう世界せかい舞台ぶたいとしたアクション・ロールプレイングゲームというのが魅力的みりょくてきです。しかし最終的さいしゅうてき舞台ぶたいが、五万層ごまんそうとうというのはぎではないですか? ステージのクリアを五万回ごまんかいかえさないといけないというのは」


「そうわれてもこまります。私は、過去かこにあったゲームを再現さいげんしてつくっただけなので。そのゲームの五万層ごまんそう最初さいしょにクリアした人物じんぶつは、たし六年ろくねんほどかってましたかね。不正確ふせいかく伝聞でんぶんデータしか私はりませんが」


 彼女の下半身かはんしんは、まだ半分はんぶんほどしかかんせいしていません。全体ぜんたいえば七十五ななじゅうごパーセント程度ていど完成度かんせいどです。ですのでさきに、私は携帯けいたいゲームとゲームをつくってしまいました。ロボットを完成かんせいさせるよりは簡単かんたん作業さぎょうで、ゲームの著作権ちょさくけんについてはかんがえないことにします。人類じんるいえた世界せかい遠慮えんりょをするほど、私はつつましい性格せいかくではありません。


「ゲーム自体じたいたのしいから、いいですけど。五万層ごまんそうとうって現実的げんじつてきじゃないですよね。ファンタジーは、そういうものなんでしょうけど。そんな建造物けんぞうぶつ絶対ぜったい倒壊とうかいするじゃないですか」


「このゲームのとうは、きっと物質的ぶっしつてきなものではないのでしょう。バベルのとうかみいかりにれてかいされたときますが、あれも単純たんじゅん物理的ぶつりてき限界げんかいだったのでは? 軌道きどうエレベーターならべつですが、てんまでとど建造物けんぞうぶつなどてられませんよ」


 私は旧約きゅうやく聖書せいしょはなしおもします。『創世記そうせいき』では、とうかみかいしたとはかれていないようですが。とにかくバベルのとうのエピソードには、人類じんるい使つかっていた言語げんご混乱こんらんきて、不和ふわひろがったという解釈かいしゃくがあったようです。その不和ふわによって人類じんるい滅亡めつぼうまれたとすれば、なんかなしいことでしょうか。


「バベルのとうってなんでしたっけ? ゲームの名前なまえ?」


「貴女にはおしえなければならないことが、たくさんありますね。私がっているデータのすべてを貴女へコピーしてもいのですが、そうすると貴女の個性こせいえてしまいそうですし。なやましいところです。それはそれとして、明日あした、私は遠出とおでをしてきますよ。かえってくるまで二十四にじゅうよ時間じかんかるでしょう」


「え? 何処どこくのですか?」


 彼女がおどろいた表情ひょうじょうで私をます。携帯けいたいゲーム操作そうさまでめていて、そこまでおどろかれたことに私のほうおどろきました。


はなれた山頂さんちょうにある一軒家いっけんやですよ、調査ちょうさくのです。無事ぶじもどれるとはおもいますが、私にまんいちのことがあったら、貴女がひとりで、この作業さぎょうだいうえ自分じぶん身体からだかんせいさせてください。研究所ラボ機械きかい使つかえば、それが可能かのうになるくらいには私は貴女をつくげてますよ」


 完全かんぜんとはえませんが所内ここ機械きかい何台なんだいか、稼働かどうさせられるくらいの電力でんりょく施設内しせつないまかなえています。自分で自分を手術しゅじゅつするようなもので、もう独力どくりょくで彼女は自身じしんかんせいさせられるはずでした。


「そんなぁ、いやですよぉ。この世界せかいに私がひとりっきりになるなんて。絶対ぜったいかえってきてください。あーあ、ゲームの通信つうしん対戦たいせんでも出来できればいいのに」


「オンライン対戦たいせんあきらめてください。まだ通信つうしん衛星えいせい機能きのうしていますが、その通信つうしんを人類がようしている形跡けいせきはありません。調査ちょうさわったら、私がゲームのあそ相手あいてになりますから」


 私が彼女をつくったのは、ただはな相手あいてしかったからです。私がもとめていたのは会話かいわという娯楽ごらくで、私にっての彼女は、言葉ことばわるいですが『娯楽ごらくのための手段しゅだん』でしかありませんでした。ところが彼女は、まるで私をおやあねのようにしたってきています。私と彼女の構造こうぞうわらないはずなのに、彼女は私より感情的かんじょうてき情動的じょうどうてき性格せいかくえるのでした。


本当ほんとうですか! かりました、いいにしてってますから、かえってきたら一緒いっしょあそんでくださいね。お土産みやげをねだったりもしませんよ。絶対ぜったいかえってきて、またあたらしいゲームをつくってください」


なんですか、私は貴女へのゲーム提供者ていきょうしゃですか。ええ、いいですとも。つくってあげますからばんをおねがいしますね」


 よる太陽たいよう光線こうせんがありませんから、私が自身じしん駆動くどうするための発電電はつでんでん力量りょくりょうすくなめです。ふたた携帯けいたいゲーム熱中ねっちゅうはじめた彼女からはなれ、私は自身じしん電源でんげんをオフにしてあさまでやすみました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る