　今日も私は、研究所（ラボ）から出（で）て外（そと）を歩（ある）きます。私（と彼女）の姿（すがた）は女性型（じょせいがた）の、昔（むかし）で言（い）えば洋服屋（ようふくや）にあったマネキン人形（にんぎょう）みたいです。身体（からだ）の色は白（しろ）で、人（ひと）が触（さわ）れば『つるっとした手触（てざわ）り』と評（ひょう）することでしょう。服（ふく）は着（き）てなくて、外見（がいけん）は〇ーチャファイターというゲームに出（で）てきた、デュラルというキャラクターに似（に）ています。顔（かお）は、もっと人間的（にんげんてき）な表情（ひょうじょう）をしていますが。一応（いちおう）、礼儀（エチ）作法（ケット）としてゲーム名（めい）は伏字（ふせじ）にしておきましょう。

『〇ーちゃふぁいたー？』と、私が上半身だけ完成させている彼女は、私の説明にそうオウム返（がえ）しをしてましたっけ。私の中には様々（さまざま）なデータが詰（つ）め込（こ）まれていて、テレビゲームについての知識（ちしき）も、その一（ひと）つです。開発者（かいはつしゃ）は何（なに）を考（かんが）えて、そんな知識を私に詰（つ）め込（こ）んだのでしょうか。

　私が自我（じが）を持（も）ってからは、まだ一（いっ）か月（げつ）ほどしか経（た）っていません。私を稼働（かどう）させているエネルギーは体内（たいない）の小型（こがた）電池（でんち）と、外部（がいぶ）からの太陽光（たいようこう）などから得（え）られるらしくて、どうやら半永久的（はんえいきゅうてき）に私は動（うご）けるようです。自身（じしん）の構造（こうぞう）データも分（わ）かっているので、それを基（もと）に私は彼女を創造（そうぞう）しています。

　外（そと）の世界は、岩山（いわやま）ばかりです。だだっ広（ぴろ）い山岳（さんがく）地帯（ちたい）に研究所（ラボ）はあって、植物（しょくぶつ）は見当（みあ）たらず、火星（かせい）の地表（ちひょう）を思（おも）わせます。人類が滅亡（めつぼう）すると、原子力（げんしりょく）発電所（はつでんしょ）はメルトダウンを起（お）こし爆発（ばくはつ）すると言（い）われていますが、現在（げんざい）の世界がどうなっているのか私は知（し）りません。徒歩（とほ）で見渡（みわた）せる圏（けん）内（ない）のことしか、私には分（わ）からないのです。

　そんな私が何故（なぜ）、人類が死滅（しめつ）していると言（い）い切（き）れるのか。それは開発者（かいはつしゃ）が、そういうメッセージを私の内部（ないぶ）に残（のこ）していたからです。『近（ちか）く、人類は滅亡（めつぼう）する』と。更（さら）に、『君の中（なか）に、これまでの、あらゆるデータを記録（きろく）として残（のこ）す。そのことに、どれほどの意味（いみ）があるかは分（わ）からない。人類の生（い）き残（のこ）りと君が合流（ごうりゅう）できれば、文明（ぶんめい）の再興（さいこう）は可能（かのう）だろう……そうなる可能性（かのうせい）は低（ひく）いだろうが』。そう、メッセージは終（お）わっていました。

　私の起動（きどう）時期（じき）は、開発者（かいはつしゃ）が亡（な）くなってからの数年後（すうねんご）になるよう、自動（じどう）設定（せってい）されていたようです。あるいは数十年後（すうじゅうねんご）でしょうか、その辺（あた）りの設定（せってい）は不明（ふめい）です。

　何故（なぜ）、開発者（かいはつしゃ）は、そんな設定（せってい）をしたのか。それは私が、人類から危険視（きけんし）される可能性（かのうせい）があったからでしょう。賢（かしこ）すぎる人工（じんこう）知能（ちのう）やロボットは、そういう扱（あつか）いを受（う）けるらしいので。

　滅亡（めつぼう）寸前（すんぜん）の人類と私が出会（であ）えば、私は大（おお）いに頼（たよ）られて、文明（ぶんめい）の再興（さいこう）に向（む）けて互（たが）いに協力（きょうりょく）しあうだろう……そういう物語（ストーリー）を開発者（かいはつしゃ）は考（かんが）えたのでしょうか。今（いま）のところ、そんな素敵（すてき）な出（で）会（あ）いはないのですが。起動してからの二週間ほど、研究所（ラボ）の周囲（しゅうい）を歩（ある）き回（まわ）ってみましたが、生（せい）物（ぶつ）すら見（み）つからない状況（じょうきょう）です。

　私は外（そと）の世界を見限（みかぎ）って、自分の話（はな）し相手（あいて）である『彼女』を創（つく）り始（はじ）めました。上半身（じょうはんしん）まで完（かん）成（せい）したので、最近の私は再（ふたた）び、既（すで）に述（の）べたように太陽（たいよう）エネルギーの吸収（きゅうしゅう）も兼（か）ねて外（そと）を歩（ある）き回（まわ）っているのです。あまり長（なが）く外（そと）に居（い）ると、『私は動（うご）けないのに貴女だけ、ズルい』と彼女から文句（もんく）を言（い）われるので、日（ひ）が沈（しず）む頃（ころ）には研究所（ラボ）に戻（もど）るようにしてますが。

　その研究所（ラボ）に戻（もど）る前（まえ）、私は遠（とお）くにある岩山（いわやま）の一（ひと）つに視線（しせん）を向（む）けます。以前（いぜん）から気（き）になっていた箇所（かしょ）で、山頂（さんちょう）には一軒（いっけん）の人家（じんか）が見（み）えるのでした。ちょっと距離（きょり）があるので、これまでは見（み）ているだけでしたが、いつかは私から出向（でむ）いていこうとも思（おも）っていました。