五話 茜先輩、部活作るってよ その参


 それから数分後、先生が私たち三人に徴収令を出した。断ることもできず、恐る恐る教卓の前に佇む。

「お前ら、茜の部活に入ったらしいな」

「あれ? なんでそれ先生が知ってるの?」

 昨日出たばっかりの話なのに。先生ってそんなに情報回るの早いのかな。

「あの部活、もしも五人揃ったら私が部の顧問やる約束になってるんだ。それで、昨日帰る前に茜が言ってきてな」

「あーそういう」

 私がぽかーんとアホみたいに口を開けて納得していると、ぐわっと私の頭を撫でながら言ってきた。


「まあ、お前らが入ったならちょうどいい。事件っていうのは、一番近い場所で見るのが楽しいからな」

 そんなにわしゃわしゃされると、髪が乱れる……。

「先生めっちゃ祭華ちゃん気に入ってますね」

「こいつ顔だけは良いからな。あと背も低くて私好みだ」

 フォミラにそう返しながら、先生は私を抱きかかえ、頬を揉んでくる。

 けどそれが、やはり綴の逆鱗に触れた。

「これ以上踏み込むとわたしの拳が飛びます」

「…………わかった。今日はこのくらいにしてやる」

「それでいい」

 さすが綴。あの先生ですらドン引きするくらいの凄み。

「まあとりあえず、あと一人見つけてとっとと部活を作ってくれ。私もあの部室で定時までのんびりできるんなら、それに越したことはないからな」

「はーい」

 そのフォミラの返事を背に、先生は廊下へと消え去っていった。

 結局先生もあの部室で怠けたいだけか。

 身構えて損した。


 長ったるい授業が六時間、ついにチャイムとともに終わりを告げ、ついにはじまる。例の部活が。部員である私たちにすら真相が明かされていない謎の部活が。


「…………あの、少しお訊ねしたいのですが」


 私が嫌だなー怖いなーと思いながら部室へ向かっていると、背後からそんな声が聞こえた。

「どうしたの?」

 振り向き様に、その娘の容姿へと目をつける。

 するとそこには、蒼くゆるふわな髪、大きくて優しげな栗色の瞳、ゆるやかでにんまりとした口元。まさに美少女が立っていた。

 フォミラとか綴とか、茜先輩も美少女には美少女なんだけど、みんな大人っぽい雰囲気でとても高校生離れした感じだった。でも今回は高校生らしいかわいらしさが見られた。身長も私よりちょっと大きいくらいだし。


「あ、さゆみちゃん」

「え? 知り合い?」

 フォミラってなんで変態のくせにそんな顔広いの?

「何言ってるの祭華ちゃん、同じクラスの娘だよ?」

「…………マジか」

 全然知らなかった。ていうか私クラスの人全く知らない。話かけないし、話かけてこないし。


 …………あれ? 私の元々の目標って脱変人じゃなかったっけ。それで普通に友達作って普通にJK楽しむって話じゃなかったっけ。

 あれ? なんで今しれっと変な部活行こうとしてんの? なんでこんな変態と一緒にいるの? なんで普通の私より変態のフォミラの方が顔広いの? え、この世界なんかおかしくない?

 考え出すとすごいスピードで疑問と疑念が私の脳内を駆け巡ってきて、頭を抑えるようにかかえ込んだ。


「えっと……彼女は大丈夫なのでしょうか」

「祭華ちゃん、たまに自分の世界に入って帰ってこないことあるから大丈夫だよ」

「うん。祭華はわたしが運ぶから、話は部室で」

 やっぱりこんな世界間違ってるんだよ。てかなんだよ普通って。私は最初からそんな変なやつじゃないっての。だいたい友達ができなかったのも綴のせいで…………。

 て、なんでその綴にお姫様抱っこされてんの?

 ぽかんとした顔で綴と顔を見合わす。すると、綴はこう言った。

「心の中でなんて言ってるのか、結構わかりやすいのが祭華のかわいいとこ。隠しごとが絶望的に下手くそ」


 それから数分。ようやく頭をスッキリさせた私は、黒峰さんの話に参加することができる。

「改めまして、わたくし黒峰さゆみと申します」

「あ、どもども。白井祭華です」

「坂目綴。よろしく」

 フォミラはもう顔見知りらしいので省いた。

 まだ先輩が来てない部室で、私たち三人は自己紹介を終えた。

 珍しく綴が他人に威嚇をしていないところに関心を覚えつつ、話を進める。

「で、何か私たちに用事?」

 すると、鷹揚な態度で黒峰さんは返した。

「はい。わたくしはあなた方に訊ねたいことがあるんです」

「ほうほう」

 フォミラの相槌の後、黒峰さんは深く呼吸をしてから口を開いた。


「あの! わたくし、王子様を探しているんです!」


「「…………は?」」

「ん? 王子様?」

 さすがのフォミラも疑問に感じたらしい。いつものアホみたいな微笑みの表情はいっさい消え去り、何言ってんの? この娘。みたいな顔になった。

 けどそんな私たちの疑問形はお構いなしで、黒峰さんは饒舌に語りはじめる。

「そうです! 王子様です! 名前は知らないんですけど、背が高くて、凛々しいお顔で、真紅のストレートヘア、その鋭い碧眼に当てられた時はもう……っっ!」

 想像しただけで真っ赤になるその顔を覆い隠す黒峰さん。

 黒峰さんの行動や言動は、恋する乙女のそれだった。

「で、さゆみちゃん、それに私たちとどう関係があるの?」

「それはですね、昨日、わたくしはその王子様とあなた方がいるところを目撃したからなのです!」

「「「…………は、はぁ」」」

 その瞬間、私たち三人は理解してしまった。

 誰が、彼女の言う王子様なのかを…………。え、マジであの人?


「うい〜っす。お前ら、今日も部員集めやるぞー」


 噂をすれば現れる。例の王子様。なんてタイミングが良いんだ。

「わたくしの、王子様……」

「へ?」

 瞳を輝かせ駆け寄ってくる黒峰さんに、戸惑いを覚える茜先輩。けど先輩には戸惑ってる時間なんてないらしく、黒峰さんは勢いよく飛びついていった。

「おっと危ないな」

 倒されることはなく、がっしりとした体幹で黒峰さんを受け止める先輩。

「わたくしのこと、覚えていらっしゃいますか?」

 かわいい上目遣いでアタックした。これは並の女だったらイチコロなはず!


「いいや、覚えてない」

 まさかの効果なし! しれっと無表情で返事をする茜先輩に、崩れ落ちる黒峰さん。

 どうやら茜先輩には乙女心というものはわからないらしい。今も手を頭の後ろにやって「あれ? 僕、また何かやっちゃいました?」的な顔をしてるし。なろうとかラブコメの主人公みたい。

 でもそれ言ったら「あたしはあんな頂き女子どもに騙されてそうなやつじゃない!」ってぶん殴ってきそうだからやめておこう。


「祭華ちゃん、今結構酷いこと考えてたよね」

「たぶん茜先輩は頂き女子に絡まれたら鍛えてやるとか言うタイプの空気読めないやつ」

 なんでこの二人って私の考えてること読めるんだろ。

「…………なぜ、あたしは今猛烈に罵倒されてる気分になってるんだ?」

 それはね、私が頭の中で罵ってるからだよ。


「ということがありまして、わたくしは先日助けていただいた者です」

「あー。あの時の君かー」

 まだ頭にはてなマークを浮かべながら返す先輩。口ではああ言ってるものの、たぶん思い出せてない雰囲気だ。あれは。

「そうです! それで、わたくし貴女に伝えたいことがあってきたんです!」

 さっきまでの気品を忘れて、元気に言う黒峰さん。一方の茜先輩は、何か嫌な予感がしたらしく、咄嗟に足を扉の方へ向けた。

「ダメだよ? 女の子の話は最後まで聞かなきゃ」とフォミラが止める。その時のフォミラの顔は、やけに威圧感があって怖かった。

 口が笑っているのに、目は「女の子を泣かせたら許さない」と言っている。

 百戦錬磨の茜先輩も、さすがに怖いらしい。おとなしく足先を黒峰さんの方へ戻した。


「わたくし、貴女に助けられた時から、止まらないんです……鼓動が」

 真っ赤な顔でもじもじとしながら、呟くように話しはじめる黒峰さん。

「腹を突けば治るか?」

 そんな乙女に、なんの躊躇いもないバイオレンスな一言。

「祭華ちゃん、先輩殺していい?」

「ステイッステイッまだだッまだだッ」

 四次元ポシェットに手を突っ込み、臨戦体制に入ったフォミラの前に立ち塞がった。そうして私はフォミラの攻撃的な衝動を抑える。

「えっと…………それは、わたくしと、子どもを作りたいってことで、よろしいのですか?」

 あ、黒峰さん、こいつもダメなタイプのやつだ。

 私は見えかけていたまともという希望をまた見失った。


「え? あたしはついてないぞ?」

「そんなの些細な問題でしかありません。この黒峰家の科学力は世界一ッ! ふた○りもお手のものです!」

「祭華ちゃん、さゆみちゃんとは分かり合えそうにないんだけど」

「確かに、フォミラの同人誌の中にはふ○なりなかったもんね」 

「黒峰、わたしにもつけてほしい」

 綴が私の肩に手を置いて言った。

 うおっ。急に寒気が。

「祭華、大丈夫。痛くはしないから」

「そういう問題じゃないんだけど……」

 呆れつつ、適当にあしらいつつ、身体を擦りつけてくる綴にそう返す。

「………………別にあたしは生やしたいわけじゃないんだが」

「じゃあわたくしが生やします!」

 勢いの良い黒峰さんの一言に、圧倒される茜先輩。このまま「では、失礼します……」とか言い出しそう。

「あ、さゆみちゃんが挿入れる側なら私アリ」

「その基準なんなん?」


 理解力のない茜先輩。性癖を延々と垂れ流すフォミラ。今はやけにおとなしい綴。ぐいぐいと襲いかかりそうな勢いで距離を縮めていく黒峰さん。そしてその全てを側から見る私。

 脱線しすぎて全く話が進まなすぎてイライラしていると、頭の悪い茜先輩がようやく理解できてないことを認め、口を開いた。

「えっと、つまり、お前はあたしのことが好きってことか?」

 なんて身も蓋もないんだ。告られた後に言う言葉じゃねえ。

「はい! 結婚しましょう!」

「…………どうしよう」

 先輩のあんな顔は、はじめて見た。


          ★★★


「はい! 結婚しましょう!」

 こんなことを言われたのはいつ振りだろうか。

そう記憶の奥深くに潜り込むと、一つの記憶にたどり着いた。

確かあれは、まだあたしが小学生の低学年で、まだ虫に触れることができた頃のことだった。

『大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!』

 小学校に上がってすらいない妹の言葉。

 今でも覚えてる。その言葉がとても嬉しかったことは。


 だが、今やあいつはあたしのことを煽り散らかすメスガキモンスターとなってしまった。それでもかわいいとは思っていた。あたしの妹は世界一かわいい。そう思っていた。

 目の前の少女がプロポーズをしてくるまでは。

「…………どうしよう」

 嬉しくてしょうがない。だって見ろよ。この娘めちゃくちゃかわいいぞ。言葉遣いも丁寧だしお嬢様っぽいし品も感じられる。

 きっと家に帰ったら「おかえりなさい。今日は帰りが遅くないですか? わたくしずっと待っていたのですよ? だから頭撫でてくれないと怒ります。ぷんぷん」って裸にエプロンつけながら言ってくるに決まってる。

 かわいすぎる。前までは妹やアニメのキャラで想像してたけど、想像の対象が増えてしまった。


「…………わたくし、何か困らせるようなこと、言ってしまいましたか?」

 あたしが悶絶していると、その娘はまたあたしのと脳を強く揺さぶってくるような顔をしてくる。あたしを心配した上目遣い。

 さっきまでは冷たい態度を取って誤魔化していたが、それももう限界だと告げている。

 心がはぴょんぴょんするんじゃあぁ〜! と告げている。

「…………大丈夫だ。問題ない」

「それ言うやつってだいたい死ぬよね」

「そうそう。それで時戻して『一番良いのを頼む』とか言う即死にRTAね」


 外野がうるさいな。

 けど、そんな外野どものおかげであたしは平常心を取り戻すことができた。イラつくがまあいいだろう。

「それなら良かったです。わたくし、必ず貴女を幸せにしてみせます! だから結婚してください!」

 必死そうな上目遣い、そして今日も一日頑張るぞい的なポーズが、あたしのハートにダイレクトアタックしてきた。

「んぬばぁっ!」

「先輩が飛んだ⁉︎」

「見事な錐揉み回転!」

「ついでに一般向けエロアニメみたいに服も破ける」

 バカ一年三人組みの声を聞きながら、あたしは地面に倒れ込む。

 なんて破壊力の強いプロポーズなんだ。あたしが長女じゃなかったら耐えられなかった。

 あと、服は破けてない。


「えっと、大丈夫ですか? 先輩」

 倒れ込んでいるあたしの前で膝をかかえ訊ねてくる。

 あぁ。顔が近い。普段妹も顔が近いが、妹は慣れているからあまり攻撃力は高くない。だが、この娘ははじめて。効果は絶大だ。

 鼻血が垂れてくるくらいには。

「先輩! 鼻から血が!」

「大丈夫だ。あたしは頑丈だからな」

 ただ耐性がないだけで。

 差し伸べられた彼女の手を取り、立ち上がる。手汗がすごいことバレませんように。

「手を取ったってことは、結婚してくださるってことですよね?」

「…………へ?」

 不意打ちがすごすぎて反応に困ってしまった。

「改めまして、わたくし黒峰さゆみです。不束者ですが、よろしくお願いします」

 頭を下げてくる健気な彼女。

 やれやれ。また厄介なことに巻き込まれちまいそうだぜ。

 そうラノベの主人公みたいなことを言っている余裕なんて、今のあたしにはなかった。

「お、おおおおぅ。よろしく?」


          ☆☆☆


 よくわからないけど、とりあえず先輩と黒峰さんが結婚することになった。付き合うとかじゃなくて、結婚。まあ高校生同士の冗談だから、あんまり気にすることじゃないか。

「祭華はわたしと」

 こんなのもいるし、やっぱり気にすることじゃない。てか気にしちゃいけない。

「じゃあ私は祭華ちゃんの何になるんだろう。愛人?」

「知らない。そんなことよりもさあ先輩、これで五人、揃ったんじゃない?」

 変態二人は置いといて、未来の嫁さん(仮)の愛の重さに若干引き気味の先輩に訊ねる。

「んあ、あぁ。確かにそうだな。よし、じゃあ生徒会室行って部活申請出すか」

 そう言うと、先輩は黒峰さんの頭を撫でながら立ち上がった。さっきまでの引き気味な顔が嘘みたいに手慣れてる。


「祭華ちゃん、生徒会長すっごい厳しい人らしいよ? ブッブーですわ! とか言ってきそうだね」

「それ言い出したらもうネタキャラじゃん」

 適当にフォミラのボケにツッコミを入れながら、私はせっせと生徒会室へ向かう先輩の後を追う。


 そして、その途中のこと。 

「先輩、そういえば、部活名ってなんなの?」

 今までそれどころじゃなくて誰も訊ねなかった疑問を、とうとう訊ねる。

 すると、先輩は良い笑顔でこう答えた。


「部ルームだ」


「………………」

 刹那、私は決意する。

 この場から逃げ出そうと。

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