四話 決闘 ーバドミントンー その弐
綴ちゃんは私が連れてきて、祭華ちゃんは先輩に担がれてやってきた。
ここは市民体育館。今の時間は運よく人がいない。
そんな閉め切った沈黙しかない場所で、私と綴ちゃん、茜先輩は祭華ちゃんが起きるのを待っていた。
「ありがとうございます先輩」
「いいや、いいんだ。困った時はお互い様だからな」
さすが茜先輩。祭華ちゃんを殴って眠らせるだけある。
「ちくしょうこの野郎! 人を勝手に眠らせやがって」
あ、祭華ちゃんが起きた。
「まあまあ落ち着け。あたしのことを殴る前に、向こうを見ろよ」
ドードーと祭華ちゃんを抑え込みながら、先輩は綴ちゃんが立つ場所に視線をやる。それに釣られて祭華ちゃんもそっちへと目を向けた。
「…………リアル、祭華」
まさかの一言。どうやら綴ちゃんはイマジナリー祭華ちゃんをイマジナリーだと認識していたらしい。
「なんだよリアルって。てかフォミラ、なんで私たちはここにいるわけ? あとそこにいるイカれた先輩は」
「あたしは常盤茜だ。自己紹介したろ」
「美少女殴るやつの名前なんて覚えてられるか!」
ブチギレ祭華ちゃんはまだ先輩の胸ぐらを掴んだまま。
「祭華ちゃん、先輩は私に頼まれて連れてきたんだよ?」
「へぇー。殴ってもいいって言ったわけ?」
「いや? まさか殴って眠らせて連れてくるとは思わなかった」
私がそう言うと、怒る気も失せたのか、拳を引っ込める。
祭華ちゃん頑固だし、殴って眠らせてでもいいかななんて思ったけど。
「で、わたしたちを連れてきた理由は?」
祭華ちゃんがブチギレたことで脱線した話を元に戻そうと、口を開く綴ちゃん。
そうだ。一番大事なことを忘れてた。
「まずは二人とも、これを持て」
私が説明しようとすると、それを止めて茜先輩は二人にラケットを手渡した。それもバドミントン用のラケット。
「…………で、これで何するの?」
ラケットをおもむろに振りながら訊ねる祭華ちゃん。
「本当は殴り合いが一番いいと思ったんだけどな、あまりにも体格差がありすぎるから祭華が不利だと思って、バドミントンにしてみたんだ」
「「…………は?」」
祭華ちゃんと綴ちゃん。二人揃ってキレ気味の疑問形が出た。
さすが幼馴染み同士。息ぴったり。
「喧嘩は気まずくなるよりも戦って、本音を言い合ってすっきりさせるもんだ。ほら、試しにやってみろ」
そう促されるままに、二人は互いの陣地へと足を運ぶ。
これからはじまる幼馴染み同士の戦い。私は喉の唾を飲み込んで、戦いの行先をドキドキと待っていた。
☆☆☆
「レディーファイッ!」
これからバドミントンがはじまるとは到底思えないほどバイオレンスな試合開始の合図が、私たちの間に鳴り響いた。
それと同時に、綴からゆったりと打ち上げられる羽根。
「くたばれえ!」
私は綴と違ってゆったりなんて打たない。全力で腕を振り上げ、羽根にラケットを叩きつけた。
「祭華、酷い」
だけど、渾身のスマッシュは難なく拾われてしまう。
「……へ?」
「まずは、坂目綴が一点だな」
ぽとっと落ちる羽根の音の直後、そう茜先輩が呟いた。
え、私の必殺豪速球が、あんな一瞬で掬われた?
必殺技が負けたショックで回らない頭で、ぼんやりとしながらぽーんとサーブを打つ。
「祭華、酷い」
ふわりと羽根が宙に浮くほど緩やかなサーブ。それを綴はだらりとした腕を鞭のように使い私に返してきた。
っ! 速すぎる!
なんとか拾えたけど、拾うのが精一杯だ。
「わたしは祭華のことを心配して、祭華のことが大切だからやったことなのに」
またしても鞭のような腕は素早く羽根を打つ。
「祭華が好きだから今まで頑張ってきたのに」
「っつうぅ!」
ようやくいいところに来たからスマッシュを打とうとするも、腕がうまく回らずドロップになってしまう。
羽根なのに重い! なんで!?
「腰の入りが甘いな」
「へぇー。祭華ちゃんは腰使いがよくないと」
「その言い方だと語弊が生まれそうだな」
外野でフォミラと先輩の声が聞こえる。
正直言って邪魔で仕方がない。
こちとら真面目に戦ってんだよ。あのバケモンと。
「わたしには祭華しかいないのに」
またしても私のサーブを勢いよく返してくる綴。
「どうしてわかってくれないの?」
「っ!」
「どうしてくたばれなんて言葉がすらすらと言えるの?」
私の頑張りでなんとか続いたラリーも、綴のスマッシュによって地面に叩きつけられた。
「……ちょっとうずうずしてきた。あたしも坂目綴と戦ってみたいんだがいいか?」
「ダメだよ茜先輩。どんなに空気を読めなくてもいいけど、百合の間に挟まろうとするのは重罪だよ? 死刑だよ?」
「…………百合?」
「あ、ごめん。なんでもないです」
ああもう集中力削がれる! なんなのこいつら!
「祭華、よそ見はしない。わたしを見て」
「なんで羽根なのに重いんだよ!」
こいつには物理法則ってもんが通用しないのか。私より魔法少女してる。
「ねえ祭華、この戦いに勝ったら、わたしのものになって。わたしは強いから、祭華を守れる」
「っちぃ! 絶対にやだ!」
踏ん張って羽根を拾い上げると、まさか拾われるとは思っていなかったのか、反応が遅れ地面に落ちた。
これでようやく一点か。
「私は誰のものにもならない」
そう言い張り、綴から来るサーブをカットする。
「なんで! わたしといた方が安全なのに! わたしと一緒にいた方が幸せなのに! 絶対に!」
「違う! 別にお前といるだけが幸せじゃない!」
告げる言葉。
その言葉があまりにも衝撃だったのか、綴は羽根を打ち返す手を止め、地面に膝をついた。
「…………祭華は、わたしのことを好きじゃない」
そして全てに絶望したような顔をする綴。
もうバドミントンをする気力なんてない。それどころか、立ち上がる気力もなさそうだ。
「ウィナー、祭華。だな」
雰囲気ぶち壊しな茜先輩の声がする。
「祭華ちゃん、行かなくていいの?」
「へ?」
私が地面に膝をつく綴をただ眺めていると、小さな声でフォミラが耳打ちしてきた。
「あんな悲しそうな顔してる綴ちゃんを元に戻せるのは、祭華ちゃんだけだよ?」
「…………そっか。そうだよね」
フォミラの言葉ではっと目が覚め、私は綴の方へと足を向ける。
そうだった。昔っから綴を傷つけられるのも、元気づけられるのも私だけだった。
「あのさ、綴」
綴の目線に合わせて膝をつき、言う。
「祭華はわたしのこと嫌いになった。もうわたしに未来はない。死ぬしかない」
うわっ。ちょっと怖い。
「えっと……綴?」
恐る恐る訊ねる。
「その声は、祭華?」
ばっとすごい勢いで私の方に目をやった。
「……そ、そうだよ。私だよ」
若干引き気味に返す。
私の顔を見たかと思えば、綴は瞳に涙を浮かべて下半身に飛び込んできた。
「祭華、祭華あぁ〜!」
まるで子どものように泣きじゃくる綴。
まあ、今くらいなら、抱きつかれてもいっか。
「……坂目綴、やつに下心が見えるのはあたしだけか?」
「えっとねー、茜先輩だけってことにしておく」
外野が私の決意を揺らがせるような会話をしてる。
それでも、私は気にせずに綴の頭を撫でながら、慰めの言葉を口にすることにした。
ほんとはスカートの中で泣いてるからちょっと怖いけど。
「祭華に嫌われたくない! 祭華と一緒にいたい! でも、祭華はわたしを置いて魔法少女になる! 魔法少女になってあの変態といちゃいちゃしてる!」
今まで堪えてきた心の嘆きが、少し篭った声で聞こえる。
「あの変態って誰のことだ? 変態はあいつだけじゃないのか?」
「え、さ、さあ? 誰のことなんだろうねー……」
見なくてもわかる。フォミラが汗をだらだら流して焦っていることが。
「ねえ祭華、せめて最後はわたしに抱かせて。わたし、最後に祭華との思い出を作りたい」
そういかにもらしい理由を垂れ流し、綴は私のスカートの中の奥へと進軍してきた。
「待って待って待って待って! ここでするの!?」
これ以外にもツッコミどころは多いけど、なぜか一番最初に出てきた言葉はこれだった。
「じゃあうちに行こう。お母さんにテッシュを用意してもらってるから」
「……え?」
なんで私のことお姫様抱っこしてるの?
私のそんな疑問形はフル無視され、綴は勢いよくドア目掛けて駆け出した。
これからどうなっちゃうんだろう、私。
誰か助けて。
「待て、坂目綴」
私の願いが届いたのか、ドアを目の前に一人の女性が。
それはついさっきまで私が考え方が一九八〇年代の不良レベルだと思っていた、私たちより一つ年上の先輩。
私を一方的に殴って気絶させ、なぜかバドミントンをやらせた張本人。
そう、茜先輩だ。
はあぁ〜! イケメン! 惚れそう!
「邪魔をするな」
「いいや。あたしは助けを求められたら応えちゃうタイプでな。祭華を助けるまではお前の邪魔をさせてもらう」
茜先輩はそう言うと、まるでボクサーのように腕を上げ拳を構えた。
敵は絶対に許さない。たとえ全米が涙するほど、レバーを引きたくなるほど「深〜い〜」わけがあろうとも、悪は悪。徹底的に潰す。そんな強い意志が瞳に感じられた。
あくはぜったいなにがあってもゆるさない! せいぎのみかた!
「わかった。お前がそこまで言うなら、祭華をかけて殴り合おう」
あ、魔法少女の変身アイテム奪った悪いやつが私を置いて拳を構えた。
正義と悪による拳のぶつけ合いが今、はじまる……!?
「祭華ちゃん、それよりも」
私がこれからはじまる大決戦を見逃すまいと目をかっ開いていると、フォミラがちょいちょいと私の服の裾を引っ張ってきた。
「何?」と若干不機嫌な感じで訊ねる。
「祭華ちゃん、観戦中悪いんだけど、敵が来ちゃったみたいなの」
「…………へ?」
せっかくいい戦いが観れると思ったのに。ちくしょうこんなタイミングで出てきやがって。
私がそう苛立ちを覚えながらフォミラの謎レーダーに頼って敵の方へ向かおうとする。
けど、その必要はなかった。
ドッガンッ!
「なんの音これ!?」
耳を塞ぎたくなるような爆発音が聞こえる。
何か、嫌な予感がするのは私だけかな。まるで敵が魔法少女を誘き出すために街に攻撃をしているみたいな、そんな音な気がするんだけど。
「…………せっかく今日は来る気配なかったのに」
「祭華ちゃん、魔法少女は、そんなに甘くないよ」
肩にぽんと手を置いてくる。
「わかったよ。変身するから、リング」
「はい。綴ちゃんに負けて疲れてるだろうけど、頑張ってね」
フォミラからリングを受け取り、変身を遂げた。
もう今日は名乗りとかいいや。
面倒だし。
「じゃあ行ってくるから、綴と茜先輩どうにかしといて」
「はーい」
元気な返事をしてから、私は二人がバチバチにやり合っている体育館を後にした。
「ねえ二人とも」
「なんだ!? 今殺すのに忙しい!」
「お前を、殺す。今、ここで……!」
「祭華ちゃん、音のする方に行っちゃったよ」
「「…………へ?」」
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