四話 決闘 ーバドミントンー その壱
私はフォミラ。女の子が大好きな高校一年生。
居候先の女の子、祭華ちゃんが今はお気に入り。
好きな娘と二十四時間一緒にいれてすっごく嬉しいし最高の生活なんだけど、ついさっきから私の周りでは不穏な雰囲気が漂ってる。
「…………えっと、祭華、わたしと一緒に」
「フォミラ、私と組もう?」
「え? あ、うん……」
祭華ちゃんに避けられていることを実感し、とぼとぼと遠ざかっていく綴ちゃん。
そう、祭華ちゃんとその幼馴染み、綴ちゃんが喧嘩をはじめてしまったのだ。
きっかけは綴ちゃんが祭華ちゃんの変身アイテム、カレイド・リングを盗んじゃったことからはじまったんだけど、祭華ちゃんもそのくらいでこんなに怒るなんて。
どうしよう。喧嘩はよくないよね。
「フォミラ、これからは思う存分に抱きついてもいいよ」
「あひぇあ〜! 喜んで!」
祭華ちゃんからそんなこと言ってくれるなんて嬉しくて、祭華ちゃんの顔を自分の胸に詰め込んだ。体育着だから、いつもより祭華ちゃんの顔の感触がダイレクトに伝わる。
ごめんね綴ちゃん。私、祭華ちゃんに抱きつけるならなんでもいいかも。
それからというもの、祭華ちゃんは執拗に綴ちゃんを避ける。
休み時間になったら綴ちゃんは必ず祭華ちゃんに声をかけるけど、それを無視し続ける。
そして……。
「ねえフォミラ〜。アイス買ってきてよ、アイス」
そして、その寂しさを埋めるためか、いつも以上に私に甘えてくるのだ。
ぎゅっと私の腕に祭華ちゃんの小さな身体が密着して、甘い香りがする。
うへ、うへへぇ。
かわいいな〜祭華ちゃん。この娘のためならお姉ちゃんなんでも買ってきちゃう。
「じゃあ恋人みたいにこのままいこっか」
「普通に歩きづらいから離れる」
そう言って私の腕を解放した祭華ちゃん。
せっかくいい雰囲気だったのに。
「あ、先生」
私が祭華ちゃんに離れられて少し拗ねていると、次の女の所へと駆けていく祭華ちゃん。
「どうした? 媚を売っても何も出ないぞ」
「まあまあそう言わずに」
そう言うと、祭華ちゃんは先生の肩を揉みはじめた。
すっごい勢いでゴマ擦ってるね。
「祭華、お前いきなりどうした? おかしいぞ? もしかして後ろで手刀とか構えてないだろうな。まさか私を殺す気でいるんじゃないだろうな」
祭華ちゃんの違和感を感じ取り警戒態勢を取る先生。けど祭華ちゃんは、それを全く気にせず先生にゴマを擦り続ける。
「うわっ! 気持ち悪い近寄るな! 私のそばに近寄るなぁぁ!」
「そんなこと言わないで私に構ってよせんせ〜!」
そうして、生徒と教師による愛の追いかけっこがはじまった。
こ れ は ひ ど い。
まさか綴ちゃんがいないだけで祭華ちゃんがこんなに壊れるなんて。これはなんとかせねば。
私は作戦を立てるため、祭華ちゃんを置いて一人で教室を出た。その間祭華ちゃんと先生がいつも以上にじゃれあってるのが廊下からでも聞こえる。
先生と生徒っていうのも尊いよね。
『ねえ先生構ってよ〜!』
『ちょ、離れろ祭華! 勘違いされたらどうするんだ!』
『私今寂しいの〜』
『どうしたんだ祭華! お前ちょっと今日おかしいぞ!』
…………うん。尊いね。
一方の綴ちゃんを見てみよう。さっきまでは話しかけようとしてたし、こっちはあんまりダメージないかも。
「…………祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華祭華」
あ、ダメだ。こっちの方が重症だった。
「祭華がわたし以外の女に甘えてる姿なんて、見ていられない。屋上って解放されてたっけ。ねえ、祭華」
首を傾けてイマジナリー祭華ちゃんに話しかける綴ちゃん。
こ れ も ひ ど い。
そうやってよたよたと廊下へ出ていく。どこに行くつもりなんだろう。もしかして屋上かな。自殺の名所かな。それとも未成年の嘆きかな。
どちらにしても、今の綴ちゃんならどんなことでもやりかねない。
これは私がなんとかするしかない!
私の意志はより固いものとなった。
「あ〜。でもどうしたらいいのかな〜。二人が仲直りするには」
お昼休み。先生はついに諦めて祭華ちゃんの頭を撫ではじめた頃。
私は中庭で一人、ぐったりとしながら頭をかかえていた。
私喧嘩とかしたことないからわからないなー。喧嘩する友達もいなかったし。
どう仲直りさせればいいんだろう。
そんなことを考えて空を見上げていると、横の方から声が聞こえた。
「何か悩みごとか?」
「そうなの〜。幼馴染み同士が喧嘩はじめちゃってね、仲直りさせたいな〜って……ん? 誰?」
勢いで返事したけど、誰?
そう思い、私はばっと勢いよく声がする方に顔を向けた。
するとそこには、祭華ちゃんや綴ちゃんとはまた違った、凛々しい雰囲気の美少女が立っていた。どっちかって言うと美兎先生の雰囲気に近い。
真っ赤なストレートヘアに輝く碧眼。どこかおとなびた凛々しい印象を持つ顔立ち。身長は、たぶん一七五センチくらいかな。私より十センチは高い。
それなのに肩幅もそこまで大きくなくて、女の子らしい華奢な体型を保っている。
へぇー。おっぱいもなかなかだし、いいね。
ストライクゾーン拡張セット買わされた気分。
「いきなり悪いな。あたしは常盤茜。二年生だ」
私がちょっと味見を検討していると、握手を求めてきた。
「あ、よろしくです先輩」
手は大きいのに柔らかい。女の子って感じ。最高。
「で? 仲直りさせたいんだって? 幼馴染み同士を」
私の隣に腰掛けて訊ねてくる。
「そうなんですよ〜。祭華ちゃんと綴ちゃんって言うんだけどね、その二人がさっき色々あって喧嘩はじめちゃって、綴ちゃんはもう見ていられないほど落ち込んじゃって、祭華ちゃんは先生とか他の女の子に甘える始末。もう私あんな二人のこと見ていられないの」
「はー。なるほどな」
途中でうんうんと優しく相槌を打ってくれるし、すごい相談しやすい先輩。
これ絶対女の子にモテるでしょ。イケメン女子みたいな感じで。
「確かに、その二人はなんとかしないといけないな。祭華ってやつはちょっとクズっぽいけど」
「あ、祭華ちゃんは壊れてるだけだから。まあクズなのは変わりないけど」
「そ、そうか」
若干引き気味な先輩。
だけどその引きを振り払い、「よし」と勢いよく立ち上がった。
「そんな二人は、あたしがなんとかしてやる!」
「え!? 本当ですか先輩!」
「ああ。あたしに任せろ。確実にその二人を仲直りさせてみせる」
すごい。根拠のない謎の自信。
頼りになることこと上ない。
「さあ、このラケットと羽根を持て」
先輩はどこからか取り出したそれを手渡してきた。
「……へ?」
呆けた声を出しながら、手に持つ。
勢いで受け取ったけど、ちょっと待って先輩が何言ってるのかわからない。
「仲直りさせたいんだろ? なら、バドミントンで決闘させるしかないじゃないか」
「………………アー、ソウデスネー」
入学してから四日。私は、ちょっとヤバい先輩とエンカウントしてしまったかもしれない。
☆☆☆
「なあ祭華、もういいか? そろそろ次の授業の準備をしないといけないんだ」
「えー。フォミラが戻ってくるまで待って」
そう返して先生の膝の上でぐったりとする。
いつもは頭にくる先生だけど、なんやかんや言って甘えさせてくれるから良い人なのかもしれない。
「はぁ……。しゃあない。お前がおかしいのがいつものことだ」
結局顎下辺りを撫でてくれる。
その気持ちよさに瞼が重くなってきた。
お昼食べたばっかだし眠い……。
「祭華ちゃん、帰ってきたよ」
私が先生の身体によりかかって眠りにつこうとしていると、それを邪魔するためか、フォミラがほぼゼロ距離くらいに顔を近づけてきた。
せっかく寝れそうだったのに。
「おっ、帰ってきたな。フォミラ、あとはよろしく頼む。私は次の授業の準備をしてくる」
「はーい。祭華ちゃんおいで」
「ん」
若干不満げな顔を見せながらフォミラの方にくっつく。
「はあぁ〜! 間髪入れずに私に抱きついてくる祭華ちゃん、最高」
こういう変な発言さえなければいいのに。
★☆☆
お昼休みも終わり、五、六時間目の授業も終了。あとは帰るだけの平和な時間。
私は二人を仲直りさせるべく、まずは綴ちゃんに声をかける。祭華ちゃんには先輩が声をかけることになっている。
ちょっと変な先輩だからきっと祭華ちゃんも気に入るはず。
そんなことを考えているうちに、綴ちゃんの元までたどり着いた。
とりあえずとんとんと肩を叩いてみる。
「…………わたしに、何か用?」
うわっ。キャピキャピしたきらら系美少女が放っちゃいけない恐ろしいオーラを感じる。
この性癖広めの私でも、少し距離を置いちゃうほどの濁った黒いオーラ。魔女になれそう。
「え、えっとね、祭華ちゃんと仲直りさせたいなと思って……ん?」
私が祭華という単語を口にした刹那、綴ちゃんが未だかつて見たことないほどのおかしな反応を見せた。
「祭華? 祭華ならここにいるけど」
「…………へ?」
「ほらここに。ね?」
そう言うと綴ちゃんは、自分の隣にさも祭華ちゃんがいるかのように空白へ目配せをしてみせた。
「お前に付き合ってる暇はない。これから祭華とうちで愛し合うつもりだから。ほら、祭華もそう言ってる」
でも性格は綴ちゃん好みに作り変えられてる。
「まあまあ、そう言わないで。イマジナリ……」
イマジナリー祭華ちゃんじゃなくて現実の祭華ちゃんが待ってるよ。なんて言葉、口が裂けても言えそうになかった。
「とりあえず来て!」
ええいもう強行突破だ。私は綴ちゃんの腕を強引に引っ張り、先輩が示した合流先へと向かう。
途中で「……祭華、ちょっと待っててね」って言ってたけど、案の定、それに返される言葉はなかった。
イマジナリー祭華ちゃん概念、ほんとに怖い。
☆☆☆
フォミラはなぜか綴のところに行ったし、先生はいつもと様子が違う私から逃げるようにそそくさと職員室に戻っていった。
寂しくてしょうがないけど、一人で帰ろう。
私はバックを持って教室を出た。
なんでフォミラは綴の方行っちゃうのかな〜。せっかく今日は思う存分甘えてあげるって言うのに。
いつも甘えて甘えてって言うフォミラにはまたとないチャンスなのに。
そうぶつくさと文句を心の中で垂れ流していると、目の前のいかにも強者ですって感じで腕組んで壁に寄りかかってるお姉さんが、目に留まった。
そしてそのお姉さんは私に向けて、こう言い放つ。
「お嬢さん、ちょっとお話し、いいかな?」
「よくない」
そのまま過ぎ去った。
なんだよお嬢さんって。明らかに嫌な予感しかしないんだけど。
そう思っていると、お姉さんは速足で逃げ去ろうとする私の腕をかなりの握力で掴んできた。
「おっちょっ、そんなこと言わないで待てって」
「離せ! お前絶対変なやつだろ! 私の勘がそう告げてるんだ! 間違いない!」
振り払おうにもこの人力強すぎて振り払えない! なんかミュージカルみたいに踊ってる感じになっちゃうし!
「いや、別に変人ではないと思うが……。そんなことより、あたしはお前の友達に頼まれてお前を引き留めてるんだ。ちょっと話くらい聞いてくれよ」
それを聞いて、お姉さんの言葉に、ようやく耳を傾ける気になる。
私は振り払おうとするダンスを止めて、呼び止めるお姉さんの方へ目をやった。
すると、そこにはいかにもスポーツやってそう なイケメン女子がいた。
さっきまではキザっぽい印象だったけど、この正義感の強そうな人なら大丈夫かも。
「聞いてくれる気になったか。まあまずは自己紹介だ。あたしは常盤茜。二年生だ」
そうリボンの色を強調する先輩。
二年生って赤いんだ。
「で、お前は確か、白井祭華だな」
「え? 私のこと知ってるの?」
まさか私の悪名が二年生にまで知れ渡ってるなんて。誰だ言いふらしたやつ。
私が腕まくりして犯人探しに出ようとすると、その手を止めて先輩は口を開いた。
「いや、さっき美兎から聞いた。変態を虜にするとんでもないやつだって」
「なるほど理解した。つまりあの女を潰せばいいわけね」
八つ裂きにしてやる。
私はこの四日間の恨みを込めた拳を握り締めて職員室へ足を向けた。
「違うぞ?」
けど、またしても先輩に捕まれ動きを止められる。
ちいっ。いくら進もうとしてもこの先輩力強すぎて私の全力でもびくともしない。
「…………。美兎が今年の一年はヤバいって言ってた意味がわかったよ。これは去年のあたしより酷いな」
やれやれと言った感じに額に手をやる先輩。
「先輩ってヤバいやつなの?」
率直な質問を投げつける。
まあ自分からヤバいやつだなんて言うバカいないと思うけど。
「ヤバいと言えば、ヤバいな」
あ、たぶんバカだ。
だけどこれ以上その話は言及しないらしく、先輩はそれすぎた話の軌道を修正するべく言う。
「あたしの話はいいんだよ。それより、お前のことだ」
「私の?」
「そうだ。とある場所にお前を連れて行くよう頼まれててな」
たぶんフォミラかな。さっき私を置いてどっか行ってたから。だけど、今日はそんな気分じゃないし、断ろう。
「ごめん先輩。私今日は帰りたいんだ。また今度遊ぼうね」
やんわりと断り、あるわけのない次の約束。これで普通の断り方はマスターできた。
きっとこの先輩もわかってくれるはず……。
「いや、帰さないぞ」
「へ?」
なんで拳構えてるわけ?
私のそんな疑問形は意味を成さず、先輩は近づいてくる。
「え、ちょっと待って! まずは話し合おうよ! そっちの方が絶対平和だって!」
「別にあたしは平和が好きなわけじゃない。あたしはな、殴り合ってほんとの気持ちをぶつけ合ってこその友達だと思うんだ」
「これ私が一方的に殴られるだけだよね!? 殴り合いじゃないよね!?」
「安心しろ。あとで一発殴らせてやる。まあ、殴る気力があれば、だけどな」
「ねえ待って! ほんとにそれはダメだって!」
このめちゃくちゃ強そうな先輩に殴られたら私絶対死ぬ自信ある。神様お願い! 私を助けて!
「なんてな。そんな乱暴な真似はしないよ」
私の祈りが通じたのか、先輩はぱっと手を開いて攻撃の意思はないとジェスチャーしてみせた。
「え!? ほんと!?」
良かったー。さすがにそんなイカれた人じゃないよね。安心あんし……。
「嘘に決まってるだろ!」
「ぶがっ」
ほんの一刹那だけど、死んだはずのおばあちゃんに会えた気がした。
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