四話 決闘 ーバドミントンー その参

「さあ出てこい魔法少女! この俺がぶちのめしてやる!」

 音がする場所に到着し、私が最初に目にしたのは。


「………………帰っていい?」


 目にしたのは、公園の砂場で爆竹を使って遊んでる男の姿だった。


 ねえせっかく街の危機だと思って転身までして駆けつけたのにさあ、待ってたのが、男が爆竹で遊んでるだけだったって何? バカにしてんのか?

 私は呆れて何も言えないまま、踵を返す。


「帰るな! 俺と戦え!」

「じゃあ死ねよマジで」

 そう慈悲のない言葉を放ち、苛立ちを通り越して呆れを覚えた顔をする。

 そして、まだ膝をついて爆竹を眺めてる男の顔面をぶん殴った。

「ぶゥ、ガッ、ゴゴゴゴゴ!」

 岩のように砂場を転がっていく男。

 私はそれに追い討ちをかけるべく、まだ残っている爆竹を投げつけた。

 受け身を取って立ち上がったばかりなのに、また吹っ飛ばされる男。

「ギャアアアアアアア!」

 断末魔のような声が聞こえる。


「このまま死んでくれればいいのに」

 魔法少女らしからぬ正義のカケラもない言葉を放ちながら、悠々と爆発した方向へと歩を進めた。

 トドメの一撃。マジカル爆竹を片手に。

「さあ、言い残す言葉は?」

 黒コゲの男の前に立ちはだかり、訊ねる。

 冷ややかな瞳。握りしめられた拳。火のついた爆竹。

 殺す準備は整っていた。


「この程度の爆発で、俺を殺せると思うなァ!」

「は!? 嘘でしょ!?」

 殺す準備は整っていた。整っていたはずなのに、肝心の相手がまだピンピンしていた。

 こいつ人間じゃねえだろ! 爆竹直喰らいしたんだよ!? しかもかなりデカめの!

「殴り合おうぜ魔法少女!」

「歯ぁ食いしばれ!」

 大きな口を開け笑う男の口に、最後の爆竹をねじ込んだ。

 さすがにこれで倒れるよね……。


「ハァ! 俺はこんな卑怯な手には負けん!」

 絶句した。

 生きてるのかよ。

「主人公みたいなこと言うなこの野郎!」

 主人公は魔法少女って相場が決まってんだよ!

 怒声を上げて、私ことネクサスは男の頬に右フックを入れる。

「いいね! 重い拳だ!」

 私の渾身のフックをモロに受けたはずなのに、男は怯むことを知らずに反撃の拳を振るった。

「っぐぅ!」

 腹部目掛けて放たれた正拳突き。受け止められたはいいものの、重くて衝撃が身体全体に伝わってくる。

 今までネタ枠だと思ってたけど、こいつ強い!


「さっきまでの勢いはどうした!?」

 その言葉とともに放たれた蹴りで、私は地面に叩きつけられた。

 背中と手のひらに衝撃が伝わる。受け身は取れててすぐに立ち上がれても、痺れでうまく拳を握れない。

 拳握れなかったら、私どうやって戦えばいいんだよ!


「つまらんやつだな! 喰らえ!」

 もうガードも間に合わない!

 私は歯を食いしばり目を瞑る。

 せめて、気絶くらいにで勘弁してください……!


「…………あれ? 痛くない?」


「ナニィ!?」

 私の疑問形とともに、男の驚愕した声が聞こえた。

 いったい何が起きたんだろう。恐る恐る、目を開ける。

「祭華を守るのは、わたし」

「へ?」

 瞳を開けても、疑問は尽きなかった。


 フリフリな紫の衣装。身体の所々に紫色のリボンがつけられ、頭には髪飾りのようにリボンがぽつりと一つついている。

 その姿は、どこかで見たことあるような見た目だった。

 え? なんで?

「なんで、綴が魔法少女になってるの?」


          ★☆☆


「ここはあたしに任せて、祭華を助けに行ったらどうだ?」

「…………行こう」

「え、ちょっと待って。なんで綴ちゃん普通に行こうとしてるの? 雑魚敵は雑魚敵だけど、生身の人間が勝てるわけないじゃん」

「この女の強さは、わたしが保証する」

「そういうことだ。さあ行け!」


 おおっ! さっきまでバチバチにやり合ってたけど共通の敵を見つけて共闘という王道激アツ展開! しかも互いの力を認め合ってる!

 ああ〜! こういう少年漫画的な百合もありだね。

 そうキュンキュンと心臓を締めつけられながらも、綴ちゃんと一緒に先を急ぐ。


「まとめてかかってこい!」

『『イーッ……ギャッ!? ゴッ! グッ』』

 グランボットたちの断末魔が聞こえた。

 さすが茜先輩。魔法少女でもないのにグランボットをギタギタにしてる。

「ふははははははは! やっぱり殴るって楽しいなぁ!」

 悪役みたいな笑い声。

 魔法少女の味方とは思えないけど、まあそんなの今さらだしいっか。


「ねえ」

「どうしたの? 綴ちゃん」

 綴ちゃんから私に声をかけてくるなんて、珍しい。私は少し喜びを感じながら、足を止めた。

「さっきのあれ、わたしと祭華を仲直りさせようとしてたの?」

「うん。そうだよ」

 即答だった。

 私はこれで会話を終えたと思い、再び前へと駆け出す。だけど、綴ちゃんはまだ終わらせたくないらしい。

 私の袖を掴んで、口を開いた。

「どうして? どうして祭華と仲直りさせようとしたの? だって祭華が好きなんでしょ? どうして敵なのに、わたしを助けるの?」

 そう訊ねる綴ちゃんの顔は、とても不可解そうな顔をしていた。

 どうして助けるのかなんて、そんなの決まってるじゃん。

 私は頬を緩めて、綴ちゃんの肩に手を置いた。


「だって、綴ちゃんが悲しんでるところなんて見たくないから」

「…………へ?」

「私ね、幼馴染み同士は仲良くあってほしいの。そっちの方が私的にはメシウマだから」

「メシウマ?」

「あ、それはこっちの話ね」

 いけないいけない。私情はしまっておかないと。

「とにかく、綴ちゃんは祭華ちゃんと仲良くしててほしいの。幼馴染みなんだから。それに祭華ちゃんも綴ちゃんがいないとおかしいし」

 さすがに先生に甘えるとは思ってなかったけど。


「そう……」

「私は祭華ちゃんだけじゃなくて、綴ちゃんのことも大好きだからね」

 最後に満面で綴ちゃんにそう告げた。

「……ふっ」

 すると綴ちゃんは、目を凝らさないとわからないような小さい笑みを見せてくれる。

 それだけでも嬉しかったんだけど、その直後、もっと嬉しい表情になってくれた。


「ありがとう、フォミラ」


 小さな笑みから、いつもなら祭華ちゃんにしか見せないような満面の笑みを私に見せてくれたのだ。

 その笑顔は、つい昨日まで私が恐怖してボスとか呼んでいた娘とは思えないほど、かわいくて優しい顔だった。

 でも、その笑顔より、もっと一番嬉しかったことがある。

「はじめて、私のこと名前で呼んでくれたね」

 それはこれだった。

 今まで絶対に名前でなんか呼ばないみたいなオーラ出してた綴ちゃんが、ようやく名前で呼んでくれた。

 こんなにかわいい笑顔で名前呼んでくれる綴ちゃん、最高!


「確かに。今まで死んでも呼びたくない名前ランキング一位だったから」

「酷いなぁ綴ちゃん」

「酷くない。幼馴染みを寝取ろうとしたんだから、これくらい当然」

「別に寝取ろうとしたわけじゃないけど……」

 二人っきりでそんな会話に花を咲かせていると、私の腰に掛けられている四次元ポシェットが輝き出した。


「フォミラ、眩しい。まさかここまで油断させておいてわたしを殺す気だったんじゃ……」

「違う! この光は私も知らないよ!」

 ほんとになんなのこの光!

 そうこうしているうちに光が止み、私の手のひらには、カレイド・リングがあった。

「…………二つ目?」と綴ちゃん。

「確かに、二つ目だね」

 こんなエモいタイミングで現れるってことは、二つ目を使うのは絶対に。


「綴ちゃん、これを使って、魔法少女にならない?」


「…………魔法少女?」

「そう、魔法少女。今祭華ちゃんはきっと大変なことになってると思う。もしかしたら負けちゃってるかもしれない」

 私がそう言うと、いても立ってもいられないような、もどかしそうな顔をする綴ちゃん。

 そのまま駆けようとする綴ちゃんを止めて、私はこう続けた。

「だけど、綴ちゃんが変身すれば祭華ちゃんを助けられる」

「ほんとに?」

「ほんとだよ。だから……」

 息を深く吸い込んで、私は改めて綴ちゃんに言い放った。 


「私と契約して、魔法少女になってよ!」


「死ね」

「あ〜ん! 冗談だよ綴ちゃん! 別に願いとか叶えれないから! 私騙したりしないから! 魔女とかにしないから〜!」

 そっぽを向いてどこかへ行こうとする綴ちゃんを抱きついて止める。

 さすがにふざけすぎちゃったかな。

「…………反省すればいい」

 そう言って綴ちゃんは私からリングを受け取ってくれた。

 そしてついに誕生する。二人目の魔法少女が。

「転身」


          ☆☆☆


「…………ということがあって、魔法少女になることになった」

 敵の拳を受け止め吹っ飛ばした綴は、私に茜先輩がめちゃくちゃ強かったり、フォミラと仲直りしたり、魔法少女になったりしたことを結構詳しく話してくれた。

 私が爆竹で遊んでる間にそんな濃ゆいことが。


「なるほど。てことは、もうフォミラのことは大丈夫なの?」

「うん。祭華とわたしの恋路を邪魔しなそうだから。祭華の貞操は奪われそうだけど」

 絶対に誰にも奪わせないから。


「ハッ! 魔法少女が二人もいるとは。これで戦も楽しくなると言うもの!」

 男は全力で綴に殴りかかってくる。

「死ねクソ野郎」

「ッがハッ!」

 けど、またしてもライナーのような飛球で吹っ飛ばされていった。

「…………わお」

 綴の手には、マジカルなステッキ。

 私と違って武器持ってるの、羨ましい。

「チィッ! まだまガグッ!」

 再び吹っ飛ばされてく。

 私はお行儀良くお座りをして、もう綴に全てを任せることにした。


「綴、私のこと守ってね?」

「うん。絶対守る」

 そう言って、綴はマジカルなステッキを構える。

 魔法使うのかな。私とは違って。

 私とは違って!

「クソ! まだだ!」

「いいや。これで終わらせる」

 すると、綴はマジカルなステッキに力を込めた。ギュインギュインとエネルギーの粒子がステッキに集約されていく。

「ハアアアア!」

 そして全ての力を解き放つかのように、ステッキを振るった。

「死ね」

 放たれる特大魔砲。

「ッグアアアガガガガガガ!」

 彼方へ吹き飛ばされていく男。

 そうして、綴は魔法少女としてはじめての勝利を収めたのであった。

 さすが綴。初回補正抜きにしても、さすがにこれは強すぎる。


「綴、これから魔法少女として、よろしく」

「うん。祭華のついでに、世界も守る」

 私が差し伸べた手を、恋人繋ぎ的な感じで握り返してくる綴。

 そのせいで若干の歩きづらさはあるけど、今日くらいは大目に見よう。


 そういえば綴の言葉でふと疑問に思ったけど、敵の目的ってなんなんだろう。

 サンバのケンコは四次元ポシェットを狙ってきて、あの男はただ戦いたいだけに見えた。男の方は目的そっちのけで戦ってると考えていいから、親玉の目的はきっとケンコも狙ってる四次元ポシェットに違いない。

 どうせ無理やり奪ってくるやつの考えなんてろくなことがない。

 だからたぶん、綴の世界も守るっていうのも間違いじゃないのかな。


「あたしの思惑通り、仲直りしたな」

「いやぁ〜、先輩のおかげで助かっちゃった。ありがとね」

「いやいいんだ。良いもの見れたからな」

「へぇー。先輩、女の子同士が好きなんだー」

「………………否定は、できない」

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