十一話 ルナティック その弐
壊れたカレイド・リングと、黒鉄の腕輪で転身を遂げた祭華ちゃんは、いつものカレイド・ネクサスとは違った。
衣装の色が黒と赤を基調としたものになって、首元に飾られている宝石は、ドス黒い赤に染まっている。アイボリー色だったリボンも真っ赤だ。
そして一番の違いは、背中の右側にだけ黒い翼があること。
その姿は禍々しくも美しく、儚い姿だった。
「でも知っていますか? それ、かなり危ない腕輪ですよ!」
先手必勝と言わんばかりに、男は腰からハング、胸部や脚部のハッチを開き、ミサイルを発射していく。
「知ってるよ」
鈍い音とともに、煙がネクサスを覆った。
でも、どうしてだろうか。
ネクサスは無事だと、そう思えた。
「……チッ! やはり、これじゃダメですか」
霧が晴れる。
けど、そこには先程まであったネクサスの姿はない。
男は弾切れか、焦りの表情で二門のレール砲を構えるが、もう遅かった。
「どんな代償も、どんな痛みも、全部覚悟でここまで来てんだよ!」
男の頭上に現れたネクサスは、全力で拳を叩きつける。
「ガッ!」
咄嗟に片腕を盾に変えガードするも、ネクサスの拳は盾を突き破り、胸部へと入った。
数歩のけぞり怯む男。その好機を逃さず、ネクサスは全力のアッパー喰らわした。その勢いのまま腰を捻り、ストレートを男のみぞおち、コアにぶつける。
「アグゥアアッ!」
「はっ! 死ねよクソ野郎! お前は私に倒されるためにいるんだからさあ!」
コアを集中して殴り続けるネクサス。
ネクサスは、新しいおもちゃを与えられた子どものような無邪気な表情をしていた。
でも、無邪気なはずなのに、狂気も感じてしまう。不思議で、恐怖を感じるような表情だった。
「チッ!」
舌打ちを鳴らしながら、男は二門のレール砲を放った。
「効くわけないでしょ? そんなの!」
放たれる光線は、右翼で打ち消される。
またネクサスのターンがはじまる。
ネクサスは拳を前に突き出し、男のコアを再び破壊しようと試みる。
「とっとと、死ねやああああ!」
「死は私には訪れない!」
刹那、ネクサスの腹部に大きな衝撃が加わった。
「……あがっ!」
男が左腕に装着していた戦鎚が、ネクサスに入ったのだ。
濁った悲鳴とともに、ネクサスはその場に静止したかのように立ち尽くす。
「あら? 完全に沈黙しましたね」
ネクサスが、動かなくなってしまった。
「…………え? 嘘でしょ、祭華ちゃん。祭華ちゃん、ねえ、聞こえてる?」
いくら呼びかけても、祭華ちゃんから反応はない。
「そういえば、もうあなたって必要ないんですよね」
禍々しいリングを片手に言う男。
ゆっくり、ゆっくりと男は私へと右腕の剣を向けた。
唖然とする私には、何もできない。
ただ自分の死が近づくのを実感しながら、彼女の方を眺めていた。
「感謝します。あなたのおかげで、私は神になれる!」
そう剣を振りかぶった瞬間だった。
「…………ん? 何ですか? この音は」
男の背後から、ドッドッドッと、鼓動が高鳴る音がする。
そしてその鼓動は、だんだんと速く、速く、強く、強く、この場を支配して波打つ。
それはまるで、爆発寸前の機械のようだ。
その正体は、魔法少女の胎動だった。
「……ッゥ!?」
男は驚愕のような、悲鳴のような、奇妙な声を上げて数歩のけぞる。
刹那の出来事だったから、その時はわからなかった。だけど、今はわかる。
ネクサスが、目を覚ましたのだ。
先程までのネクサスとは違う。
胸のクリスタルから、炎のような真っ赤な何かが放たれていた。
ネクサスは拳を握りしめる。
「へぇー……。それも、魔法少女ってことでいいんですか?」
その問いに対する答えが返ってくることはなかった。
代わりに、ネクサスは男に向かい駆け出す。
反撃にハングを使い振り落とそうにも、ネクサスは目にも止まらぬ速さでハングを破壊し、もう片方の鞭すらも翼で斬り裂いた。
「チッ!」
男にある攻撃手段は、もう近距離用の武器しか残っていない。
右の戦鎚で反撃を試みる。けど、ネクサスは戦鎚の横振りをかがむことで避け、相手の両腰についているハングや鞭の根本を引きちぎった。
「ギィガアアアアアアアアアア!」
人が出してはいけないような、機械が軋むような音を喉から鳴らす男。
激痛を感じているのは簡単に理解できた。
そして怯んだ男の右肩に、拳を振り落とす。
「アグガアアッ」
また高い悲鳴が聞こえる。
肩から全身に走る激痛に悶えながらも、男は反撃として闇雲に剣と戦鎚を振り回しはじめた。
けど、そんな闇雲な攻撃は、ネクサスには当たらない。
数秒も経たぬうちに、ネクサスは右腕を男から引き抜いた。
血なのか、オイルなのか、赤黒い液体が垂れ、配線や骨が露わになっていく。
「ッッッッ!」
とうとう悲鳴は声すらも上がらなくなってしまった。
片腕をなくした男に、ネクサスは膝を落とさせる。
そこから、続く。
ゴッゴッゴッと鈍い音。
男の重量からか、ネクサスの拳の衝撃からか、床が少しずつ削れていった。
「…………」
何も言わず、ただ男を殴り続けるネクサス。
その姿は、魔法少女というにはあまりにも暴力的すぎた。
私の知っている、魔法少女、カレイド・ネクサス……いや、祭華ちゃんではなかった。
いつも感情豊かな彼女は、今はまるでマシンのように男を殴りつけている。
それが、私にはどうしても怖くてたまらなかった。
あれが黒鉄の指輪と呼ばれているものの力なのだろうか。
もしも叶うなら、もう二度とあれを使わないでほしいと、私は願う。
「ヂッ! 僕は死にたくない!」
その声の刹那、床が崩壊し下の層へと落下していく。
瓦礫に埋もれるネクサス。その間に男は右腕、腰部のハングと鞭を回収し、無理やり右肩へと捻じ込み、合体させた。
ちぎれた配線や砕けた骨、ボロボロのハング、先の欠けた剣などの混じった歪な腕が完成する。
「魔法少女ごときに、僕は止められていい人間ではない!」
歪な腕が瓦礫から、解放されたばかりのネクサスへと向かってくる。
それに応戦するため、ネクサスは腰を引き身体を大きくよじり、力を溜めはじめた。
いつもの祭華ちゃんのフォームだ。
「死ねエエエエエエッ!」
男の放つストレート。
それに対しネクサスは思いっきり力を解き放つような一撃を……。
「…………あがっ」
……放つ前に、血反吐を吐き出した。
「祭華ちゃん!」
私の声の瞬間に、男の腕はネクサスの無防備な身体へとぶつかった。
「っばあっっ!」
背中から壁に激突し、その場に倒れ込むネクサス。
…………いや、その時には、ネクサスではなく、祭華ちゃんへと戻っていた。
「祭華ちゃん!? 祭華ちゃん! ねえ祭華ちゃん! 祭華ちゃんってば!」
檻の中から、吠えるように必死に呼びかけ続ける。
けど、どれだけ呼びかけても祭華ちゃんが目を覚ます気配はなかった。
「…………なるほど。一時的に心臓の鼓動を無理やり速めることで運動エネルギーを膨張させて、素早さ、回転力を上げる。そう考えると、小柄な体型でよくこの時間戦い続けましたね。これも魔法の力というものでしょうか」
男は左手を顎につけながら、ブツブツと言う。
待って。そうなると、祭華ちゃんの身体に限界が来たから、動きが止まったってことだよね。
私がそう段々と最悪な方向に思考を巡らせていると、男はまた不気味な笑顔を浮かべ、高く笑いはじめる。
この私ですら、殺してやりたい。そう思えるほど嫌な笑い声。
「ふぃひひひひ! 先程までの勢いはどこへ行ったんでしょうかねェ! あれほど優勢だったのに。つまり、所詮は普通の女の子だった、というわけですか」
今まではそれになんとか耐えられていたけど、今回は耐えられそうになかった。
「祭華ちゃんは、普通の女の子なんかじゃない!」
目を大きく見開き、言い放つ。
「祭華ちゃんは、ちょっと……かなり変で、おバカで、優しくて、ほんの少しだけクズで、自己中心的で、すっごいかわいい女の子なんだから!」
自分で言ってても思う。
どうしてこんなこと言ってるんだろうって。どうして、そんなところでムキになってるんだろうって。
だけど、どうしても言い返したくなった。
祭華ちゃんは、お前なんかが思ってるよりもずっとすごいんだぞって。
「……で、それがどうしたのですか?」
勝ち誇った、済ました顔で訊ねる男。
それに私も、不敵な笑みを浮かべた。
そんな笑顔を浮かべるべきじゃない状況なのはわかっている。
でも、祭華ちゃんのことを思い出してると、笑みがこぼれてくる。
だって、祭華ちゃんは……。
「祭華ちゃんは……カレイド・ネクサスは、絶対に負けないってこと」
そう、私の祭華ちゃんは、最強だから。
その瞬間、私の身体と、男のモニターに映っているポシェットが眩く輝きをはじめた。
……なんだろう、この光。
思わず手を伸ばして、掴もうとした。
でも私の光は、私の手じゃ掴めなかった。
光は、祭華ちゃんの右腕へと集中していく。
檻が砂のように崩れて、ポシェットがいつも通り、私の肩に戻っていく。
「私の、力が……」
男は絶望に膝をついた。
あらら。倒れ込んじゃった。
それよりも、祭華ちゃんの方行かなきゃ。
「祭華ちゃん、大丈夫!?」
「…………んぁ、う、うん。大丈夫」
祭華ちゃんに熱烈に抱きつくと、温かった、あの時の懐かしさが私の心を支配する。けど、どうしてだろうか。
あんなにも温かさを感じていた祭華ちゃんの身体が、今は冷たく感じる。
祭華ちゃんの身体は、冷たい。
「違う! そんなことよりフォミラだよ! 大丈夫!? なんかされてない!? されてたら私がぶっ殺すから!」
祭華ちゃんは急に思い出したかのように私の身体をペタペタと触りはじめた。
そうやって自分のことよりも、私を見てくれる祭華ちゃんが、本当にかわいくて、優しくて、愛おしくて仕方がない。
また、穏やかな笑みがこぼす。
だけど、そんな時間も長くは続かないみたいだ。
「…………あなたたち、なぜポシェットを取り返した程度で、勝ち誇った気になっているのですか?」
男はまた嫌な笑みを浮かべながら、私たちに言う。
その左手には、リングがあった。
はっ! 忘れてた!
「フォミラ下がってて」
「ううん。ポシェットを取り戻したなら、私だって戦えるよ」
「嘘つけろくなもん入ってないじゃん!」
「そんなことないよ!」
私を下げたり、私が前に出ようとしたり、それを繰り返しているうちに、男はリングを歪な腕に装着しはじめる。
「ふぃひひひひ! これでようやく、ようやく私はこの世で最も高位な存在に、神になることができる!」
そして、男は言い放つ。魔法少女しか言ってはいけないあの言葉を。
「転身!」
いったい何が起こるのか、どんな恐ろしいことが待ち受けているのか、恐怖のままに再びで抱き合いながらビクビクと震えていると。
「…………あれ? 何も起きてないね」
「そうだね。なんか、見た目変わってないね。キモいメガネ野郎が魔法少女のコスプレしてるところ見たかったのに」
祭華ちゃんは相変わらず言うことが酷いね。
祭華ちゃんの言う通り、男は転身することができず、ただ転身って言ってしまった恥ずかしい人になっていた。
「なぜだ!? 調整はしたはずなのに! 私の持てる技術を全て詰め込んで改良を行ったはずなのに! なぜ、なぜ私は転身できない!?」
そうリングに文句を言いながら叩いたり「はぁー」と息をかけて接続をよくしようとしたりする男。
その残念な姿を見ている時、ふと思い出したことがあった。
「あ、カレイド・リングってね、私好みの女の子にしか反応しないんだよね」
「…………へ?」
男の力の抜けた声が聞こえる。
もう全てに絶望したかのように、男は膝をついた。
「そんな……僕が、僕が、神になるはずだったのに…………」
「神になるとかそうやって言うやつってさ、だいたいろくな目に合わないよね。ソースはキッズ向けアニメとか特撮」
「確かに。たぶんあの人はそういうのを観て育たなかったんだね」
だからクソ野郎なんだね。
「僕をバカにするな! 僕は、僕は貴様らより高位な存在になるはずの男だぞ! 僕は、神になる男だったんだぞ! 貴様らに邪魔さえされなければ!」
涙を流しながら必死に吠え続ける男。
その姿は、もう目も当てられないほどに情けなかった。さっきまであんなに強かった人とは同一人物とは思えない。
「そうやって人のせいにしてさあ、神になるだとか、自分が変われないから、世界を変えてやろうとか、そういうのって、なんか恥ずかしいよね」
「確かに、祭華ちゃんが言うと説得力があるね」
祭華ちゃんは、ちょっと変で友達の少ない変えようとした娘だからね。
でも、祭華ちゃんは変わる必要なかったけど。
「うるさいうるさいうるさいうるさい! 貴様の意見など聞いてない! 殺してやる! 貴様なんて殺してやる!」
祭華ちゃんの言葉があまりにも心に突き刺さったらしく、怒りのままに突進してくる男。その攻撃を祭華ちゃんは、転身もせずに優々と避けた。
闇雲に動く男は、とても見ていて虚しくて、弱々しくて、悲しくなってくる。
「アダッ」
祭華ちゃんが足を引っ掛け転ばした。
そして腰を大きくよじり、右手を限界まで引っ込めて、溜めを作る。
「私さ、お前見て今気づいたよ。私は、確かに変なやつで、友達は多くないけど、それでもいいって」
「…………どうしてお前が開き直るんだよ! 僕はまだ負けてないぞ!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになりかがらも、男は吠えた。
「開き直るとか、そういうのじゃなくてさ、ふと思い出したんだよね。私のこと変だなんだって言ってきたやつってさ、それ言ってる時、すっごい笑顔だったんだよね、私といる時。すっごい楽しそうだった。だから、私の変は、悪いことじゃないって」
ぐぐぐ……。と力を溜めつつ言う祭華ちゃん。
その言葉は、本当にその通りだと思える。
祭華ちゃんは、みんなに受け入れられてるから。どんなことをしても、一緒にいてくれる友達とか、仲間がいるから。
「黙れ! 僕だって受け入れられるべき存在だったんだ! それを突き放したのはあいつらじゃないか! 許されないことをしたのは、あいつらじゃないか!」
立ち上がり、右腕にレール砲までも合体させて力を溜めはじめる男。
「やっぱり。結局そうやって人から逃げたって、受け入れられるわけないんだよね」
いつもの煽り口調をやめて、優しく、諭すように言う祭華ちゃん。
だからだろうか、この時の祭華ちゃんは、いつもよりも大人に見えた。
「まあ、お前は何があっても受け入れられないけどなぁ!」
前言撤回。
祭華ちゃんは幼い。
「うるさい死ねエエエエエエエエエエエエ!」
祭華ちゃんの渾身のオチで、怒りのゲージも力のゲージもマックスになった男は、全力で祭華ちゃんに拳を向けて駆け出した。
「死ぬのは、お前じゃボケ!」
男の拳が速いか、祭華ちゃんの拳が速いか、その問いの答えはすぐに出た。
『ジュネッスガールパンチ!』
祭華ちゃんの拳は、男のメガネを貫き、顔面へと到達していた。
勝ったのは祭華ちゃんだ。
「…………あがっ」
倒れ込み、完全に沈黙する男。
「覚えておくといいよ。お前を今倒したのは、魔法少女じゃない。ちょっと変で、自信過剰で、おバカな女の子だってこと」
「あぁっ…………」
もう起き上がらる気力も失い。男は空気が抜けていくような声しか出せないようだった。
その哀れな姿を目にして、私はほっと息をついた。
これで、ようやく終わったんだ。と。
「じゃあ行こう? フォミラ」
けど、祭華ちゃんは手を差し伸べてくる。
まだ終わってない。そう言いたげな顔で。
確かに、そうだね。まだ終わってないよね。
「うん。行こっか。祭華ちゃん」
満面の笑みで、私は祭華ちゃんの手を取った。
祭華ちゃんの手って、すっごい小さくてかわいい。
一日振りの感触が、今の私には何よりも心地良かった。
「…………あのさ、私の手のひら揉むのやめてくれない」
「あ、ごめん」
祭華ちゃんは別に心地良くなかったらしい。
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