三話 盗まれたカレイド・リング その壱

 私がまたサンバを彼方に飛ばしてから数時間が経って、早いものでもう下校時間がやってきた。


 もうクラスでは様々なグループができているらしく、お嬢様ですわグループ、バリバリ陽キャグループ、お嬢様というか百合見守りグループ、そして、私たち三人の変人グループ。

 本当は私も陽とか人が多いグループに行きたいんだけど、この変態二人がいるせいで何もできない。


「ねえ祭華ちゃん、帰ろ? 私と。それから二人の愛の巣でイチャイチャしようよ〜」

「フォミラ、お前を殺す」

「え!? 抱きついただけで!? 殺す判定大きくなってない!?」

「祭華をあんな危険な目に遭わせているお前は、祭華に触れる権利はない。絶対近いうちに殺してやる」

「こら坂目、入学二日目でクラスメイトに殺人予告はダメだろ。さすが祭華の幼馴染みだ」

「ねえ先生、なんで私が一番やばいみたいな言い方なの? 絶対こいつの方がやばいやつだよ? 私の隣のやばいやつだよ?」

 先生がしつこく私に絡みすぎて、もう敬語なんて使わなくなっていた。


「いいや。私的にはお前が一番危ない。入学試験もギリギリだったしな」

 え、地味にショックなんだけど。

 試験結構頑張ったのに。結構自信あったのに。


「そんなことより、顔だけはいいよな、お前」

 私ががっくしと肩を落としていると、先生はそんな私の頬をぐにぐにと揉みほぐす。

 みんなほんとに私の頬大好きだよね。

「先生、今すぐ祭華からその手をどけてください。でないとわたしが先生に何をするかわかりません」

「ほらね先生。こいつ頭おかしいでしょ?」

 これでようやく私の問題児の称号が綴に移籍されるはず。

「嫌だね。私はお前らみたいな変態生徒の相手をして疲れてるんだ。ちょっとくらい癒しがあってもいいだろ」

 そう言って私をぬいぐるみのように抱き寄せた。


「あ、ちなみに祭華。お前は問題児、坂目やフォミラは変態だ。そこら辺はしっかり分別しないとな」

「…………えー」

 結局私は問題児なんだ。

 結構ショック。

          ☆★☆


 祭華は昔から身体が小さい。それに伴って、めちゃくちゃ弱い。元の運動能力は高かったりするんだけど、なんせ身体に力がない。それをどうにか鍛えようともしない怠け者。


 だからこそ、わたしが祭華を守らないといけない。

 妻を守るのは夫の役目。わたしはなんとしても、あの変態から祭華を守らないといけない。

 祭華を魔法少女にさせないために、あの女から祭華を取り戻すために。


「とりあえず、祭華を変身させないようにしないと」

 ベッドから立ち上がり、呟く。

 リングは確か、あの女が持ってた敵が四次元ポシェットと呼ぶ入れ物に入ってた。

 だからあの女からポシェットを奪う。それが先決だ。

 こうなるんだったら、あのサンバの仲間になるのもありだったかも。

 あ、でも祭華を殴ったからあとであのサンバ野郎も殺す。


 翌日。

 わたしは昨日立てた作戦を決行するべく、あの女に接近した。

 今日も朝から祭華に抱きついてる。なんて羨ましい。

 だけど、羨ましい生活も今日で終わる。

 あの女を祭華から遠ざけるのだから。

「あ、え、う……おはようございます、綴様」


 わたしが近づいた途端、やつは祭華から即座に離れて角度四十五度の完璧なお辞儀をして見せた。

「…………うん。おはよう」

 その変わりように、思わず動揺する。わたし、いつからこんな怖い印象持たれたんだろう。

 なんにせよ、都合がいい。これなら簡単に奪え……。


『変身アイテムを寄越せ』

『え〜綴ちゃんも変身したいの〜? ふたりは魔法少女やりたいの〜? もう、そうならそうと言ってくれたらいいのに〜。でも〜、私好みの娘しか魔法少女になれない設定なの〜ごめんね〜』

 あ、ダメだ。奪う前に殺しかねない。うざすぎる。


「ほらお前ら、席に着け」

 ついに祭華から遠ざけることを成功させたわたしは、おとなしく自分の席へ移動することにした。


 その後もあの女が祭華に抱きついたりすることはいっさいなかった。抱きつこうとすることは何度もあったけど、わたしの視線を感じた途端に離れていく。

 これで第一の目標は達成した。

 祭華もきっとこんな感じに褒めてくれるはず……。


『ありがとう、綴。あんな変態から守ってくれて』

『うん。祭華を守るのは、わたしの役目だから』

『そっか。じゃあ、ご褒美あげないとね』

『……ッ!? どうして脱ぐの?』

『ご褒美。今夜だけなら、私のこと好きにしていいよ? どうする? めちゃくちゃ、しちゃう?』


 やばい。祭華がそうやって服をはだけてる姿を想像したら、ちょっとおかしくなりそう。

 鼻血出てきた。

「先生、ちょっと保健室へ」

「はぁ……。お前絶対エロいこと考えてただろ」

 あ、バレてた。


 それからというもの、わたしはあの女を追った。ポシェットを手放すタイミングを探して。

 だけど、あいつは全然ポシェットを手放さない。購買行くのも体育の授業をするのも一緒。

 何かいい手はないのだろうか。


「ねえ綴、今日ずっとフォミラについて行ってるけど、どうしたの?」

 昼休み。わたしが頭を悩ませていると、祭華がかわいい口をもぐもぐさせながら訊ねてくる。

「まさか私に乗り換え!? それはさすがにいけないよ綴ちゃん! 幼馴染み百合が至高なんだから!」

 お前の言葉は聞いてない。

「別になんでも。ただ、この女のどこが良いのかと思ったから」


 変身アイテムを奪うためだなんて言えないから、そう適当な言葉を返す。これも嘘ではないけど。

「その言い方だと私がフォミラのこと好きみたいになってるけど……」

「そうなの祭華ちゃん! やっぱり私たち相思相愛だったんだね! 一方通行の愛じゃなかったんだね!」

 そう言って祭華に熱烈なハグをする。いつものわたしなら、こんなことをされた暁には海の底に沈めて海底↓トランスミッションさせるところだけど、今日のわたしはそんな野蛮なことはしない。

 ただ冷酷な眼差しを向けるだけで、フォミラは祭華からゆっくりと離れていく。

「…………今日はなんか、フォミラも変。いきなり抱きついてきたと思ったら離れるし」

「ま、まあそれはね? あれだよ。学校の時くらいは、節度を持たないとな〜。みたいな?」


「へー……。今日は寒いから、抱きついてほしいかも」


 祭華のその言葉の瞬間、わたしの心臓、そしてあの女の心臓からズギュンッ! と矢で貫かれたような音がした。

「もう! そんなこと言うなら抱きつくしかないじゃない! はあぁ〜、祭華ちゃんの匂いがする。祭華臭がする……」

「え、何それ。結構ショックなんだけど」

 わたしも祭華に抱きつきたい。あの女みたいに胸に抱き寄せて祭華の髪がぐしゃぐしゃになるまでわしゃわしゃしたい。

 そしてわたしの唾で髪を整えるまでがワンセット。


「ん?」

 わたしが殺気を放つのを忘れて指を咥え羨ましがっていると、ポシェットが床に落ちていることに気づいた。

 祭華は満更でもない顔で「やめてよ〜」って言ってるし、当人の女はずーっと祭華に頬擦りしたり犬みたいに頬をぺろぺろしてる。正直女を殺してわたしが代わってやりたいところだけど、今は我慢して、ポシェットから変身アイテムを奪うことに集中しよう。

 そーっと、バレないようにポシェットへと手を突っ込んだ。


 …………。ポシェットには色々入ってるずなのに、全く何も入ってない。朝色々とポシェットの中に突っ込んでる姿を見たはずなのに。

 さすが四次元ポシェットと名乗るだけはある。わたしたちが必死こいて学んだ物理法則を完全に無視してる。今までのわたしたちの勉強はなんだったんだってくらい無視してる。

 このままじゃキリがない、手に入れたいものを想像しながらもう一回手を入れてみよう。


 確か、リングって言ってたし、腕に装着するタイプだったから、腕輪のはず。名前は……そう、カレイド・リング。

 わたしは祭華の着けていたリングを鮮明に思い出しながら、再びポシェットに手を伸ばした。

 すると思惑通り、リングを掴み取ることができた。

「もう暑いから離せ!」

「なんて自分勝手な娘なの!? でもそういうメスガキなところも好き!」

 祭華は顔を真っ赤にして女を引き剥がす。

 わたしは急いでリングをポケットの中に隠した。

 これでもう祭華は変身できない。ようやく、祭華を守ることができる。


          ★★★


「あああぁ! また負けたじゃない! あンの憎き魔法少女ども! 初対面のウチのことをサンバサンバ言って、ウチにはケンコっていう立派な名前があるっての! ほんと、失礼しちゃうわ!」

「愚痴愚痴うっせぇぞお前! しかも言い訳ですらないのかよ!」

「負けるのはしょうがないことだから言い訳なんてしないわ! だって相手は魔法少女よ!? 勝てるわけないじゃない!」

「そんなこと言ってたら、給料減らされるな」

「いいのよ。報告書書いたり実験の手伝いの方が楽だもの」

「はっ! 軟弱なやつめ。俺が魔法少女を倒して四次元ポシェットを奪ってやる! そして、給料アップだ!」

「はいはい。いってらっしゃ〜い」

 やる気のない見送りをし、ケンコは再び筆を取って白紙の報告書とにらめっこをすることにした。

「はぁ〜……。確かに痛いのは嫌だけど、戦う方がマシかも」


          ☆☆☆


「これからもっと使うかもしれないから、中身整理しとかないとね」

 学校も終わって、晩ご飯も食べて、お風呂も入った。あとは寝るだけという状況の中、フォミラは四次元ポシェットの整理をはじめた。

 私はベッドに寝転がって、お姉ちゃんの部屋からかっさらってきたファッション誌を眺めながらフォミラを見守る。


「ねえ、その中って何が入ってるの?」

 素朴な疑問をぶつける。

 だってめちゃくちゃ気になるじゃん。魔法少女の変身アイテムが出てきたり、ぬいぐるみ出てきたり、授業の教科書とかノートだって出てくるんだよ。

 昨日うちに来た時は手ぶらで大丈夫かなって思ってたら、服も下着も全部出てくるし。マジで四次元なのはわかったけど、それ以外にどんなひみつ道具が入ってるのか気になる。


「えっとねー、まずはぬいぐるみでしょ〜、人避け帳の札でしょ〜、一般向け同人誌(百合)と成人向け同人誌(ガチ百合)、普通の漫画(百合)、エロ漫画(ロリ)とか〜。あとは〜」

 だいたいが百合漫画で驚きだよ。

 しかもエロ漫画多すぎ。なんか、ヒロインが私に似てる気がするのは、気のせいなのかな。そう思いながら、漫画を一つ手に取った。

 うわっ。結構過激なことしてる。

 これからはフォミラと寝るのをやめよう。


「あれ? カレイド・リングがない」


「…………は?」

 漫画を読んで真っ赤になっていた顔も青ざめて、思わず床に転げ落ちた。

 今、すんごい聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだけど。

「え!? 嘘でしょ!? なんで!? 確かにここの中に入れたはずなのに! なんでなんでなんでぇ!?」

「どうして失くすんだよそんな大事なもの! 私変身できないじゃん!」

「絶対この中に入れたはずなのに〜! 落とすことなんてない万能ポシェットのはずなのに〜!」


 そうやって汗々とポシェットから色々なものを取り出すフォミラ。猫型アニメで見たことあるような光景が、目の前に広がっていた。

「ねえどうしよ〜祭華ちゃん! 私このままじゃ変身アイテム失くすダメダメ妖精になっちゃうよ〜。……身体で慰めて?」

「ほんとに反省してるの? それ。とりあえず綴に訊いてみるから、フォミラはもうちょっとよく探して」

「…………え、あ、はい。探します」

 意外そうな顔をしてフォミラは再びポシェットの中に手と顔を突っ込む。一方の私は、何か手掛かりがないか綴に電話をするために、一旦部屋を離れることにした。


 今日私たち二人と一緒にいた人と言えば、綴しかいないし。

『どうしたの祭華。今からうちに来る? 裸で待ってる』

「絶対行かないから。てか服着ろよ」

 ワンコール目にして出て、唐突にとんでもない言葉を口走る綴。それを動揺なんてものはいっさい見せずに私は本題に入る。

「それよりもさあ、フォミラがね、いきなり私の変身アイテムがないって騒ぎ出したんだけど、なんか知らない? あの腕輪なんだけど」

 私が訊ねると、綴はしばしの間を置いてから答えた。

『知らない。それよりも祭華、わたし、全裸で待ってる。寒いから早く温めて』

「絶対行かないから。早く服着ろよマジで」

 そう言ってブツリと通話を切る。

 さすがに服着てないは冗談だよね。


「綴知らないって」

「私も知らない! 落とすはずなんてないもん! でもないんだもん! きっと罠だよ! いつの間にか盗まれてたんだよ!」

 フォミラも見つけられてなさそう。

「どうせ引っかかる罠なら美少女に変身アイテム奪われたかった! 名前は……マヤちゃんとか! そっち系の名前がいい!」

 なんか話が脱線してよくわからないこと言い出してるフォミラは放っといて、再びベッドに横たわる。

 横になると不思議なもので、頭が整理されてる気分になる。

その時にふと、綴が返事をするまでの間を思い出す。

 …………まあ、綴だし変身アイテム盗むなんてことしないよね。


          ☆☆

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