二話 ワタシが問題児で魔法少女 その弐

 わたしの幼馴染みは、かわいい。

 身長一三六センチ、髪型はいつもさらさらストレートの金髪で、前髪は目にかからない程度に長い。大きくてくりくりとした綺麗なエメラルド色の瞳に、小さく小学生と言われても問題なさそうな幼い顔立ち。そのつやつやすべすべの肌は思わず指でぷにぷにしたくなるくらいかわいらしい。そんな高校一年生の女の子。


 祭華を守るために、わたしはこの数年間色々な死線を潜り抜けてきた。

 ある時は祭華の案にケチをつけた男を山に埋め、ある時は祭華に近寄る年増女をスタンガンで病院送りに。そして卒業式に祭華の制服のボタンをもらおうとした後輩を脅した。

 そんなわたしの守るべき愛する祭華が、今日知らない女を連れてきた。それも距離がとんでもなく近い。

 ずっと頬擦りしてるし、ずっと抱きついてる。

 正直言って羨ましい。そこ代われってなる。

 祭華に近寄るわたし以外のやつは排除する。わたしたち二人の明るいラブラブコメコメな未来のために。

 そのために、わたしはあの女から祭華を守る。あの女を斃す。


「祭華、祭華、祭華、祭華…………」

 祭華のことを考えると、身体がうずく。主に下半身。

 明日はいつもより早めに祭華を迎えに行こう。

 そして学校では祭華と誰にも邪魔できないくらいいちゃいちゃして、あの女に格の違いを見せつけてやる。

 そして、朝が来る。


「…………ん、んん〜。暑い」

「祭華ちゃん、戻ってこないの?」


「……………………は?」


 なんで、なんでこんなことになってるの?

 なんで、祭華と同じベッドであの女が寝てるの?

 憤怒するべきか悲しむべきか悩んでいると、その女が目を覚ました。


「んぁ? あれ? なんで綴ちゃんがここに?」

 お前がそれを言うか。

「もしかして迎えに来てくれたの? ありがとー。ほら祭華ちゃん、綴ちゃんが来たよ。起きて」

「んー」

 かわいらしいうめき声を上げる。でも祭華はまだ起きたくはないらしく、女の胸に顔をうずくめた。

 その羨ましすぎる光景に、思わず低い声が出る。


「ねえ、なんでお前が祭華と寝てるの?」

「え? 私?」

「お前以外いない」

「えっと……言っても怒らない?」

「怒らない」

 しかし地獄行く。

「その言葉を信じるね。私たち、同棲することになったの」

 衝撃の事実が、わたしに突きつけられた。

「首か胸か、選べ」

「…………ね、ねえ綴ちゃん、その血が滲むほど握りしめられた拳で、これから何をする気なのかな?」

 寝起きだからか、汗をだらだらと垂らす女。

 どうやらまだ寝ぼけているらしい。これから起こることが理解できていないなんて。

「決まってる。この拳で、お前を殺す」


「嘘つき」


 どうとでも言え。

 刹那、わたしは拳を大きく振りかぶった。


「んあ〜、フォミラがいるのも悪くはないかな……て、あれ? フォミラがいない」

「おはよう、祭華」

 目を覚ました祭華を、再びわたしの胸の中に抱き寄せる。

「なんで綴がここに? ていうかフォミラは?」

「そんな名前のやつは、最初からいなかった」

「そうなんだっけ?」

「うん。さあ祭華、学校行こう。それで、わたしとの関係を見せつけてやろう」

 そう言うと、返事をするように祭華はベッドから立ち上がった。


「てうわあっ! …………フォミラが、死んでる!?」


 ちっ。バレたか。


          ☆☆☆


「もう綴ちゃん酷いよ〜怒らないって約束したのに」

「殺さないとは言ってない」

「そんな屁理屈言っても許さないんだから」

「別に、許してほしいわけじゃない」

「ねえ酷くない? 祭華ちゃん」

 そう言って私の背中に飛びつくフォミラ。


「知らないよそんなの。それよりも、今日は暑いから床で寝てねフォミラ」

 私がフォミラを引き剥がしながら言ってると、綴が険しい表情で反応してきた。

「やっぱり一緒に住んでるの?」

「うん。なんかお母さんが捕まえたらしくて、なぜか一緒に住むことになったんだよね」

「…………そう」

 すんとした態度で言う綴。

 その表情には、怒りや悲しみ、嫉妬が感じられた。


「私は床で寝ないよ〜。絶対祭華ちゃんと一緒に寝るんだから。しかも今日はなんと下着一丁で寝るよ。楽しみにしててね」

「わたしの祭華を誘惑する女は、殺す」

 うわっ。いつの間にか綴が棍棒的なの構えてる。


「ちょっと待って綴ちゃん! その棒は何かな?」

「お前を殺す、魔法のステッキ。マジカルステッキ」

「全然マジカルじゃな〜い!」

 私も魔法少女なのに敵のこと殴りまくってるし、人のこと言えないから黙ってよう。

「必殺、マジカル殺し」

 そうしてフォミラはステッキを振りかぶる。

 もう見てられない! 私が目を閉じたその時。


「おお〜! いけー! 頑張れー! 必殺マジカル殺し!」


 …………。

 聞いたことのある声がする。

 それもつい昨日、この時間に、ちょうどこの先の桜の木辺りで、聞いたことがあるような声が。

 恐る恐る声がする方に目をやる。すると、そこにはやっぱりあの人が。

「あ、サンバ」

 そう、サンバだ。


「サンバじゃないわ! ウチはケンコよ!」

 そしてサンバことケンコは、綴を指差し話を続けた。

「それよりもそこのあんた、中々やるじゃない! ウチらの仲間にしてあげてもいいわよ?」

「別に。お前の仲間になる気はない」

 きっぱりと断る綴。確かに綴はミラクルでマジカルな魔法少女とはかけ離れたエレガントでバイオレンスなやつだけど、さすがにフォミラを狙う悪い敵の仲間にはならないらしい。


「ムッキー! こんな美しいウチの仲間にならないなんて、絶対後悔するわよ!」

「は? この世界で一番かわいくて美しいのは祭華。お前みたいなサンバ野郎が思い上がるな」

 きっぱりと言い放った。

 そうやってベタ褒めされると、ちょっと照れちゃう。

「アンタもウチをサンバ呼ばわり!? ウチのセンスがどうしてわからなのよ!」

 私もあの人のセンスは、よくわからない。


「ええい! 勧誘も失敗したし、むしゃくしゃするわ! 四次元ポシェットを渡しなさい!」

 思い出したかのようにフォミラを指差して言う。

「絶対渡さないんだから! 祭華ちゃん、転身よ!」

「え、二日連続!?」

「頑張ろう祭華ちゃん!」

 そう元気にカレイド・リングを渡してくるフォミラ。

 まさかの二日連続でサンバ……じゃなかった。ケンコと戦わないといけないなんて。

 でも文句言ってもはじまらないし、戦おう。

 私はリングを受け取って、右腕を胸の前にかざした。


「転身!」


 昨日同様フリフリでかわいい衣装が私を覆い、瞬く間にカレイド・ネクサスへと転身を遂げた。

「未来を切り拓く少女の絆! カレイド・ネクサス!」

 やっぱり名乗りって大事だよね! 私かっこいい。

「…………へ? 祭華が、魔法少女?」

 フォミラはやっぱこれだね! みたいな顔をしてる一方で、綴は私の転身した姿を見て固まっていた。

「厳密に言うと、魔法少女じゃないんだけどね」

「どっちかって言うと拳少女? 魔法使わないし」

 そういえば私って魔法使えるのかな。魔法つかいカレイド・ネクサスになれるのかな。


「今回のウチは一味違うわよ! 行きなさい! グランボット!」

 私が魔法を使ってみようと色んなポーズを取っていると、ケンコは黒い球体から無数のロボットが現れる。それも「イーッ!」って言い出しそうな全身黒タイツの。

「イーッ!」

 警棒的なものを持って迫り来る戦闘員ことグランボット。

「お前ら雑魚敵なんて、私の魔法でまとめて殺してやる!」

「こら祭華ちゃん! 魔法少女が汚い言葉使わない!」

「あ、ごめん」


 そうだよね。まだ知名度とか全くないけど、一応女児の憧れだもんね。魔法少女は。

 そんなことより、もう敵が目前だ。

 腕を引っ込め、溜めを作る。

 私だって魔法少女だし、きっと使えるはず。

 敵が飛びかかってきたタイミングを見計らい、私は思いっきり腕を突き出した。


「波ぁー!」


『『グギャー!』』

「「…………」」

 あれ? 敵は私の拳で吹っ飛んだけど、エネルギー波的なものが出ない。なんで? 私って魔法少女じゃないの?


「なんで出ないんだよクソが! こんなの詐欺じゃん! タイトル詐欺だよ! 魔法少女カレイド・ネクサス! 魔法使えません!? ふざけんなマジで!」

「祭華ちゃん、あのね、すっごく言いづらいんだけど……」

「何!? 今すっごいイラついてるんだけど!」

 怒りを露わにする私。そんな私に申し訳なさそうに、フォミラは衝撃の事実を告げた。

「祭華ちゃん、昨日も言ったけど、祭華ちゃんが変なイメージ持ってるせいで武器も魔法もないんだよ?」

「…………はぁ?」

 クソゲーじゃん。ゲオってやる。


「またウチを放ってごちゃごちゃと! なんで毎度毎度アンタらのコント見せられなきゃならないのよ!」

 怒りを露わにしてかかってくるケンコ。だけど、私も今はめちゃくちゃイラついてる。魔法少女のなのに魔法が使えないとか、ぶっちゃけありえない。

 このイラつき、お前らで晴らしてやる。

「くたばれえ!」

「行くわよ! グランボット!」

 来やがったな雑魚ども! こうなったら拳で倒してやる!


 私は殴り、蹴り、叩き、突き。次々と相手をもう二度と起き上がれない身体にしていく。するとどろどろとグランボットの身体は黒い液体へと変化し、やがて泡となって蒸発していった。

 やっぱり私魔法なんていらないかも。だって、殴る方がよっぽど楽しいんだもん!

「ひぇひぇひぇひぇひぇ! 次は誰が相手だ!」


「ウチよ! コテンパンにしてやるわ!」

 そうして散る。戦いの火花。

 ケンコの回し蹴りを腕をクロスさせることでガードした。

 っっ! 重い!

 背もガタイも私とは大違いすぎる。

 すぐさまケンコに圧倒される。


「祭華!」

「ダメだよ綴ちゃん! 変身もできない綴ちゃんが行ったって足手纏いになるだけだよ!」

「離せ変態! わたしは祭華を助ける! お前みたいな口先と性欲だけの女とは違う!」

「そんなことないよ綴ちゃん!」

 私が防戦一方になっている途中、揉めはじめる二人の声が聞こえる。

 何やってるんだよマジで。


「よそ見してる場合じゃないでしょ!」

「っぐうっ!」

 油断してるうちに吹っ飛ばされるけど、踏ん張って体勢を立て直す。

「いい加減倒れなさい!」

 追い討ちをかけるように向かってくるケンコ。

「ふんっぅ、どりゃああぁ!」

 カウンター狙い!

 私は全力の右フックを相手の顔面に入れた。


「ぶがぅ!」

 よし、怯んだ今のうちに!

「今度こそ死ね!」

 地面を思いっきり踏み締め、私は飛び上がる。

「ちぃ! そんな痛そうな技、喰らわないわよ!」

 そう逃げようとするケンコ。けどそうはいかない。私はフォミラとアイコンタクトを取った。


「サンバさん! これあげる!」

 その言葉とともに、フォミラは四次元ポシェットから取り出したカエルのぬいぐるみを投げつけた。

 なんでカエル?

「え? ウチにくれるの? こんなかわいいぬいぐるみ。ありがとー」

 ぬいぐるみを抱きかかえて、満面の笑みを見せるケンコ。


 その満面の笑みが、次の瞬間に歪んだ。


 ただ表情が歪んだんじゃない。物理的に歪んだのだ。

『ジュネッスガールパンチ!』

 ぐにゃっと頬が私の拳の形になる。

 さっきまであんなにいい笑顔だったのにね。


「覚えてなさいアンタたち!」

 そんな捨て台詞を吐きながら、ケンコはハルカカナタへと吹き飛ばされていった。


「…………祭華が、勝った」

 唖然とする綴。

「あ、そうだ。魔法少女は人知れず街を救わないと」

 と言いつつ、いつの間にか貼っていた札をポシェットに戻す。

 だから、なんで今さら妖精ポジ狙うのさ。もう手遅れだって。


「よし、ケンコも吹っ飛ばしたし、学校行こ? さすがに問題児扱いされた次の日に遅刻とか、絶対にありえないから」

 そう二人に呼びかける。するとフォミラは「はーい」と私に抱きついてくる。そして、ゆっくりと近づいてくる綴。なんか、すっごい顔が怖いんだけど。


「え、何? なんなの綴」

 とうとう私の前に立ち、がっしりと肩を掴んできた。

「祭華、聞いて」

 え、何この娘。怖い。

「な、ななななんですか、綴さん」

 鬼のような形相が眼前にある。そんなの、キョドるしかないじゃない。


 いくら相手が幼馴染みでも、さすがにこの顔は怖すぎる。

 私がビビり散らかしていると、綴は重々しい雰囲気で口を開いた。


「祭華はもう、魔法少女にならないで」


「…………え、なんて?」

 思わず聞き返す。すると、綴は一呼吸置いてから、またしても言い放つ。その言葉を。

「祭華、祭華はもう魔法少女になんてならないで。祭華の傷つく姿は、見たくない」

 …………。

 気づけば、綴は涙を流していた。

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