二話 ワタシが問題児で魔法少女 その壱

 私が魔法少女になって、サンバを倒してからニ時間くらいの時が過ぎた。

 無事入学式が終わり、私たち新入生は教室で待機させられる。

 私は自分の席に腰をかけ、次の合図をおとなしく待つことにした。だけど、私をおとなしくさせてくれない全ての元凶が、隣にはいた。


「同じクラスで、しかも隣だね、祭華ちゃん」

 そう言ってくる全ての元凶、お姉さん改めフォミラ。

「あんまりクラスで話かけないでよ。私まで変人だと思われるから」

 私はフォミラへ向けて、塩を投げつけるような態度で言った。

「何言ってるの? 十分祭華ちゃんは変人だよ? 魔法少女にも変身できるんだし、名乗りも必殺技もすぐ考えついちゃうし、変な娘だよ?」

「うぐっ……」

 なんて痛い所を突いてくるんだ。ただでさえ深い傷口が抉れそう。てかこれ以上いったら貫通なんだけど。

「でも〜、変人な祭華ちゃんも大好き〜」

 ぎゅうぎゅうと抱きつきながら、私の顎を撫でてくる。

 こういう時の手つきは優しいから、実のところフォミラに撫でられるのは嫌いじゃなかったりする。ていうか結構好きかも。


「祭華、その女誰?」

「うげっ、やばいのが来た」

 しばらくフォミラに撫でられてご満悦な私の前に、突然すんと氷のような佇まいの女が現れた。

 それもただの氷じゃない。その氷は毒でも入ってるんじゃないかって疑うくらい黒い。

「へ? 祭華ちゃん知り合い?」

「うん。幼馴染み」


 薄紫の大きくて吊り上がった瞳に、深い青色の長いストレートヘア。顔立ちもスタイルも青年誌のお姉さん顔負けなくらいすごい。ほんとすっごい。

 表情の変化があんまりないってところをどうにかすれば絶対アイドルも夢じゃないのに。そう思うほどビジュはいい私の幼馴染み。

 その名も坂目綴。


「違う。祭華はわたしの嫁」

「わお。言い切っちゃったよ。すごいねこの娘」

 驚きを隠し切れずに私の頬をモミモミとするフォミラ。ほぐされてる感じがちょっとクセになる。

「で、お前はどうして祭華にくっついてるの? わたしの祭華に」

 そう訊ねながら、綴は拳を握った。

 幼馴染みだからわかる。

 あれは戦闘モードだ。

「それはね、私は祭華ちゃんが大好きだからです!」

 フォミラの回答に、冷たい表情の綴。

 …………。まずい。これはまずい。ここから消えてしまいたいくらいまずい。


「そう。祭華、この女とどこまでヤったの?」

「こんな感じに抱きつかれて、頬擦りされて……」

「キスしたりしちゃってね!」

 その言葉の瞬間、ものすごい勢いで綴の身体に電撃が走る音がした。

 ゆっくりと、フォミラの方へ鋭い目を向ける。

「今、なんて言った?」


 般若どころの騒ぎじゃない。もっと恐ろしくおっかない、泣き目っ面に蜂的な綴の顔が、私たちの目の前に現れた。

 綴のこの顔は、綴の嫉妬心と怒りと未来に対する絶望と相手への恨みがマックスに到達した時に出る。

 私には被害が出ないんだけど、ぶっちゃけ怖くてしょうがない。だって、何するかわからないから。ちなみに、私の友達が少ない理由の九十五パーセントくらいはここから来てる。

 びっくりするほど厄介な幼馴染みです。


「へ?」とさっきみたいにとぼけるフォミラ。

 だけど、その顔にはさっきまでの笑顔なんてない。これからどう生きればいいのかという混乱と絶望の顔だ。さすがのフォミラも綴のあれには勝てなかったらしい。

「言い方を変える。祭華とキスしたって言った?」

「え、あ、うん。言ったけど……」

「そう。わかった」

 すると、綴はどこかへ立ち去っていく。

「なんだったんだろうね」

「フォミラ、逃げた方がいいと思う」

「なんで?」

 私の忠告を聞き返すフォミラ。

 その答えは、私が言う前に現れた。


「殺してやる」

「…………へ?」

「祭華に寄生するわたし以外のやつは、全員殺す」

「んん? えっと……綴ちゃん、あなたは何を言ってるのかな?」

 私もそう思う。

「死人に返す言葉はない。死ね」

 そうして、綴は全力の拳をフォミラへと放つ。

「え? あ、ちょっと……」

 バゴッ! と私の机が凹む鈍い音がした。

 私の机が。入学したての私の机が。


「次は外さない」

「え、ちょっと待って綴ちゃん! 一旦、一旦話し合お? ね?」

「話し合いの段階は終わった。お前が祭華のはじめてを奪ったその時から」

「何か勘違いしてない!? 祭華ちゃんも助けてよ!」


 机の凹みに「ごめんね、綴が変態で」と謝罪していると、それを邪魔して身体を揺さぶってくるフォミラ。それに私は、塩々な対応をした。

「でも、勘違いするようなこと言ったのは、フォミラでしょ?」

「そうだけど、私まだ祭華ちゃんとヤれてないから死にたくないの!」

「絶対やらないから!」

「言い訳は地獄で聞いてもらえ」

 綴は話が通じないタイプの変態だ。

 たとえ何を言っても、彼女の心には響かない。


「祭華に近づく不届者よ、制裁を喰らえ」

 そしてフォミラに向けて放たれる、黒塗りの革手袋を着けた拳。

 ここで解説するけど、綴はあの華奢な体型からは考えられないほど喧嘩が強い。私に関わろうとしてくるやつを一人残らず倒してきただけある。

 先月の卒業式の時に私からボタンをもらとうとした後輩の娘は涙を流しながら帰っていってたし。その跡地を見たら、木が折れてた。

 大木を一撃で破壊できる拳が、フォミラに近づく。

 えっと……これ、私が止めないとダメなやつじゃん。


「ちょっと待って! 綴」

 私は綴の前に立ち塞がり、身を挺して綴を止めに入った。

「…………どうして、わたしの前に立つの?」

「だってあのままだったら、フォミラのことマジで殴ってたでしょ」

「? 殴る以外に選択肢があるの?」

 拳を止めて、きょとんとした顔で訊ねてくる綴。

 握ってるのが大木をも打ち砕ける拳じゃなきゃ、かわいい表情なのに。


「話し合えばわかるって。さっきフォミラも言ってたじゃん」

「話し合いの段階はもうとっくに過ぎた。祭華のくちびるが奪われたその時から」

「私、別にくちびる奪われてないけど」

「…………へ?」

 あ、マジで勘違いしてたんだこいつ。

「だから、私は口にキスされたわけじゃないって」

「……そ、そう。じゃあどこにされたの?」

「えっと……ここ」

 私は、フォミラに先程キスされまくった右の頬を指差す。

「じゃあ、こうする」

 そう言うと、綴は私の指差した頬にゆっくりと口づけを落とした。


「百合! 百合! ゆりゆららららゆりゆり大事件!」

『女子校って本当にこういうのあるんだ……』

『てえてえ』

『尊いですわ〜。わたくしもいつしかお姉様と……』

『そうそうこれこれ。これを見るために女子校に来たのよ』


 湧くギャラリーたち。気づけば、クラス中の視線が私たち二人に向いていた。

 別に頬にキスされるくらい、綴と一緒にいれば日常茶飯事だから驚くことなんてないのに。

 そう不思議に思っていると、後ろからこんな低い声がした。


「今年の新入生はとんでもねえな」


 その正体は、先生だ。

 私たちの元へゆっくりと歩いてくる先生。

 綴とは違う、マジで人を殺してそうな鋭い目つき。ボブでさらさらな黒髪。ジトっとした黒い瞳のはずなのに、顔のバランスはとてもよくて女の人からモテそう。そしてスタイルもすごくいい。

 髪と同じく黒いスーツや服がよく似合う。

 どうやらこの人が今日から私たちの担任になるらしい。


「担任の米沢美兎だ。さて、お前ら随分といい度胸してるな。私が教室に入ってきたにも関わらず暴力沙汰とは」

 その鋭い目つきで、私たちを見下ろす先生。

 まずい! ここは何か弁明を……。


「私は何も悪くないです! はじめたのはこいつらです! 怒るならこいつらをお願いします!」

「「…………」」

 あれ? なんでみんな黙り込むの?

「祭華ちゃん、それはちょっとクズいよ」

「え? 嘘?」

「…………お前、名前は?」

「白井祭華ですけど」


 なんでいきなり名前訊くの? 先生。すごく嫌な予感しかしないんだけど。

 私の嫌な予感の答えを告げるその口が、にっこりと緩みながら開いた。

「そうか。じゃあ祭華、今日からお前が椿組の問題児だな」

「………………そんなぁ」

 せっかく普通になろうとしたのに。入学早々問題児扱いって……。

 これも全部フォミラと綴のせいだ。


「じゃあとりあえず自己紹介していくか。祭華、お前はもうみんな知ってると思うからしなくていいぞ」

「え、うそん」


 せっかく内容考えてきたのに。

 私はショックを受けてるうちにはじまる自己紹介。みんな趣味や得意なことなど、色んな情報を開示していく。

 やっぱりみんなアニメ観ますとかドラマ観ますとか、そういう当たり障りのない普通なことを言ってる。そうそう、こういうさっぱりとした感じがいいんだよ。

「みんな普通で退屈だね、祭華ちゃん」

 私が塩味に満足していると、隣の席にいる背脂マシマシにんにくチャーシュー贅沢全部のせが声をかけてくる。

「それがいいんじゃん。なんで変じゃなきゃいけないわけ?」

 そう返しているうちに、次は綴の番だ。

 怖くて聞いてられない。私は耳を塞ぐことにした。

「坂目綴。後ろの祭華とは将来結婚予定だから、あまりわたしたちの邪魔はしないでください」

「なんだこいつ! いつお前は私と結婚することになったんだ!」

 塞いだはずなのに、綴の声は私の手を貫き聞こえる。

 ツッコミを入れずにはいられなかった。


「あれはとある冬の日。震える互いの手を取り合って、二人で必死に身体を温め合った日のこと……」

「あ、もういいです」

「祭華ちゃんと綴ちゃんはもうそこまでいってるなんて! 私嫉妬しちゃう! けど後で詳しく教えてね」

「いや、存在しない記憶です」

 フォミラには冷静に答える。


『ちっ、もう経験済のようね。私のユニコーンがデストロイモードしそうだわ』

『生で見たい』

『続きが気になる〜』

 また湧くギャラリー。だけど、そんなのは全く気にせずに何事もなかったかのようにしれっと席につく綴。

「さすが祭華。やることが違うな。次、やってくれ」

 そう先生が言うと、私は抜かされて次の列へと移動。また塩味のさっぱりとしたちょうどいい味わいの自己紹介が続く。

 それから数分、フォミラの番がやってきた。

 そういえば、私フォミラと今日会ったばっかだから全然知らない。

 いったいどんな自己紹介をしてくるんだろう。


「フォミラです。好きなものは、かわいい女の子です。みんな対象だからよろしくね」


『『『………………』』』


「あ、もちろん先生も対象内ですよ。美兎ちゃん」

 フォミラと関わるのをやめたい。そう思った瞬間だった。


          ☆☆☆


「はあぁ〜。疲れた」

 学校も終わって、家に帰ってきた私は即座に部屋に戻り、枕に顔をうずくめる。


 今日は一日バカみたいに濃かった。

 変なお姉さんに絡まれるわ、魔法少女になるわ、千葉推しのサンバと戦うことになるわ、変なお姉さんとクラスメイトになるわ、問題児になるわ……。

 ほんと、結構最悪な一日だった。


 せっかく昨日普通になろうと誓ったのに。私色々と頑張ったんだよ? 自己紹介だって必死に考えたし、全く興味のない『ディザイアフューチャー』とかいうファッション誌を、お姉ちゃんの部屋からかっさらっていってお姉ちゃんにボコられたし、別にあんま興味のない恋愛漫画とか少年誌とかブッ○オフで立ち読みもしたし。

 それなのに、そんな努力があの二人のせいで水の泡……。


「なんでこうなっちゃうかな〜。早く普通になりたい」

「大変そうだね〜、祭華ちゃん」

「そうそう。マジでたいへ……ん? ちょっと待って」

 今、声が聞こえたような……。それもほんの数十分前に聞いたばっかの声が。何か嫌な予感がする声が。


 私は、恐る恐る顔を上げ、声のする方へ目をやった。するとそこには。

「祭華ちゃん、来ちゃった」

「…………フォミラ、なんで、ここに?」

 汗が止まらない。

 恐怖心を抑え込み、なるべく平常心で訊ねた。


「私そういえばおうちないなって思って祭華ちゃんの家の周りうろちょろしてたの。そしたらお母さんからうちに来る? って」

 犯人はお母さんか!

「じゃあ今日はうちに泊まるわけ? うち客間とかないけど」

 もう怒るのも疲れて、完全に力の抜けた部屋モードで訊ねる。

「ううん。違うよ」

「じゃあどうするのよ」

「今日はじゃなくて、これから私ずっと祭華ちゃんの家にお世話になるんだよ?」

 一瞬、脳がフリーズして何がなんだかわからなくなった。けどまたすぐに再稼働し私は、こう言い放った。

「…………なんでそうなる?」

 別にフリーズしてた時とあんま変わらない答えだ。


「そういうことだから祭華、あなたの部屋はこれからあなたとフォミラちゃんの部屋になるから」

 そう言って、お母さんテレビに目を向ける。まるで私が言ってることなんてどうでもいいみたいに。

「なんでよ。部屋なら使ってないお父さんのがあるじゃん」

「あそこ汚くて掃除するの面倒だし、フォミラちゃんが祭華の部屋が良いって言うから甘えちゃった」

「そこ甘えないでよ……」

 夕食中。

 お姉ちゃんが見ているつまらないニュースを眺めながら、呆れた声を出した。

 別に、災害が多いのはいつものことだし、天空城ができたからそこに逃げようって話を聞くのも飽きた。


「祭華ちゃん、食べさせて」

「自分で食べろ」

「冷たいな〜祭華ちゃんは」

 そうぶつぶつと文句を言うフォミラ。

「でも、どうしてうちだったの?」

 ようやくチャンネルの主導権を私に明け渡したお姉ちゃんが訊ねる。

 フォミラの答えが気になりつつ、私はチャンネルをニュースからコントをやってるバラエティ番組へと変えた。


「それは祭華ちゃんがいるから! 今日からは祭華ちゃんと一緒にお風呂入るし祭華ちゃんと同じベッドで寝るし祭華ちゃんと一緒に起きるんだから」 

「あら祭華、あんた綴ちゃんといい、結構モテるじゃない」

「モテる相手が変態しかいないんだけど」

「まあ、類は友を呼ぶってやつね」

 すんとした態度で言い放ってから、お姉ちゃんは味噌汁をすする。

 なんて身も蓋もない。てか、私は変態じゃない。


「お姉さん! ちょっと私のことも罵ってくれないかな?」

 うわっ! 下手したら綴よりも危ないお姉ちゃんになんてことを!

 お姉ちゃんああ見えても天高の番長なんだよ? しかも天高って私たちの学校とは違って共学なんだよ?

 私の周りの人で格ゲー作るなら絶対隠し最強キャラがお姉ちゃん、ラスボスは綴みたいなゲームが生まれるほど怖いお姉ちゃんに、なんてことを。


 まあ、フォミラがこれで痛い目に遭って悔い改めてくれたらいっか。

 綴のパンチを避けれたフォミラだけど、果たしてお姉ちゃんの正拳突きは避けれるかな。楽しみ。

「…………ふふっ。さすが祭華の友達。あんた面白いわね」

 私がフォミラが吹っ飛ばされるところを楽しみにしていたのに、あろうことか、お姉ちゃんは普段は緩まない口元を緩ませながら言った。

 私には勢いよく殴りかかってくるのに、不公平だ。

「いいわねえ天空城。私も行ってみたいわ」

 次はお母さんがチャンネルを回していた。

 またニュースだ。よく飽きないよね本当に。


          ☆☆☆


 それから適当に漫画を読んだりして食後を過ごしてから、お姉ちゃんから「あたし上がったから、あんたも風呂入りなさい」とドア越しに声をかけられる。

「わかったー」

 返事をして、よいしょと重い腰を上げた。

 そういえばフォミラが消えたけど、どこに行ったんだろう。

 嫌な予感しかしない。けど、さすがにね……。


 さて、フォミラはいない。完全なる一人。

 今日は色々あってどっと疲れたし、ゆっくりとお風呂に入ろう。風呂は命の洗濯。フォミラや綴で濁った心を浄化しよう。

 そう思いながら、私は浴室のドアを開く。


「きゃー! ラッキースケべよー!」


 浴槽には、豊満な胸を両腕で隠したフォミラが陣取っていた。それも嬉しそうな顔で。

「…………私の命は、どこで洗濯できますか?」


「祭華ちゃん、私に身体洗わせて。素手で」

「ちょっと! 触るな!」

「ええ〜いいじゃん。減るもんじゃないんだし、ね?」

 おっさんくさいことを言いながら私のお腹をさすさすとさすってくるフォミラ。

 ちょっと気持ち良いって思っちゃってる私がいるのがなんか嫌だ。


「じゃあ私の身体洗って。もちろん素手で」

「何がもちろんなわけ? 絶対洗わないから」

「そっかー。せっかく裸の付き合いができると思ったのに」

 私が結構強めに言うと、しょんぼりとしたフォミラはゆっくりと浴槽に入って行った。

 その哀愁漂う艶ありの背中を見て、何か悪いことをした気分になった。

 言いすぎちゃったかな。


「ま、まあ、髪洗うくらいなら、させてあげてもいいけど?」

「…………え? ほんと?」

「うん。だけど髪洗うだけだよ?」

「それでも嬉しい!」

 いつもの調子を取り戻して、勢いよく飛び上がるフォミラ。

 その後、フォミラの優しい手で髪を洗われてると、寝落ちしていたことに気づいた。

 フォミラがうちにいるのは、悪いことだけじゃなくかも。


「暑い! 狭い! お前は床で寝ろ居候!」

「嫌〜! 私は祭華ちゃんと一緒に寝るの〜!」

 ちくしょう! 前言撤回! やっぱりフォミラがいるとろくなことが起きない!

 怒りを露わにしながら、私はフォミラを必死にベッドから落とそうと蹴りまくる。

 だけど、フォミラは私に抱きついてずっと離れない。


「一回! 一回だけでいいから私に抱かれてみてよ!」

「うるさい! 今日はもう寝たいの!」

「もう、こうしてやるんだから!」

 するとフォミラはわたしの頭を掴み、その豊満な胸へと抱き寄せた。


 …………。あれ、さっきまでブチギレレベルで怒ってたのに、なんでだろう。すっごい落ち着いてきた。ふかふかで柔らかい胸の中。気持ちいい。

「やっぱり。祭華ちゃんはこういうのが好きなんだね。かわいい」

 優しく頭を撫で下ろすフォミラ。

 こんな姿、絶対誰にも見せたくない。

 少し赤く染まった顔を隠すように、私はフォミラの胸により一層強く顔を押しつける。


「うるさい。私もう寝る」

「そうやって拗ねる祭華ちゃんもかわいい」

 まあ、こうやって抱きつかれて撫でられるだけならいっか。

 変なところも触ってこないし、変態的なことも言ってこないし。普段もこうだったら私もちょっとは触らせてあげてもいいかなって思えるのに。どこをとは言わないけど。

「そういえば祭華ちゃん」

 私が見た目だけは良いフォミラのことを考えていると、優しい口調で声をかけてくる。


「ん?」

「祭華ちゃんは、私が何者なのか訊かないんだね」

「…………どういうこと?」

 フォミラの方に顔を向けてそう返した。

「だっていきなり現れて、四次元ポシェットを持ってて、魔法少女にさせる力を持ってるんだよ? 普通気にならない? 私が何者なのか」

 言われてみれば確かに。そう思いはしたけど、口から出た答えはこれだった。

「まあ何者でも、別にいいや」

「そっか。すごいや、祭華ちゃんは」

 そう言うフォミラの声に、少しだけ元気がないと思ったのは気のせいだったのかな。

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