カレイド・ガールズ!
山内拓斗
一話 魔法少女はじめました
中学時代は、あまり友達ができなかった。
それは私が他の人とは少し違う、変だから。
自分じゃどこが変なのかとかはわからないし、誰かに理由を聞いても『それをわからないところもまた変だ』ってなんの答えにもならないこと言ってくるし、とにかく私は変らしい。
だから高校に入ってからは普通に生きようと誓った。
普通に自己紹介して、普通に学校通って、普通に授業受けたり友達作ったりして、普通にみんなで仲良く楽しく過ごす。
そのために流行りの曲とかアニメとかもチェックしたし、言葉だって今風になるよう頑張った。
高校三年間、私は普通で楽しい生活を送るんだ。
そうやって意気込みながら、私は学校までの道のりを歩く。
少し時間があるので、探索がてら遠回り。
花見ができそうな公園に差し掛かった。
「すげえ。でっかい桜の木」
思わず立ち止まった眼前には、薄ピンクの花びらが舞い散っている。
これ以上ない入学式日和。
よし、白井祭華、十五歳。今日から高校一年生。頑張ります!
そうパンパンと頬を叩し気合いを入れ直してから、私は学校の方へと足を向けた。
入学式まではまだちょっと余裕はあるけど、早めに行くのに越したことはないはず。
足を上げ、一歩を踏み出したその時だった。
私の運命が動き出したのは。
「君、かわいいね。名前は?」
桜の香る木の下で、風がゆらめく。
風の強さに思わず目を細めてしまうけど、私の前に佇むその人は、凛とした態度で訊ねてきた。
風が止み、瞳を開ける。
クリーム色のカールがかった長い髪が見える。それに栗色の大きな瞳に、思わず見惚れてしまいそうなほど抜群なスタイル。
なんて素敵な人なんだろう。
気づけば私の瞳は、そのお姉さんに奪われていた。
「私から言うね。私はフォミラ。こんなこはる日和に出逢えるなんて、運命を感じるね」
色っぽく近づいてくるお姉さんに、思わずきゅんと心臓が止まりそうになる。
顔が近い。胸がデカい。いい匂いがする……。
女の私でも虜になりそうだって感じる色気。
「え、あっと……私は、白井、祭華です……」
緊張で震える口元を、必死に抑えて答える。
「そう。祭華ちゃんって言うの? かわいい名前」
綺麗なはずなのに、その笑顔には子どものような無邪気さが感じられた。
まるで私たちが欲しいものを、全て取り揃えているような人だ。
私がそんなことを考えていると、ゆっくりとお姉さんの口元が動く。
あの艶っぽいくちびるから、どんな言葉が出てくるのだろうか。
「じゃあさ、祭華ちゃん、私と一緒にホテルで休憩しよっか」
「………………はぁ?」
思わず聞き返した。
待って。
今のってさあ、私の聞き間違え?
「あなたの見た目がね、私の好みドストライクなの。さっぱりとした金髪のショートボブ。くりくりで大きなエメラルド色の瞳。透き通るような白い肌にスラリとしたライン。それに何と言っても、制服を着てないと小学生に見間違えるほど幼い体躯に童顔。私、一瞬であなたの虜になっちゃった」
言葉を失う。
悲報。どうやら、私の聞き間違えじゃなかったらしい。
「ね? いいでしょ祭華ちゃん。私とイッパツ」
そう言ってぐいぐいと私の手を引っ張ってくるお姉さん。
思わずその真剣で綺麗な顔に騙されそうになったけど、今の私は正気を取り戻している。
私の尻に回された右手をパシッと掴んだ。
「お姉さん、この手は、どこに伸ばそうとしてたのかな?」
「決まってるじゃん。祭華ちゃんの、お、し、り♡」
キューティクルなウィンク。
こんなウィンクを見せられたら、世の男や下手したら女だってこのお姉さんの言うことを聞いてしまうかもしれない。ついさっきまで私もそっち側になりかけてた。でも、今は違う。
「ざけんじゃねえ!」
思いっきりお姉さんの手を振り払った。海より広い私の心も、我慢の限界へと到達したのだ。
「えぇ〜。いいじゃん祭華ちゃ〜ん。運命的な出逢いを果たしたお姉さんとイノチ感じちゃおうよ〜」
甘え声で言いながら、私の頭を撫でてくるお姉さん。
頭撫でられるの、結構気持ちいい……。
「て、違う違う! そうじゃない! 離せこの変態!」
雅之並みの説得力を伴った否定で、私はお姉さんの手を振る。
「嫌だ〜。私祭華ちゃん好きになっちゃったんだもん。ぎゅっとねぎゅっと離さないんだから」
その宣言通り、私の右手はお姉さんの左手で固めにブロックされていた。
ちいっ! 力が強い! なんて危ない変態なんだ!
「ねえ! 私これから入学式なんだよ!? 入学早々遅刻とか普通ありえないから! 絶対そんなことしたくないから早めに家出たのに! 普通の女子高生目指してるのに!」
せっかく普通の女子高生として生きようと肝に銘じたのに、こんな明らかに頭がおかしいお姉さんと出逢って足止め食うなんて、最悪なんだけど。
こんなの普通じゃない!
「綺麗なお姉さんに誑かされちゃうのも、普通の女子高生っぽくない?」
「いや? 全然」
何言ってんだこの人。結構真面目に。
「え〜んお願い祭華ちゃ〜ん。このままだと私欲求不満で爆発しちゃいそうなの〜! 私の欲望を満たすためには祭華ちゃんの力が必要なの〜!」
「そのまま爆死しろ!」
「え〜ん酷いよ祭華ちゃ〜ん……! でも、そういうメスガキチックなところも私の好みだよ?」
「あ、ダメだ。こいつ話が通じないタイプの変態だ」
怒りを通り越して呆れまで到達する私のお姉さんへの評価。
あぁもう! さっきまでめちゃくちゃ綺麗でかわいいらしくておっぱい大きくて最高の人だと思ってたのに、最悪だよ!
ここまでの短時間で第一印象から下落することってある!? 私そんなの聞いたことないよ!?
「ねえお願い祭華ちゃ〜ん。私小さくてかわいい女の子とイチャイチャしたいの〜!」
ずーっと私の頬にキスしまくるお姉さん。
悪い気はしないしむしろちょっと良い気分だけど、今はそれどころじゃない! とっとと学校に行かないと! こんな変態放っておいて。
「あ、それとも祭華ちゃん、もしかしてお家での方がよかった? 私お家ないけど」
「そういう問題じゃない! なんだお前! なんでそんなに私に執着するんだよ〜!」
「それはね、祭華ちゃんがかわいいからだよ?」
その言葉に、私はふと足を止めた。
「え、ほんと?」
「うん。色んな女の子を見てきた私だから言える。祭華ちゃんは超絶美少女で誰よりもかわいい!」
「…………そう、かな?」
思わず真っ赤になってしまった顔を俯かせながら、訊ねる。
「うん。だって私が言うんだもん。間違えない」
綺麗な笑みを浮かべるお姉さん。
ま、まあ、私が美少女なのは当たり前なんだけど、こう真正面からいわれると……照れるじゃん。
「だからお願い。私に着いてきて。絶対損はさせないから!」
強行突破に出たお姉さんは、ついに私をお姫様抱っこして走り出した。
「離せ! 学校そっちじゃない! あっち!」
「大丈夫大丈夫。学校までまだ時間はたっぷりあるんだから」
「そんなないから! せいぜいあと十五分くらいだよ!」
「へぇー。随分と目立つようなことしてるのね。ウチも目立つ登場したくなっちゃうじゃないの」
あれ? なんか今、別の人の声が聞こえてたような……。
私のこの疑問の答えは、すぐに現れた。
す〜っと、神秘的な音がする。そんな音に釣られて、私たち二人は争いの手を止め、音の方へと目をやった。
「ねえ、祭華ちゃん」
しれっと私の尻に向けられた手を振り払う。
「あれってさ、見えてるの私だけじゃないよね?」
そうしてお姉さんが向けたその先には、ゆらりゆらりと木からこちらへと落ちていく女の人が。それも腕にメカニカルな籠手を装着した、サンバみたいに派手な格好の。あと厚化粧。
「祭華ちゃん、空から女の人が」
「あと五秒で落ちそうだね。ちょうどいいじゃん。キャッチしてあの人と遊べば?」
「あの娘は好みじゃないからパス」
うわっ、なんてド直球な理由。
そうこうしているうちに、五秒経った。
「あだあっ!」
先程までの神秘的な雰囲気はなんだったのか、勢いよく背中から落ちるサンバみたいな格好の人。
バギッと関節が甲高い悲鳴を上げてるのが、ここからでもよく聞こえる。
「痛そうだね、祭華ちゃん」
「うん。優しくさすってあげたら。私の尻さするんじゃなくて」
私の尻に執着するな。
「ちょっとアンタたち! なんでキャッチしないのよ!」
私たちが尻揉むな揉ませろ合戦をしていると、サンバの人が勢いよく起き上がり言ってくる。
「え、だって、私あなたみたいな人全然好みじゃないもん。祭華ちゃんみたいなかわいい系が好み」
「ウチがかわいくないとでも言うの!?」
「えっと……そんなことないと思うよ? ほら東南アジア辺り行ったらモテそう」
「なんて絶妙なチョイス……」
がっくしと肩を落とすサンバの人。確かに不細工とは言わないけど、特にくちびるの化粧が厚すぎるというかなんというか……。ね。
「て、そうじゃないわ。そこのデカいの!」
「へ? 私? 悪いけど今は祭華ちゃんにしか興味ないよ?」
「ちっがーう! アンタ、四次元ポシェット持ってるでしょ」
サンバの人は、お姉さんの肩にかかっているポシェットを指差し言い放った。
へ? 四次元ポシェット? 私の頭の上には、かなり大きな疑問形が浮かんだ。
四次元ポシェットって、もしかしてあれ? 青いたぬきが持ってる何でも入るポシェットのこと?
「持ってるよ? これのことでしょ?」
そう言ってお姉さんは、キラキラで色んな装飾のついた女児向け雑誌の付録みたいなポシェットを前に出した。
でも、そんな女児向けポシェットよりも私には気になることがあった。
あれ? 今まで気づかなかったけど、お姉さんが着てる服、どこかで見覚えがあるような……。それもかなり最近。なんなら今日の朝鏡辺りで。
「やっぱり持ってたわね! そのポシェットを渡しなさい!」
「嫌だよ。だってこれ大事な物だし。理由はわからないけど」
即答するお姉さん。
即答はさすがに予想外だったらしく、ムッキー! とサンバの人は怒りで声を荒げた。
「おとなしく渡しなさいよ! ウチだって乱暴なことはしたくないのよ! 疲れるし!」
「え〜。祭華ちゃんの頼みならあげてもいいけど〜」
「もう面倒くさいしイラつくわねアンタ! 結局見た目じゃない! アタシそういうの許せない!」
なんか、話が変わってきてる気がするんだけど、私の気のせいかな。
「力づくで奪ってやるわ! これでも喰らいなさい!」
サンバの人は、手を前にかざして手の甲にエネルギーを溜めはじめた。
え? ちょっと待って。あれで力溜めれるのって漫画の世界だけじゃないの? 私もやってみよう。
「……祭華ちゃん、何してるの?」
「私もカメハメ派撃てるんじゃないかと思って」
「祭華ちゃんって、面白いね」
それって私のことバカにしてない?
「ごちゃごちゃ言ってないで、避けないと死ぬわよ!」
次の瞬間、放たれる光る球体。
「やっば。祭華ちゃん逃げるよ!」
「え、ま、ちょっと!」
私を小脇にかかえてお姉さんは走り出した。
ちょっと待ってよ。確かに光るのはすごいけど、別にあれでダメージ喰らうわけじゃないし……。
バッゴーンッ! 近くのフェンスが破壊されるとともに、そんなイカつく鈍い音がした。
「さあお姉さん! ダッシュ! なりふり構わずダッシュ!」
「言われなくても〜!」
「ちょこまかしてるんじゃないわよ! 当てづらいじゃない!」
「だってそれ絶対当たったら痛いやつじゃん!」
「そうよ! 痛くないと意味ないじゃない!」
その言葉の瞬間、私たちの進路を塞ぐように球が地面に衝突する。
「あがっ!」
直に当たりはしなかったものの、私たちは地面に当たった衝撃で吹き飛ばされてしまった。
ゴロゴロと岩のように転がり、二人とも、先程の大きな桜の木に激突する。
「ったい……。大丈夫!? 祭華ちゃん!」
自分よりも真っ先に私の元へやってくるお姉さん。自分の肘と足に傷があることも気にせずに。
「うん。私は大丈夫。それよりも怪我してるじゃん」
「私のことはいいの。祭華ちゃんが無事だったら……」
そう言って、また怪我をしている肘で私をかかえ出す。
お姉さんの傷を見逃すほど、私は人間できていなかった。
「わたしは大丈夫だから。それよりお姉さん怪我してんじゃん!」
「これくらい平気だって。私、こう見えて頑丈だから」
痛みを堪えてる表情が見える。
その表情に、イラつきを覚えてしまった。
「なんで人のことばっかり……」
私の呟きに、お姉さんは朗らかな笑みで口を開く。
「それはね、祭華ちゃんが好きだからだよ」
っつぅ。そんなこといきなり言われちゃ、照れるじゃん。
いきなり知らないお姉さんにかわいいかわいいってエッチしようって抱きつかれて、サンバの人に襲われて、お姉さんに好きって言われて。もうマジでわけがわかんない。こんなの絶対普通じゃないし、絶対おかしい。
せっかく普通に生きようと誓ったのに。普通の高校生になろうと誓ったのに。めちゃくちゃじゃん。
「さあ、ようやく追い詰めたわよ。とっととその四次元ポシェットを渡しなさい!」
優々と私たちの元へやってくるサンバの人。その手にはエネルギー弾が無数に構えられている。
さっきは大丈夫って言ってたけど、お姉さんは動ける状態じゃない。
ああああ! もう! 最悪最悪最悪最悪! 私がやるしかないじゃん!
こうなったら、普通なんてどうでもいい!
「絶対渡さない!」
私はサンバの人の前に立ち塞がり、言い放った。
「なんでアンタが言うのよ!」
「そうだよ! 祭華ちゃんは危ないから下がってて!」
二人の野次が聞こえる。
「うるさいうるさいうるさいうるさい! んなもん知るか! 関係ないとか普通じゃないとか、もうどうでもいいんだよそんなこと!」
「何!? 突然キレ出す十代!?」
「祭華ちゃん逃げてよ! 私のことはもういいから!」
「よくない! だって、私まだお姉さんと一緒にいたいもん!」
私の足にしがみつくお姉さんの手を振り払う。
「鬱陶しいわね! いいわ! まずはあなたからぶっ飛ばしてやるわ!」
そう言うと、サンバの人がエネルギー弾を撃ち放った。
「祭華ちゃん!」
やっべ。前に出たのはいいものの、勝てる算段がない!
次の瞬間、敵からの攻撃か、それともまた別の要因か、私の辺りが眩しく輝きはじめた。
「…………あれ? 痛くない?」
光が止み、ふと目を開く。
「なんだこれ」
すると、目の前には腕輪が浮いていることに気づいた。腕輪というよりバングルに近い。
ピンクを基調としたその腕輪は、中央にアイボリー色の宝石が埋め込まれている。筆記体で読みづらいけど、『KALEID』と彫られていた。
これ、新しい魔法少女の変身アイテムですって言われても違和感ない。
「それカレイド・リングじゃない!」
「へ? カレイド・リング?」
サンバの人はこのリングを知っているらしく、先程よりも険しい表情で私のリングを指差して言う。
この展開、私アニメとかで見たことあるんだけど、もしかして……。
「やっぱり! 祭華ちゃんやっぱり魔法少女になる素質があったんだ! これは私が熱中するわけだ!」
「…………そうなるよね! うん。知ってた! 私知ってたよ!」
私白井祭華十五歳! 普通の高校生目指してたんだけど、巨乳のお姉さんに魔法少女にされちゃった! これから私の人生、どうなっちゃうの〜!?
…………ほんとに、どうしてくれんだマジで。
「さあ、そのカレイド・リングで華麗に転身するんだ!」
「えぇ。そんないきなり妖精ポジ狙われても」
手遅れにも程がある。
「魔法少女ですって!? 変身する前に倒せばどうということはないわ!」
そう言うと、両腕を前にかざしてまたエネルギーを溜めはじめた。
やばい! またあのエネルギー弾の連射だ。
急いで私はリングを右腕に装着し、変身を……。
「ねえ、変身ってどうやってやるの?」
こういうのってさ、君は既に知っているだろう? とか、それは身体が憶えているはずです。とか、強引にバックル着けられたりとかするんだろうけど、全くわからない。
相手の攻撃が眼前に迫ってるのに!
「あ、これ私が教えないといけないタイプなんだ。えっとね、とりあえず好きなポーズ取って転身! って叫べばいいと思うよ?」
「変身じゃなくて?」
「そうそう! 転身って! あ、ポーズはなるべくかわいいのにしてね。あと撮影の準備するからちょっとだけ待って」
「撮影って! もう攻撃が目の前に来てるんだよ!? そんな器用な真似できるはずないじゃん! だいたい何撮るんだよ!」
「この状況でツッコミを入れられてるし、十分器用でしょ……」ってサンバの人が呆れながら言ってるけど、今は気にしない。
「魔法少女ってさ、変身中必ず裸になるじゃん? それが撮りたくて」
「変態だ! 変態がいる!」
「アンタたち、もう溜め終わるわよ!」
やっべ。来る!
でもあんな変態の前で裸になりたくない! でも痛い目にも遭いたくない!
「も〜いずれ私の前で脱ぐことになるんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに〜」
「脱がない!」
私たちがそうこうしているうちに放たれるエネルギー弾の連射。
ちくしょう! もういい変身してやる!
私は右腕をこう言い放つ。
「転身!」
その刹那、私の首から下は眩しく瞬き、服を着ているのかどうかすらも怪しい状態になった。
そして次々と顕現するフリフリな衣装、高いのに動きやすい謎のヒール、所々に着けられていくかわいいアイボリー色のリボン、頭には一番大きいリボンが着けられた。
これぞ魔法少女! そう言わんばりのスカートが、ひらりと宙に舞う。ついでに変身の衝撃からか、敵のエネルギー弾は全て打ち消されていた。
「はあぁ〜! 変身しても祭華ちゃんかわいい! それよりも祭華ちゃんほら、名乗って名乗って」
「へ? 名乗り!?」
そんな無茶振り言われても。
「えぇー。祭華ちゃんくらいの年頃の女の子なら、名乗りの一つや二つくらいすぐ思いつくと思ってたのに」
「私厨二じゃないし!」
「…………魔法少女、羨ましい格好しちゃって! ぶっ飛ばしてやるわ!」
駆け出してくるサンバの人。それも手元にはまたもやエネルギー弾。
「さあ、名乗って祭華ちゃん!」
「わかったよ!」
はぁ。実のところ、私しっかり名乗り考えちゃってる年頃の女の子なんだよね。
中指、人差し指、親指の三本を立てた私特有なピースを裏にして瞳の前にかざし、ひらりとスカートと桜の花を舞い散らせながら告げた。
「未来を切り拓く、少女の絆! カレイド・ネクサス!」
「「………………」」
サンバの人も足を止め、しばしの間、沈黙が続く。
その沈黙中、私の心は興奮で満ち満ちていた。
決まった〜! ねえ今のやばくない!? 私変身したんだよ!? 魔法少女に! 最高でしょ!
「はうあぁ〜! そのポーズ最高すぎない!? てか祭華ちゃんビジュよすぎ! 美少女すぎ! かわいすぎる! 推せる!」
さっきまで制服だったこともあってか、こんなフリフリな服でも動きづらさは感じない。
これなら行けるかも!
「あ、そうだ忘れてた。ウチ、魔法少女と戦わないといけないのよね。嫌な予感しかしないんだけど、仕事だし頑張りますかー……」
「さあ覚悟しやがれサンバの人! このカレイド・ネクサスが華麗にエレガントにエクセレントに倒してやる!」
さっきまでの覇気がないサンバの人とは裏腹に、私はやる気満々だった。
その姿を見て言われた通り覚悟を決めたらしく、サンバの人は頬をパンパンと叩き口を開いた。
「ウチの全力! 喰らいなさい!」
そうして向かってくるサンバの人。それに対して、私は拳を構えた。
…………ん? 拳?
「ねえフォミラ、魔法少女と言えばみたいなマジカルな武器……出てこないの?」
恐る恐る、訊ねてみる。すると、お姉さんはとんでもない話を口にした。
「カレイド・リングってね、その装着者のイメージとか性格によって衣装も戦闘スタイルも生成されるの」
「うん」
「祭華ちゃんてさあ、たぶん戦いと言えば拳みたいなちょっと変わった古臭い固定観念持ってるでしょ」
お姉さんのその言葉に、思わず口からこんな言葉がこぼれた。
「世知辛い現実だ」
通りで腕に籠手みたいなものが着いてたわけね。
ちくしょう籠手かよ!
「喰らいなさい! ウチの、ケンコパンチ!」
「うるせえ!」
バゴンッ!
そんな、当たったら激痛が走り出しそうな鈍い音がした。それも私の身体からじゃなく、正面にいるサンバの人の方から。
「…………ッガ」
サンバの人が倒れ込む。
「すごい祭華ちゃん! 一発KOだよ! カウント取らないと!」
いったい何が起きたのか、説明するのは簡単だ。サンバの人が大振りで殴りかかってくるのを片足に重心を傾けることで避け、カウンターとしてフックで仕留めたのだ。
まさに力技!
「これが白井家秘伝、必殺奥義マジカル☆フック」
すかした顔で、拳にふぅ〜と息を吹きかける。
「祭華ちゃん最高! 天才! かわいい! 抱かせて!」
そこは抱いてじゃないんだ……。そんなことを思っていると「いってぇ」と呟きながら起き上がる。
あ、まだ生きてたんだ。
「痛いわね。アンタ、レディの顔面に容赦のない拳喰らわせちゃって! それって魔法少女がやること!?」
「私の顔面にパンチ入れようとしたやつが言うことか」
「ムッキー! 黙りなさい! アンタみたいなモラルのない魔法少女なんてウチが修正してやるわ!」
うわっ! 全力で殴りかかってきやがった!
さっきと言ってることが違うじゃん! レディのこと殴らないんじゃないの!?
「安心して祭華ちゃん! モラルがないのは千葉県民だけだから!」
(※彼女の言う架空の千葉県は実際の地域とは多少異なる場合がごさいます。ご了承ください)
「千葉の人に謝れ!」
「千葉をバカにしたわね! さてはあんた埼玉県民でしょ!」
そう声を張り上げるサンバの人。
はじめてサンバの人と意見が合った。でも、そんな意見が合った同胞と殴り合うことになるなんて、嫌だ。
私戦いたくなんてな……。
「死ねやこのサンバァ!」
拳がサンバの顔面にクリーンヒットした。
「ぐはぁっ! やられ千葉ァ!」
魔法少女の敵ってキャラ濃いの多いけどさ、サンバの服着て千葉推してるのってすごい濃くない?
「ぢぃ! まだよ!」
「祭華ちゃん! そろそろ学校だし、あと一発で決めちゃって!」
「わかった!」
魔法少女してたら忘れてた。私、学校の入学式だったんだ。
「修正パンチを喰らいなさい!」
「ううん! お前みたいなサンバ厚化粧なんかには負けない!」
「必殺技よ! 祭華ちゃん!」
「え、そんなのあるの?」
「ないよ? 自分で作るの。名前とか好きに決めちゃって」
あ、自分で作らないといけないタイプなんだ。
「まあ、名乗りとかすぐに出ちゃう祭華ちゃんなら大丈夫だよ!」
うわっ! こいつなんて痛いところを突いてくるんだ!
「どおりゃあああああ!」
サンバから放たれる渾身のエネルギー弾つきの拳。
よし、私もやろう、必殺技。
脇を締め、腰をひねり、足は内股に。私は溜めを作るべく身体を縮込める。
そして相手が眼前へと迫る。
満を持して身体の力を一気に拳に集中させ、解放した。
『ジュネッスガールパンチ!』
「っぐはああっ!」
こうして、名前も知らないサンバの人はどこか遠くの方へ吹き飛ばされていった。それも変化球みたいに回転しながら。
「祭華ちゃんすっごい! さすが私の嫁!」
抱きついてキスをせがるお姉さんの頬を引き剥がしながら、私は転身を解除する。
「私はいつ結婚したんだろう」
呆れた声を出した。
はぁ〜。朝からめっちゃ疲れたんだけど。もう帰ろ……と思ったけど学校これからじゃん。
私は肩を落としながら、トボトボと学校へ向かう。
これで遅刻したらこのお姉さんを警察に突き出そう。痴漢の現行犯で。
「ねえ、祭華ちゃん」
「何? 私もう学校行きたいんだけど」
そう塩っ塩な対応をするけど、それを全く気にしないお姉さん。
彼女は、次の瞬間衝撃の事実を口にするのだった。
「私ね、祭華ちゃんと同じ学校の新入生なんだ」
「………………は?」
マジでありえない。
こうしてはじまる。いや、はじまってしまう。
私、白井祭華の魔法少女物語が。
★★★
「へぇー。魔法少女ですか。ふぃひひひひ! ようやく! 私の研究が日の出を浴びる時がやってくる! 世界よ! 私を見よ! 私は、ここにいる!」
天を扇ぎ、不気味な笑い声を上げる男。
それは、これからはじまる魔法少女との戦いを強く予感させるものだった。
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