第8話 伝えたい事

 目を覚ます。襖の向こうからは包丁でまな板を叩く音が聞こえ、和尚が朝ご飯の支度をしているようだ。

 上体を起こすと、枕の周りにカットされた自身の髪の毛が広がっていた。寝起きだというのに、鏡に映る自分の髪はセットしたように整っている。


「美代子さん……」


 朝食を終え出発の準備をしていると、「ごめんください」と外から声が聞こえてきた。出ると、卓也がいた。迎えに来たという。


「そいじゃ和尚様、お邪魔しました」

「うん。またいつでも来んね」

 穏やかに笑む和尚に辞儀して、梓は境内から出た。


「髪、どがんしたと?」

 緩やかな下り坂を並んで歩いていると、卓也が訊いてきた。

「えへへ、似合っとー?」

 目を逸らした卓也は、頬を搔きながら「似合っとー」と小さな声で答えた。


「和尚様に切ってもろうたと?」

「うんにゃ、美代子さん」

 誰? とばかりの目に、「あん霊ばい」と答えた。

「和尚様の幼馴染らしかよ」


 それから梓は、和尚から聞いた話と、昨夜の夢で経験した事を話した。卓也は半信半疑といった顔だった。


「梓ちゃん、いっちょん怖がっとらんのやね」

「うん。悪か人じゃなかったけんね」


 怖がるどころか、親近感さえ覚えている。寂しさと優しさが同居する美代子の笑顔と、別れ際の言葉を思い出す。ガードレールの向こうに広がる港町の俯瞰景に視線を転じた梓は、勇気を出して「ねぇ」と切り出した。


「今夜、二人でまたあそこ行かん?」

「あそこって、霊のおった所?」

 頷くと、眉を顰めた卓也は咎めるような目をした。

「あげん怖か目に遭ったんに……」

「遊び半分で行くんやなか。景色ばりよかったけん、もっかいたっくんと見たかっさ」


 そこで一拍置いた梓は、足を止めて卓也に向き直り、すっと空気を取り込んで言った。


「伝えたか事もあっと」

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稲佐山のあもじょ さとう @satou9602

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