第6話 返事

「ええ、今晩は泊まってくと。うんにゃー、気にせんでください。ええ、ええ、では」


 受話器を置いた和尚は、襖を開けた。布団の上に座っている梓が、こちらを向く。


「お父さんには伝えとったっさ」

「ごめんなさい、わがままゆうて」

「うんにゃ、もう遅かけん。着替えここに置いとっけんね」

「ありがとうございます」

「お礼ば言うのはこっちさ」

「和尚様、あん霊と知り合いと?」


 頷いた和尚は、美代子との関係を話した。殊勝げに聞く梓の顔に、恐怖の色はもはやなかった。


「これからどがんしよっと?」

「どがんって?」

「会いに行っちゃらんの?」

「美代子はもう存在せん人っさ」

「存在しとーばい。和尚様ば見て泣いとったさ」


 咎めるような少女の目から目を逸らす。机の上の巾着袋が目に入った。今朝、不思議な老女が手渡してきたものだ。

 そう言えば、妙な事を言っていた。ここに来た訳を思い出した時、云々……。


 和尚は手に取り、口を開けた。中に入っていたのは、数珠のような物だった。

「なんね?」

 脇から覗いてきた梓が尋ねてくる。はっとして、和尚は目を丸くした。

「もしかして、縁霊珠よりのたまだまか」


 霊とその姿を視た者とを、夢の世界で引き合わせるという霊玉だ。文献で読んだだけで実物を見た事はなく、実在さえ懐疑視していたが、つぶさに確認するに、模様や玉の形が記載内容のままだった。

 梓に説明すると、彼女は妙な事を言い出した。


「和尚様、美代子さんに手紙ば書いて」

「手紙?」

「うちがその数珠巻いて寝たら、夢で美代子さんと会えるんやろ? 渡しちゃるけん。泣いとー女を放っとくなんて、男じゃなか」


 子供がませた事を、と冗談めかそうとして、声が出なかった。

「文通しとったんやろ?」

 曖昧に頷く。そう言えば、あの手紙の返事をまだ書いていなかった。

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