父との再会(レオネル)
「それじゃあ、お茶会にいってくるね」
「お嬢様をお預かりいたします」
気負いなくヒラヒラと手を振るあの子の横で、明らかに大人しくなった王妃の専属侍女が俺たちに頭を下げる。
「この子はデビュタントもまだの子どもであることを忘れないで、気分を害さないように気を付けてくれ」
「は、はい」
あの子が気分を害さないようにお前が王妃をどうにかしろ。
言外で父上にそう言われた専属侍女は必要以上に首を縦に振って部屋を出ていった。
「王妃も、ですか」
「見た儘を信じればいいのに、後ろめたい奴ほど下手な勘繰りをする」
「見たままとは?」
「田舎育ちの娘が爺にくっついて王都散策にきたでいいじゃないか」
あまりの無茶振りに呆れるを通り越して笑ってしまった。
「あの頃、俺の行動予定を探ってあの女たちに報告していたのは王妃でしたか」
「彼女は南部辺境伯の次女だからな」
南部辺境伯は俺がいる南部の砦の物資や人員を管理している家。
砦の運営は将軍が武官たちを統括し、文官たちを辺境伯家が統括している。
辺境伯家の屋敷は砦から馬車で王都方面に向かって一日ほどの距離の場所にある。
上級の魔物の出現など緊急時には物資や人員を集めて砦に送る臨機応変な機動力と、国の防衛に関わることなので国に四つある辺境伯家はどこも王家の信頼が厚い家門だ。
現在の南部辺境伯、つまり王妃の父親は俺も信頼している実直な人物な。
過不足ない支援で南方砦を支え、緊急時には辺境伯家の守りを捨てて家門の騎士たちを砦に送ってくれる。
「アイシャが王都を離れて十五年、どいつもこいつも気が抜けていたのだろう。油断大敵とはよく言ったものだ」
嘘をついて事実を捻じ曲げた以上、その捩じれはいずれ修復を試みる。
そのカギとなるのがアイシャの産んだあの子。
「誰がどう見てもエリーは公爵家の子どもだからな」
「いつから、いつから二人と?」
「アイシャが王都を去って直ぐに北部の砦に行った。口の堅い産婆をつけて、エリーの出産のときも廊下に追い出されてはいたが傍にいた」
「どうやって北部の砦にいったのです? この十五年、ヴィクトルが百人近く使いの者を北部砦に送りましたが北部砦にたどり着いた者は一人もおりません」
砦の位置も分かっているし地図もある。
ある程度のところまでいけば視認さえできるのに、なぜかたどり着けない。
「北部は一面白い世界だからな。方位を狂わせる魔導具を設置すればおいそれと目的地には行けない。あとは悪戯好きの精霊たちの仕業だろう。北部に来る者は少ないから、遊び相手がきたと喜んだはずだ」
「それならなぜ父上は砦にたどり着けたのです?」
「スフィンランたちが案内してくれた」
……畜生。
「あいつ、父上が好みだと言っていたから」
「妬くな、みっともない。恋だの愛だのがない分、俺たちが手を組みやすかっただけだ」
「手を組む、とは?」
「内緒だ」
そういって人差し指を口の前で立てて見せる。
我が父ながら憎たらしいくらいのイケメン、こういう仕草が様になる。
「それにお前たちがあんなことになった責任の一端は、あの女の暴挙を放っておいた俺にもあるから。そのことでは、お前に謝らないといけないと思っていた」
すまなかったと頭を下げた父上に驚く。
「父上は、息子としての俺に興味はないと思っていました」
「一般的な父親よりは情が薄いかもしれないがあるぞ。お前とアイシャの結婚も後押ししたじゃないか」
「後押しの理由はサンドラへの嫌がらせでしょう? あの女、自分に性根が瓜二つで可愛がっていたカレンデュラを俺の嫁にしたがっていましたから」
「二割くらいは純粋にお前の幸せを願っていたさ」
「……少し、意外です」
そう言うと父上は言いにくそうに視線を明後日のほうに外す。
「レオは人の裏を読むのが苦手なんだから言わなきゃ分からないって、アイシャが言った通りだな……詳しく話すつもりはないが、俺はあの女を憎んでいる。でもそれはお前のことじゃない、手段は気に入らないが貴族の婚姻は馬の繁殖とさほど変わらないと思うことで諦めた」
少年時代に薬を使われて強姦される以上に許せないことがあるのか?
いや、あるか。
頭にアイシャとあの子が浮かび、一人完結する。
もしかしたら父上にも―――。
「俺の恨みつらみにお前を巻き込んだ、悪かった」
「……そうですか」
父上の謝罪で今まで感じていた嫌なことが消えたわけではない。
でも謝罪を受け入れないのも違う気がする。
ああ、アイシャも俺が謝ったあのときこんな複雑な気持ちだったのかもしれないな。
「そうですかって、それだけか?」
「いまの気持ちを正直に言えば、俺にどうしろと言うんだと思っています」
「……俺の想像以上に素直に育ったんだなあ、アイシャの
「彼女にしつけられた自覚はあります」
大きく深呼吸をする。
「父上、アイシャはどうしているのですか?」
「……すまない、それはいまは話せない」
話せない、か。
「何となくそんな気がしました。それで、今回呼んだのはあの子が公爵家の庇護下にあることを見せつけるためだけではないでしょう、護衛ですか?」
「昨夜、二人来た。よほどの相手や状況でなければ俺が倒れることはないだろうが、何ごとにも万が一があるし、その万が一を起こす気はない」
「使えるものは何でも使うがアイシャの座右の銘ですからね」
それに、父上は護衛は俺があの子の傍にいられるよい口実だと思ってくれたのだろう。
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