幸せな夢は衝撃と共に覚める(レオネル)

 夜会会場は俺の予想以上に荒れていた。


「マーウッド伯爵令息は結界魔法の精度が上がったな、気遣いもよくできている」


 マックスは降ってくる水と硝子の破片から参加者を守るために結界を張っている。

 ホーソン父娘とサンドラを入れた結界と他の参加者を分けているところが父上のいう気遣いなのだろう。


「全てが終わるまであの結界は何が何でも解かないでいてもらおう」

「同感です」


 俺と父上を見つけたカレンデュラ嬢とサンドラが狂ったように結界を叩いている。

 俺はいざというときのために持っていた魔力回復を持ってマックスの元に行った。


「マックス、何があった」

「レオ、何があってこんなに遅かったんだよお」


 父上と恋愛話コイバナしていましたなんて言えるわけなく、ひたすら謝罪を繰り返すことになった。


「さっきからずっとアイシャの氷の塊が降ってくるんだよ、ガラスより怖いんだけど」

「もう少し頑張れ、東の」


「え、南の将軍? え、あの、どうしてここに?」


 気遣うような視線が父上とサンドラを行ったり来たりしている。


「それよりもこの魔力はどんな魔物のものだ。魔鳥か?」


 父上の言葉にマックスが頷き、俺と父上は上を見る。


「どこだ?」

「いまはどこにいるか、ちょっと分かりません。ただアイシャが追っています」


 ドコオンという音がして太い氷の枝が壁から生える。


「また来た!」


 マックスがマリナの力を借りて水の防御膜を結界と二重になるように張る。

 ぽよんっと跳ねて浮いた氷の塊を父上が精霊魔法で溶かす。

 

「やる気満々だな」


 下ではマックスが客を防御しているとはいえ、ちょっと豪快すぎやしないかね?



 バラバラ落ちてくる氷の塊に父上が眉を顰める。


「討伐じゃなくて捕獲しようとしているのか?」

「ホーソン侯爵の要求です。魔鳥を殺した場合は損害賠償を請求すると言われまして」


 ただ、とマックスは言葉を切る。


「アイシャは失敗したら御免ですませるつもりらしく、遠慮も配慮も一切していません」

「睡眠香もない状況で魔鳥の捕獲はほぼ無理だ。正しい判断だ、俺が擁護しよう」


 頭上に降ってきた氷塊を俺は慌てて魔法で溶かす。


「思い切りがいいところは好ましいが……レオネル、いいのか?」

「何がです?」


 父上が理解の足りない困った子どもを見るような目で俺を見るのだが、なんだ?


「ドレス姿なんだろ、めっちゃ可愛い」

「……ああ、まあ、そうですね!」


 ここで蒸し返すか⁉


 やめろ、マックス!

 その生暖かい目をやめろ!


「ドレスということはスカートなのだから、宙を飛び回っていたらスカートの中身は丸見えだぞ?」

「あ゛?」


 父親の目線を追ってみれば、丁度頭上でふわりとアイシャが着ていたドレスと同じ色の花が咲く。

 スカートだと認識した瞬間、きれいな脚が上まで続く光景が目に焼き付く。


「息子よ、騎士科で何を学んでいる。確かに綺麗な脚をしているが、騎士科の女性全員に配らえる短いズボンを履いているようだ」

「なにをじっくり観察しているんだ、変態親父」


「初めてまともに口をきいた父親に対して変態とは……まあ、いい。お前は胸か脚かでいえば脚のほうか」

「いえ、胸のほうですよ」


 父上がマックスの言葉でしょげた気がする。

 なんならさっきは少し嬉しそうだった。


 そして先ほどの感想。


「父上は脚のほうの人ですか」

「まあ父子で好みが違うのは仕方がない。気持ちのいい戦いをする女が好ましい点は変わらない、脚も綺麗だしな」


「脚は忘れろ」

「……力技で押していくタイプのようだが鳥相手には決め手に欠けるな。交代する。レオ、両腕を真っすぐ伸ばすように突き出せ」


 は?


「早くしろ。そして踏ん張れ」


 そう言うが早いか父上の指先から赤く光る線が出て、じゅうっという音をたてながらアイシャの作った氷の足場を切り抜く。


 は?


「キャッ」


 あると思っていた足場がないことに驚いてアイシャ嬢が悲鳴を上げるのと、俺が慌てて腕を突き出すのが同時だった。


「うわっ」

「よし!」


 雑っ!


「スフィンランのアイシャ嬢、ご苦労だった。あとは俺が殺ろう」


 そう言うと父上はアイシャ嬢が作った飛び切り大きな氷塊の上に乗り、「鳥は焼き鳥に限る」と言いながら天井に向かって火の魔法をぶっ放す。


 真っ黒になった魔鳥の死骸が落ちてきて、落下地点から人ひとり分も離れていなかったサンドラが悲鳴を上げて気絶した。


 絶対にわざとだ。

 しかし嫌がらせであっても魔法の精度や威力はすごい。


「格好いい……」

「は?」


「南の将軍閣下ってめちゃくちゃ格好いいですね!」

「ちょっと待て! お前のこんな目をキラキラした顔は初めて見るぞ」



 ***



「なんで!」


 ハッとして目が覚めるた瞬間に浮遊感を覚え、次の瞬間背中を床に強く打ち付ける。


 痛……ここは、城の客間か。

 夢、か……夢だよな。


 テーブルの上、畳んだハンカチの上に置いてある割れた紫色の石は卒業のときに贈り合ったもの。

 あの夜会は遠い昔の思い出だ。



 精霊の影響具合によって個人差があるが精霊の加護が少なからずある者は大体二十歳くらいで成長が止まり、二十代半ばから三十歳くらいで老化が止まる。


 俺のいまの見た目はだいたい二十代後半。

 俺の体の時計は六十歳を過ぎたあたりからゆっくりと動き出すだろう。


 愛しい子の場合は他の人よりも二十年から三十年は寿命が長い。

 人生百二十年と考えれば四十歳にもならない俺はまだ折り返しにも達していない。


 この無為に長い人生ずるずると生きていくと思っていた。


 朝起きて、仕事をして、疲れたら眠る。

 魔物の出現や野党の討伐など仕事内容の変化はあるが、俺のプライベートにさほどの変化はない。



「服のまま寝てしまったか」


 皴になったシャツを見下ろしてため息を吐き、テーブルの上に乗ったままのグラスに酒の臭いが残っていることに眉を顰める。


 洗面台に酒を捨ててグラスを軽く洗い、ピッチャーの水を入れて喉の渇きをいやす。

 一杯では足りなくて、昨夜は酒を飲み過ぎたと反省した。



「今朝は冷えるな」


 ベランダに出ると、南部の砦の乾いた風とは違う人工的なニオイのする風が吹く。

 春は近いがまだ風は冷たく、寒いと感じると同時にアイグナルドが集まり始める。


「ありがとな、もう大丈夫だから遊んでおいで」


 俺の言葉にほとんどのアイグナルドたちが庭のほうに飛んでいったが、数匹がもじもじと何かする目で俺を見る。


「ダメだよ」


 精霊たちが俺と見比べるのはあの子がいる部屋の窓。

 スフィンランたちが守る様に窓の外にいるから直ぐに分かる。


「飛んでいきたい気持ちはわかるけれど、あの子をお前たちが守っちゃいけないんだ……ごめんな」


 精霊は愛し子のお願いを断れない。

 だからアイグナルドたちは少し寂しそうに笑ってから庭のほうに飛んで行った。


 妖精は自然を好む。

 これから花が咲く庭は遊んでいて楽しいだろう。


 あの庭を俺もよくアイシャと散歩した。


 ――― 私たちの子はどっちの妖精に好かれるかしら。


「どっちの精霊にも好かれているよ」


 夜明けの空はアイシャの目によく似ていると思ったら、俺の視界で朝日がぼやけた。 

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