恋の自覚は突然に、がお約束(レオネル)

「今夜は星がきれいだなあ」


 星にあまり興味はないが星が好きな振りをして休憩時間の延長を目論む。

 二時間も頑張った、可愛い嘘くらい許してほしい。


 俺を呼ぶカレンデュラ嬢の声がするが聞こえないことにする。

 悲鳴のような感じもするが、気にしない、気にしない。


「もう帰りたい……って賑やか過ぎないか?」


 俺を呼んでいるのはカレンデュラ嬢だけだが、騒いでいるのはカレンデュラ嬢だけではない。

 悲鳴のような叫び声は老若男女が混じっている。


 何かがおかしい。


 中を覗き込もうとした瞬間、窓ガラスに何かがかかる。

 それが水をかけられたのだと察した瞬間、水が真っ白に凍る。


 バキバキと音を立てて氷が拡がっていく。


 一体なんだ!?


 こんなことができるのはスフィンランとマリナか。


「マックスとアイシャ嬢か。何があったか分からないが息ピッタリだな」


 水を素材とする二人は気が合うこともあって二人で精霊魔法を組み合わせる練習をしている。


 その成果が出て良かったじゃないかと思いつつも、いつものように「上手くいった」とハイタッチしているであろう二人を想像すると胃の辺りがギュッとなる。


 消化不良か。

 あまり食べていないが空きっ腹もよくないからな。


 え?


「アイグナルド!?」


 ビタンッと顔にひっつく勢いで飛んできたアイグナルドを顔から離していると、続いて飛んできたアイグナルドたちが俺を建物の中に連れていこうとする。


 そう言えばいつもよりアイグナルドが周りに少ない気がしてはいたが、てっきりサンドラが近くにいたからだと思っていた。


 アイグナルドは愛し子を傷つけたサンドラを嫌っていて近づかない。

 人間が臭いものから顔を背けるような嫌がり方をする。


 そう、嫌いなら逃げていく。

 逆にくっついていくのは―――。


「馬鹿、俺、鈍過ぎ」

 

 好きだ。


「ちょっと待て、待て……嘘だろう? ……嘘だ」


 俺が恋なんてするわけがない。


 父上に恋をしたサンドラがやったことを知ったとき、俺にとって恋は醜悪な欲の塊になった。

 恋をしたなんて醜悪な欲を美しく飾るための嘘。


 ただ女に嫌い以外の感情を抱いたから戸惑っているだけだ。

 前向きな姿勢が好ましいとか、柔軟な発想で効率の良い戦いをする点への尊敬とかに違いない。


 そう、だろう?


 ここは恋なんてありえないって、笑い飛ばすところじゃないか?


 無理だよなあ……最悪。


「俺は彼女に嫌われているんだ」


 恋の自覚から失恋までは直通、逃げ場のないコース。

 しゃがみ込んで愚痴るなんて情けない姿を晒せるのはアイグナルドだけ。


 まあ、真面目に相談してもアイグナルドたちはきょとんとするだけ。

 分かっているのか、分かっていないのか。


「きつく当たったのは悪いと思っているんだ」


 時間を巻き戻せるならと思うが、巻き戻っても同じことをするに違いないと思った。

 俺にとってアイグナルドたちは家族で、精霊に相応しくない態度はやっぱり好ましくない。



「この夜会だって、アイツは来る必要がないんだから来るなよ。誤解でも俺に婚約者がいるなんて思われたくなかったんだよ、馬鹿野郎。美味い料理に釣られるなよ、そんなに食うのが楽しみかよ、何だよ『婚約おめでとうございます?』って! あの恰好すっげえ可愛いんだよ!」


 相談がどんどん愚痴になる。

 アイグナルドたちが一匹一匹と離れていくんだが、俺に呆れてアイシャ嬢のところにでも行ったのだろうか。


「……冷たくないか?」


 慰めろとまで言わないけれど、傍にいて欲しい。

 自分に素直になれば羨ましい。



「うわっ!」


 突然アイグナルドたちが大量に一方向に飛んでいく、と同時に暗闇から声がした。

 この声って―――。


「父上?」


 珍しい。

 王都に来るのはもちろんだけど、いまこの近くにサンドラがいる。


 そしてなぜか妙に気まずそう……もしかして?


「ち、父上。もしかして……聞いて?

「その……ああ、すまん」


 すいっと父上は俺から目を逸らす。

 ばっちり聞かれた、聞いてはいけないことを聞いてしまったという顔をしている。


「どこから?」 


「俺は彼女に嫌われているんだ、あたりから?」

「それ、ほぼ最初からです」

「あ、そうなのか」


 父上として接するときの気まずさに羞恥心が勝つ。


「いるならいると大きな声で存在を主張してください」

「すまない。しかしこんなところでお前がアイグナルド相手に恋愛相談を愚痴っているとは思わないだろう?」


「そうですね! すみませんね、変なところで愚痴って。パーティー会場ならばあちらですよ」


 やけっぱちで「あっちいけ」と会場を指さす俺に父上は驚いた顔をする。


「お前、そんな性格をしていたのか」

「そうですね」

「そうか……しかし異様な盛り上がりだな。なぜガラスが白い、火事? いや、氷?」


 少し離れたところでガラスの割れる音が響く。

 庭園に散ったガラスの破片が落ちる。


「少々盛り上がり過ぎではないか?」

「そうですね」


 近くにいたスフィンランがアイグナルドの頭を撫で、それにアイグナルドが喜んでいるのを見て父上は色々察したらしい。


「片思いの相手はアイシャ嬢か」

「そーですよ! いまそれ、関係あります?」


「当たり前だ。今回俺が来たのはお前の婚約に王家は一切手を貸さないという約束を国王が破ったからだ。王命など使いやがって、折角だからお前とホーソン侯爵令嬢の婚約もぶち壊す……両想いならそのままアイシャ嬢との婚約も結ぶが、片思いならやめておく」


「あ、ありがとうございます」

「あの様子では婚約まで時間がかかりそうだな。仕方がないか、惚れたほうが負けというしな」


「そうですね」

「潔く認めたな」


 あんな恥ずかしいことを聞かれ、アイシャに惚れていることがバレていて、これ以上意地を張って否定するほうが恰好悪いじゃないか。


 それに話し続けるにはバンバン割れるガラスの音が気になる。


 いや、気になるより最早「気にしなくてはいけない」レベルなのだが。

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