第7話 過去は理解の一助となる
「よお、アイシャ。楽しんでいるか?」
「動物園にいる珍獣になった気分よ。でも大規模な夜会ね、食事も美味しいわ」
もの珍しそうに周囲を見つつフォークを止めないアイシャに、「感想はそれだけか」とマクシミリアンは親友の恋路の険しさに苦笑する。
(大規模な夜会、ホーソン侯爵とウィンスロープ公爵夫人のツーショット。レオはこの婚約を受けいれていないが、外堀は完全に埋まっている)
筆頭公爵夫人であり元王女がまとめた婚約。
完全に埋められた外堀に水を流せるのは国王とレオネルの父親であるウィンスロープ公爵だけ。
(国王は面倒がって昔からこの件に関与しない。公爵は南方砦に引きこもっていて王都には滅多にいないし、夫人がいるなら絶対にここには来ない)
「ウィンスロープ公子様もいろいろ大変ね」
肉の咀嚼を終えたアイシャの言葉にマクシミリアンはいささか驚いた。
そしてアイシャの薄紫色の瞳が気遣うような光を称えてレオネルを見ていることに二重に驚く。
「アルカイックスマイルの見本みたい。公子様だけじゃなくて周りも……実は周りに盛大に同情されている婚約だなんて知らなかったわ」
今夜の主役であるカレンデュラは華やかな深紅のドレスを着ている。
それは自分がレオネルの婚約者であることを誇示していて、その満足気な表情は隣でエスコートするレオネルの無表情とは対照的だった。
「婚約の夜会だってカレンデュラ嬢に招待されたから、何も知らずに『婚約おめでとうございます』って言っちゃったけれど大丈夫かしら」
「……ダメじゃないかな」
好きな子からそう言われたときのレオネルにマクシミリアンは深く同情した。
「アイシャはまだアイツが嫌いなの?」
「最近はそんなに……アイグナルドたちに妙に懐かれて公子様と接する機会が増えて、私も公子様を誤解していたかもって思うの。理想が高くて、それを押しつけられたことにいら立ったけれど……結局そのおかげでいまもこうして五体満足だし、ご飯も美味しく食べられているから」
「北部の演習は厳しいのか?」
「厳しいのはどこでも一緒でしょ?貴族だろうが孤児だろうが魔物は一切遠慮してくれないもの。強くなる、強くならなければ生き残れない、それだけよ」
「お前のそういう男顔負けな気質、好きだぜ」
「私も、そうやって素直に賞賛できるマックスが好きよ。そういう意味では公子様も好きよ。成果を出せば評価してくれるし、腹の底が見えない王太子殿下と違って意外と素直な方だし」
アイシャの頭に浮かんだのは、裏庭で寂しそうにしていたレオネルだった。
アイシャの秘密の休憩場所にやってきて突然独り言を始めたときは驚いたが、その内容にはもっと驚かされた。
あとで友人で子爵令嬢のフウラに聞くと、レオネルの出生に関わる王女の
(嘘の笑顔、嘘の祝福、どこも嘘ばかりで息がつまる。私は嘘でも笑顔なんて浮かべられない……貴族って怖い、とても気味が悪い。公子様に妖精という救いがあったことが幸いね)
「レオのことを避けているからてっきり嫌いだと思っていた」
「嫌いではないわ、避けるのは面倒だからよ」
「……カレンデュラ嬢か?」
アイシャとレオネルは特別に仲がいいわけではないし、他の二人も常に一緒で滅多に二人きりということはないが、次期将軍として共に行動することは多い。
それがカレンデュラには面白くないようで、大小様々ないやがらせを仕掛けてくる。
「確かに勝手に勘違いされていやがらせを受けるのは面倒だけど、避けている主な理由はこの子たちよ」
マクシミリアンが首を傾げると、アイシャは苦笑してドレスのオーバーレイを少しだけめくってみせる。
「うっわあ……」
そこにはビッシリとアイグナルドたちが引っ付いていて、虫みたいでちょっと気持ち悪いとマクシミリアンは思った。
「アイツの周りにいるアイグナルドたちが少ないと思ったらこんなところに」
「いつもなら公子様のところに戻れって放り投げるんだけどさ……疲れ切った顔でヨロヨロしていたり、泣きそうな顔で逃げてくると、ついね」
「アイシャが優しいのが分かっているんだろうよ」
泣きそうな顔でアイシャのスカートを掴むアイグナルドに、マクシミリアンの記憶の中の小さい頃のレオネルが重なった。
「レオはさ、いまはすかした奴だけれど昔は泣き虫でさ」
「ちょっと意外だけれど……少しだけ想像がつくわ」
アイシャが泣きそうなアイグナルドを優しくなでると、その感触にアイグナルドが瞬く間に笑顔になる。
単純なところが可愛らしくて、昔のレオネルもこうだったのかもしれないとアイシャは思った。
「俺の親父が近衛隊長なのは知っているだろう?実は母も近衛騎士でさ、王女だった公爵夫人の護衛をやっていたんだ」
「へえ。お兄様も近衛だし、近衛一家なのね」
近衛の家系と知ると王族とつながりを求めようと阿る視線を向ける者も多いのだが、アイシャの「へえ、そう」という視線にマクシミリアンは肩の力を抜く。
「うちの母さんは怖いもの知らずで王女相手でも遠慮なく物を言うからさ、公爵夫人も母さんに会うのは嫌がって……だから公爵夫人の機嫌が悪くなるといつもうちに来ていたんだ」
「マーウッド伯爵家は公子様にとって避難場所だったのね」
「レオの過去を知っているとは意外だな。社交界では知られている話ではあるけれど、興味なさそうだから」
「裏庭で愚痴っているところに出くわしちゃったの、偶然ね」
「裏庭っていうと、やっぱり頬の赤い手形の犯人はお前か。あいつ、誰にやられたか言わなくて、女の子と揉めたなんて噂が広がってカレンデュラ嬢が犯人捜しに躍起になってたんだぞ」
「うわっ、修羅場になるところだった。黙っていてくれてありがとう」
「……レオとお前が恋仲という可能性は?」
「ないない、なにバカなことを言っているのよ」
(うっわあ、脈が微塵もない)
「微塵もなくて、どうして頬をひっぱたくことになるんだよ」
「マックス、あなたが女の子に頬を叩かれる理由は?」
「浮気を責められたとき?」
「あなた最低ね……私と公子様は、その、いろいろあったのよ」
アイシャは反射的に、あのときレオネルが触れた首筋に手を当てた。
火の精霊アイグナルドに愛されたレオネルの手はとても熱かったと時折思い出すのが癖になりつつあった。
「アイシャ、なんか顔が赤い……」
「……マックス?」
マクシミリアンが途中で言葉を切ったことを不審に思ったアイシャが、首を巡らせてその視線を追えば
「鳥かご?中にいるのは、カワセミ?」
「いや、あいつは東部でよく見る魔物だ。キレイな水辺と血を好む魔鳥だ」
「こわっ、何でそんな両極端なわけ」
「知らねえよ、好みなんだろ……おい、何を始める気だ?」
ホーソン侯爵がその鳥かごを娘のカレンデュラに見せて何かを言い、カレンデュラは嬉しそうに笑って父親に抱きつく。
「誕生日プレゼントみたいね」
「ホーソン侯爵がカレンデュラ嬢のために魔鳥を購入したという噂は本当だったのか」
「魔物を飼うのは違法ではないのでしょう?」
「魔物を飼うときは主従契約をしなければいけないことになっている。あの鳥を見ろ、どこにも服従の輪がない……魔鳥ならば脚にはめるのが一般的なんだが」
「輪……あれのこと?」
アイシャの指さす先で、ホーソン侯爵がカレンデュラに銀色の輪を渡していた。
「まさか、この場で魔物との主従契約をするつもりか?」
「きれいな魔鳥だし、余興としてはいいわよね……無事に契約が終わればだけれど」
「そうやってフラグ立てるのはやめろ」
「ごめん、つい。それにしても公子様はどこにいるのかしら?公子様がいればあんなバカな真似はさせないと……ああ、ベランダで休憩中なの」
「何でわかる?」
「アイグナルドたちが、ほら」
「……可愛いな」
欄干に寄りかかるように天を仰ぐ、アイグナルドのその仕草が妙に親友に似ていてマクシミリアンは脱力しかけた。
「会場全体を凍らせていいかな?」
「相変わらず見た目を裏切るガサツさだな」
「マックスは見た目によらず繊細よね」
小柄だが勝気な顔立ちに、得意とするのは両手で構える大剣。
その見た目のせいで攻撃型と思われがちなマクシミリアンだが、血を見るのが苦手な優し気なところを水の妖精たちが愛しているようで結界や治癒などサポートを得意としている。
攻撃を得意とするのはレオネルとアイシャ。
屈強な体で剣を得意とするレオネルは「見た目通り」なのだが、妖精に例えられるほど華奢な体で優しい見た目をしたアイシャは「見た目詐欺」と言われている。
「起きて欲しくないことって大抵起きるんだよ」
「フラグの回収よ、回収」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます