フラグは回収するためにある(マクシミリアン)
「楽しめてるか?」
「珍獣になった気分だけど、食事が美味しいから許せる」
アイシャはもの珍しそうに周囲を見つつもフォークの動きを緩めない。
作った者の努力が浮かばれるようだ。
味も見た目も妥協せず用意される食事だが「見定める」が目的の貴族の夜会ではつまむ程度しか食べられることはないから。
王命でホーソン侯爵家の夜会に四将軍は出るように言われ、さらにレオは年齢と身分が最も合うという理由で夜会の主役であるカレンデュラ嬢のエスコートを命じられた。
いま国王の暴走をとめられるヴィクトルは婚約の白紙で問題が起きたということで急遽隣国にいっており、大精霊の愛し子だからアイシャのように俺たちは王命を断れた貴族の柵もあって渋々受け入れた。
ホーソン侯爵とウィンスロープ公爵夫人が並んで微笑み合っている。
本人たちはこれで外堀を埋めたらしいが、彼ら以外はネタが透けて見える三文芝居を無理やりみさせられているような白けた顔をしている。
「レオネル様も色々大変ね」
肉の咀嚼を終えたアイシャの一言目に驚いた。
しかもアイシャはその薄紫色の瞳で気遣うようにレオを見ているじゃないか。
「いつの間に名前呼び?」
「なぜか最近アイグナルドに懐かれちゃって、それを迎えにきた公子様とそれなりに話すようになったの。見た目と雰囲気が違うなって思ったとき、私もレオネル様を公子って色眼鏡で見てたんだなって反省した」
ふうっとアイシャは一息つく。
「レオネル様にはいろいろ難癖つけられたけれど、おかげでこうして生きていると思うと感謝の気持ちも湧いてくるのよね」
アイシャは魔物の多い北部の討伐をしている。
あの地域は雪深くてあちこちが凍っているため他の地域のように大規模な兵の投入はできず、スフィンランの将軍閣下とアイシャのほぼ二人で討伐していると聞いた。
「北部は愛し子の負担が大きいからな」
「仕方がないわよ、おかげで取り分も多いから納得してる」
「男顔負けのその気質、俺は好きだぜ」
「私も、そうやって素直に褒めてくれるマックスが好きよ。そういう意味では公子様も好きね。成果を出せば評価してくれるわ。もうちょっと素直に言葉にしてほしいけれど、結構表情に出るから」
そう言うとアイシャは口元にグラスを持っていき唇を隠す。
「嘘の笑顔、嘘の祝福、どこも嘘ばかりで息が詰まりそう。貴族って怖い、とても気味が悪いわ」
「……何があった?」
「カレンデュラ嬢よ」
女の勘というべきだろう。
カレンデュラ嬢はレオのアイシャへの好意を見抜いた途端にアイシャを標的にし始めた。
そうは言ってもアイシャは愛し子、何ができるわけでもない。
ただ憎悪を嘘でコーティングしたカレンデュラ嬢とその取り巻きに息が詰まる思いなのだろう。
「それでさっきから避けているのか?」
「彼女ではなく、その隣の夫人。あの人が近づくのをこの子たちが嫌がるから」
この子たち?
視線で尋ねればアイシャが苦笑してドレスのオーバーレイを少しだけめくってみせる。
「うっわあ……」
そこにはビッシリとアイグナルドたちが引っ付いていた。
虫みたいでちょっと気持ち悪い。
「アイツの周りにいるアイグナルドたちが少ないと思ったら……」
「いつもならレオネル様のところに戻れって言うんだけどさ、疲れ切った顔でヨロヨロ飛んでくるから可哀そうになっちゃって」
アイシャのスカートを掴むアイグナルドはどこか泣いているように見えて、それが記憶の中のレオと重なる。
「レオって昔はかなり泣き虫だったんだ」
「少しだけ想像がつくわ」
同意するようにアイシャがアイグナルドを撫でる。
「俺の親父が近衛隊長なのは知っているだろう? 実は母も元近衛騎士でさ、王女時代のサンドラ夫人の護衛もやっていたんだ」
「お兄様も近衛だし、近衛一家なのね」
近衛の家系と知ると王族とつながりを求めようと強請る目を向ける者は多い。
でもアイシャは俺の予想通り「へえ、そう」ですませる。
「サンドラ夫人はズケズケものを言う母さんが苦手で、それを肌で感じたのかレオはよくうちに遊びに来ていたんだ」
「そうだったの」
ああ、その反応はレオの過去を少なからず知ったんだな。
「公子様から聞いた、少しだけだけど」
「へえ」
意外、好きな女に弱いところを見せたくないタイプだと思った。
だけど自分の傷を話せるようになったことは嬉しい。
「淑女教育のあと散歩していたら、愚痴っているところに出くわしちゃった」
「淑女教育ってあの日か。あの頬っぺたはお前か」
明らかに女の手形で、誰がつけたかレオは言わなかったから女の子と揉めたなんて噂になって。
「カレンデュラ嬢、レオと揉めた女探しに躍起になってたぞ」
「ばれたら修羅場だよね、面倒なことになるところだった」
「それで、レオとお前が恋仲ということは?」
「ないない、なにバカなことを言っているのよ」
あっさり否定。
全く脈がない。
それでどうして頬を引っ叩く事態に……と思うが、女に頬を叩かれる理由なんて二つ。
一つは浮気、もう一つはエロいことをしたとき。
レオの場合は後者一択……おそらくやったのはアイグナルドだけど。
「……マックス」
ピリッと緊張をはらむアイシャの声にハッとする。
アイシャの視線を追ってみれば……鳥かご?
「あの中にいるのはカワセミ?」
「いや、川辺に生息している魔物だ。澄んだ水と血を好む魔鳥だ」
「こわっ! 何でそんな好みが両極端なわけ?」
「理屈じゃないだろ、好みなんて。おい、何を始める気だ?」
ホーソン侯爵がその鳥かごをカレンデュラ嬢に渡す。
何かを耳元で囁き、カレンデュラ嬢は嬉しそうに父親に抱きつく。
「誕生日プレゼント?」
「ホーソン侯爵が魔鳥を購入したと聞いていたし、それを見せびらかすつもりだと思ったが」
「あの魔鳥、服従契約をまだしていないんじゃない?」
アイシャの指摘にハッとして魔鳥の足を見る。
服従魔法が付与された魔鳥用の足輪がない。
「どうやらここで魔獣契約をするつもりらしいわよ」
アイシャの指す先、カレンデュラ嬢が銀色に光る小さな輪を見せびらかす。
籠の中にいるのが魔鳥であること、そして服従契約がまだであることを察した者たちが騒めきだす。
そのうち一人がホーソン侯爵に何かを言う。
それに対して侯爵はただ笑うだけ。
「小さい魔鳥だし、綺麗な鳥だから余興としてはいいわよね、無事に契約が終わればだけれど」
「そうやってフラグ立てるのはやめろ」
「ごめん、つい。レオネル様なら止められるかもしれないけれど、傍にいないわね。どこにいるのかし……ああ、ベランダで休憩中なのね」
「何でわかる?」
「アイグナルドたちを見て」
アイグナルドが宙に浮き、アイシャの持っているグラスに寄り掛かって「疲れ切っているレオ」をやってみせてくれた。
「可愛いな」
「外の空気を吸いに行くと、よくこんな格好をしているわよね」
アイグナルドのその仕草が妙に親友に似ていて脱力しかけたが、事態は好転していない。
奴らの愚行をとめられる唯一がいないということは、魔物を逃がすで対策を練っておくべき。
「会場全体を凍らせれば逃げられないわよね」
「ガサツ過ぎる。その見た目に相応しい繊細な計画を立てろ」
「マックスは見た感じはガサツなのに」
小柄だが勝気な顔立ち。
得意としているのは背丈ほどある両手持ちの大剣。
この見た目で剣をぶん回す攻撃型と思われがちだが、俺は血を見るのはあまり好きではない。
地面を砕いて敵と味方の間に距離を作り、その隙に結界を構築したりけが人を治癒するほうが性に合っている。
攻撃を得意とするのはレオネルとアイシャ。
屈強な体で剣を得意とするレオネルは見た目通りだが、妖精に例えられるほど華奢な体で優しい見た目をしたアイシャは見た目詐欺だ。
「起きて欲しくないことって大抵起きるんだよなあ」
「フラグは回収するためにある」
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