第13話 嘘から出た真実

「父上、エレーナ嬢はなぜあの二人を放置しているのですか?」

「ん?」


「そもそも、あの子はいまどこに?」


 レーヴェからのお茶の誘い。

 いい年齢して父親と差しでお茶を飲むのにやや抵抗があったが、来ればエレーナに会えるかもしれないと思って了承した。


 しかし、そこにいたのは優雅に茶のカップを持つ父親だけ。


「エレーナは王妃陛下のところだ。使えるものは何でも使う、アイシャの教えだそうだ」


 面白いと顔全面に書いて笑っている父親にレオネルは呆れる。

 レオネルの中でレーヴェは薄幸を絵にかいたような儚げな人物だったため、いま目の前で笑う人物とのギャップに戸惑う。



「エレーナ嬢は一人で?」

「西方将軍についていってもらった。それにいまの王妃陛下にはエレーナをどうこうできないよ。それであの女たちのことだったな。お前、何もしていないよな?」


 レーヴェの質問にレオネルはため息を吐く。


「したいのは山々なのですが、これはエレーナ嬢が始めたケンカでしょう?邪魔すると怒られそうなのでちゃんと黙ってますよ」


―――これは私が売られたケンカだから放っておいて!

―――俺のせいで売られたケンカなのだから、放っておけるわけないだろう!


(よかれと手出しをして、よくアイシャに怒られたっけ)



 「それでいい」とレーヴェは人の悪い笑みを浮かべる。


「ああいう短慮なバカは『何もされないこと』が一番つらいのさ。今ごろ何をされるのかとビクビク震えているだろう」

「現にビクビクして俺のもとに毎日何通も手紙がきますよ。これからも徹底的に無視することにしておきます」


「それでいい。それで、あっちのほうは大丈夫か?」

「ええ、あっちは……」



 パタパタと軽やかな足音がして、扉が開かれる。


「エリー、ここは砦じゃないのだからお淑やかにしなくちゃだめじゃないか」

「ごめんなさい、おじい様。南のオジサマ、ごきげんよう」


「こんにちは、エレーナ嬢。そんなに急いでどうしたんだ?」

「今日はおじい様とお買い物に行くのよ。おじい様が南のオジサマをお呼びしたの?西のオジサマも一緒に行くのよ?」


 エレーナの言葉を証明するようにヒョードルが部屋の中に入ってくると、部屋の中にいるレオネルに気づいて怪訝な表情になる。


「レオネル、このあと一緒に買い物に行かないか?」

「別に構いませんが、護衛ですか?」


 「財布に決まっている」と笑うレーヴェをエレーナが嗜める。


淑女レディーの買い物は財布が多ければ多いほどいいというだろう?じいさんの財布よりこの二人のほうがはるかに立派だしな」



 ***



「エレーナ嬢、本当にここで『買い物』をするのかい?」


 戸惑いを露にしたヒョードルの問いにエレーナは「そうです」と微笑み、ご機嫌にレーヴェの腕を引く。


「おじい様、早くいきましょう。オジサマたちも」

「こらこら。気が急くのは分かるが、足元を見ないと転んでしまうぞ」


 エレーナとレーヴェは楽しそうに笑い合うが、レオネルとヒョードルは苦笑いしかできなかった。


「何を買う気だろうね、うちのお姫様は」

「とてつもない物を激安価格で買い叩くことだけは確かだ」



 建物の中は多くの人がいてざわついていた。

 しかし四人が入口に立つと、賑やかだったことが嘘のように静かになる。


 将軍が一人いるだけでも、その存在感は半端ではない。

 それが新旧あわせているとはいえ三人揃い踏み。

 しかも二名は滅多に王都に姿を現さない南方将軍二人である。


 自然と周囲の目が大柄な三人に囲まれた一人の少女に向かう。


「こんにちは、会長さんたちとお約束している者です」

「……お名前を伺ってよろしいですか?」


 受付嬢が『聞きたくない』という表情で、しかしマニュアルには逆らえずに訊ねてしまう。


「北方将軍アイシャの娘エレーナがきたとお伝えください」

「しょ、少々お待ちください。あ、いや、そこではなくこちらでお待ちを……」


 大勢いる待合スペースに行こうとする四人を受付嬢は引き留める。

 上から何も言われていないが、このまま四人を待合室に置いておいてはいけないと彼女は判断した。



「急いで外に走っていった者が数名、他の商会のスパイでしょうか?」

「ガルーダ商会は大商会だし、つい先日代替わりしたばかりで『なぜか』がいろいろ取り沙汰されているからね」


 微笑み合うエレーナとレーヴェに、レオネルとヒョードルは唖然とする。


 二人だけでも世間の噂話に火種を投下できるのに、強風で煽って延焼をさせるためにレオネルたちを連れてきたのだ。



「お、お嬢様」


 入口の騒ぎを聞きつけたのか。

 仕立てのいいスーツを身に着けた男性が息を乱して部屋にやってくる。


 いまの商会長だというヒョードルの囁きに、自分を見る男の目がビクビクしている理由をレオネルは理解した。


「エレーナ嬢、お待たせしました。どうぞこちらに」

「はい。おじい様、オジサマたち、行きましょう」


 四人そろって歩き出そうとする集団を商会長は慌てて止める。


「付き添いはレーヴェ様だけと伺っていましたが?」


「はい、オジサマたちは私たちの護衛ですわ。何か不都合でも?」

「護衛だからイスもお茶も不要だぞ?」


「いや、そういうわけには」


 青い顔をする男に、レオネルとヒョードルは内心「そうだよなあ」と二人の茶番に呆れる。


「ここにきて一人も三人も変わらないだろう。さっさと案内してくれ」


 引く気はない。

 そう伝えるレーヴェの視線に男ができたことは「はい」と頷くことだけだった。


 そして案内された部屋。

 エレーナは席に座ると開口一番、


「お父様、お異母兄様にいさまだけではなく娘の私にも財産をください」

「「ざ、財産!?」」


 びっくりする男二人に対し、エレーナはわざとらしいほど可愛らしく首を傾げる。


「お父様の商会をお異母兄様が継いだ、父親の財産を息子が継ぐのはいいですわ。でも何事も公平にしていただかないと。お異母兄様ばかりズルいなあと娘の私は思いますの」


「娘って、君は……」

「北方将軍アイシャの娘、年はもうすぐ十五、名前はエレーナと申します。あの裁判でお父様が我が子だと主張なさり、証拠もゴロゴロ出てきたあの娘ですわ」


 『お父様』と呼ばれたカルゴは、自分の娘だと豪語する少女と少女に酷似したレオネルを何度も交互に見比べる。


「ちょっと待ってくれ、君の父親はウィ……」

「まあ、何を言っていらっしゃるの?だめよ、お父様、その先を続けては。私が南のオジサマの子どもだなんて、裁判起こされたら多額の賠償金を請求されますわよ」 


「でも、君は私の娘では……」

「でも母が手紙でカルゴ様の子を宿ったと。熱烈な愛の言葉と赤裸々な営みの仔細を語ったその手紙は証拠として保全されてましたわ、筆跡鑑定書付きで」


 こてりとエレーナが首を傾げる。

 あざといほど可愛らしく、アイシャの子だなとレオネルたちは思った。


「それは……父親と言うなら他の二人も」

「他の父親候補のお二人はどちらも金髪、先祖を辿って絵姿を確認しましたが金髪か淡い茶色の髪の方ばかりでしたの。黒髪はお父様だけなのですわ」


 そう言ってエレーナが微笑むと、「こら」とレーヴェが嗜めるように割り込む。


「エリー、まずは十五年分の養育費と自分の子の養育を拒否した分の慰謝料を請求しないと」

「いけない、うっかりしていましたわ」


 そう言ってエレーナはヒョードルに向き合う。


「お父様。この護衛は腕も立ちますが法律の知識も持っていて弁護士でもありますの」

「し、知っている」


「それなら良かったです。護衛のオジサマ、養育費と慰謝料はどのように算出したらいいのでしょう」


 エレーナの意図を察したヒョードルはパスを受けとる。


「養育費は所得から計算するのが一般的ですね。城から税務に関する官を派遣してカルゴ殿個人の税務記録から所得を算出するのがよいでしょう」


「ぜ、税務記録!?」


 税務調査が入ると聞いて喜ぶ者はまずいない。

 後ろ暗いことがあればなおさらだ。

 


「慰謝料はどうすればいいのかしら……そもそもお父様がやったことって国家を揺るがすことですよね。北方を守護するお母様にワンオペ育児をさせたのですもの」


「はい。アイシャ様が優秀だったから魔物や蛮族に因る被害はなかっただけで、自分の子を宿したと分かっているアイシャ様を経済的に支援しないのはいささか問題、場合によっては国家転覆罪もあり得るか」


「い、いや、その時期は商会が忙しくて……」


 カルゴの言葉に「まあ」とエレーナは満面の笑みを浮かべ、「護衛のオジサマ」とパスを出す。


「それでは商会のほうの税務調査もしていただかないと。当時の『忙しい』という証拠をきちんと出していただかなくては、慰謝料の算出もできません」


「ひいいっ」


 ガルーダ商会の父子は「やめて欲しい」と嘆願したが、エレーナはニッコリ笑って拒絶した。



「やったらやり返されるり母様相手にやりっ放しですむわけがないんですわ、お父様」

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